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俺は畑で無双する  作者: 昼熊
激震編

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二十一話 薬将軍トワスの場合

 いやはや、このような辺境の都市で、これ程までに私を楽しませてくれる逸材がいらっしゃるとは。ベチさんの言うことも聞いてみるものですね。

 執事やメイド姿の人間に攻撃手段は無いようですが、あの二人、尋常ではない腕前のようです。立ち居振る舞いに隙がありません。

 通常より二回り以上巨大化した動物たちからも、妙な力を感じますよ。この『魔眼』により内包された力が見えるのですが、本当に動物なのでしょうかね……魔王軍の将軍とまではいきませんが、副官になら今すぐにでも起用される力を感じますよ。


 そして、敵に回ったクョエコテク将軍の下僕の皆さん。相変わらず、良い腕をしています。魔法や弓といった遠距離攻撃を得意とする人材も揃え、側近の力も加えるなら左足中将軍程度の戦力ではないのですが、何故裏切ったのやら。

 まあ、そのおかげで、こうやって楽しめているわけですが。


「やはり、薬将軍の風塵を貫くことは叶いませんか」


「伍。どうしますか?」


「ふむ、受け手に回れば待つのは死。攻め続けるしかありませんな」


 最年長らしき落ち着いた佇まいの紳士は、伍と呼ばれている下僕のまとめ役でしたね。状況を的確に把握して指示を出しているようです。

 私の絶対防壁『風塵』の前にこの程度の攻撃など無意味ですから。かといえ、受けに回れば私の『風の牙』により容易く切り裂かれてしまう。

 うんうん、いいですね。その……切羽詰った表情。絶望を堪え、懸命に足掻き続ける弱者。いい、非常にいい。


「いいです、いいですよ。もっと、もっと、命の輝きを、燃え尽きる前の炎を、無駄な足掻きを、私に見せてください!」


 このまま、精神も体力も削っていき、全てが尽きたところでじわじわとなぶり殺す。これ程の悦楽はありません。ああ、いい……想像しただけで、軽く勃起しそうですよ。

 一気に達してしまうには、あの方々の表情が興醒めですね。一部の人間や動物たちの顔には絶望が微塵もなく、その瞳には強い光が宿っています。


 駄目ですよ、もっと、苦痛に絶望に歪んでいただかないと、気持ち良くなれないじゃないですかっ。

 攻撃が届かないだけで、何とかして当てられたら何とかなるとでも、思っていそうですね。ならば、その僅かな希望も打ち砕いてあげなければ。

 ゆっくりと高度を下げていき、足裏が微かに浮いている程度の高さで停滞しておきましょう。

 さあ、どうです。皆様の手が届く範囲に私はいますよ。ほら、絶好の攻撃チャンスではないですか。さあ、さあ、さあ、さあ。


「何のつもりだ。わざわざ地上に降りてくるとは……誘っているのか」


「そのようですね、ゴウライ様。罠と考えるのが妥当なのですが、こちらとしても好機なのは確かです」


 斧を持った方がゴウライで執事がステックでしたか。小声で言葉を交わしているようですが、私の風が貴方たちの会話を全て運んできてくれているので、筒抜けですよ。

 彼らと他の面々も戦闘態勢が整ったようですね。あとは、私の隙を見つけて一斉に攻撃を仕掛けてくるつもりですか。

 ならば、もっと、手を出しやすくなるように、距離を詰めるとしましょう。


 地面すれすれをスーッと滑るように迫ると、彼らが構えを取ったようです。動物たちは私の背後に回り込むように迂回を、人間と下僕は半円状に広がりましたね。

 それでも、遠距離戦に対応している者以外は、一切手を出しませんか。『風塵』が本当に邪魔なのでしょう。では、こちらから仕掛けますよ。

 矢の補充と詠唱により、ほんの一瞬だが攻撃が止んだ。その隙を見過ごさず、私は風の刃を放つ為に『風塵』を解除し、両手に風の渦を纏わせる。


「今です!」


 絶対防御の風が止む瞬間を狙ってきましたかっ!

 私の『魔眼』ですら捉えられない速度でエシグが四体、足首をその耳で薙ぎ払う。


「くっ!」


 衝撃が走る足首に視線を向けてしまった瞬間、全方から威圧感が押し寄せてきました。ふと顔を上げると、目前に黒革の手袋で覆われた拳が――


「がはっ」


「執事連撃!」


 そのふざけた技名からは想像もできない、拳の連打が私の急所を確実に捉えています。人が、人間が、ここまでの高みに立てるというのですか。

 数十発の拳を防ぐことができず、大きく仰け反った私の腰に痛烈な一撃が突き刺さりました。


「おらっ、上下おさらばさせてやるぜっ!」


 背後からの斧の一撃ですかっ! 最後は衝撃に挟み撃ちにされ――いや、まだ終わっていませんか。

 柄尻に火が付いたナイフと、食事用のナイフとフォーク? が私に向かって飛んできています。ダメ押しというわけですね。

 風を操る余裕はないので、顔の前で腕を交差して被害を最小限に収めようとしたのですが、自ら視界を遮ったのは愚策でした。


「ブフォオオオオオッ!」


 ウナススの嘶きが聞こえると同時に、今まで味わったことのない衝撃が腹部に突き刺さり、私は後方へと吹き飛ばされたようです。

 地面と空が何度も入れ替わり、私は道の上を転がり続けていたのですが、ある程度進んだところで、回転が終わり地面へと投げ出されましたか……。


「どうだ、俺たちの連携攻撃は!」


「皆さん、お見事でした。モウダーも良くやりましたな」


「ステック様が人を褒めるなんて……」


 この声は……斧使いと執事とメイドですか……確かにお見事でした……。


「攻撃に移る一瞬の時を見逃さずに一気に仕留めたか。人間も侮れん」


「ここは素直に称賛しようよ」


 下僕のすらっとした青年と最年少の少年でしょうね、この声は……。

 皆さん嬉しそうだ……私にここまでの衝撃を与えた相手は、何年ぶりでしょうか……一つ一つが殺意のこもった最高の一打でしたよ。

 あれ程の、渾身の手ごたえがあれば、自慢げになるのも納得できます。

 勝利を確信するのも無理はないですよね。うん。


「死んでいないとしても、もう動けまい! 速やかに捕縛した後に――嘘でしょ……」


 ああ、それですよ、それ。

 勝利の美酒に酔いしれた瞬間、頭から冷水をぶっかけられた気分はどうですか。


「何故、何もなかったかのように、立てるのです……」


「瀕死どころか怪我一つ」


 すまし顔を維持していた執事とメイドも驚いてくれたようですね。

 騎士風の女性や、その部下らしき方々は驚愕を通り越し、唖然としています。いいですね、理想的な表情ですよ。


「おや、勝てたと思いましたか? 一瞬のスキを突いて勝利を収める。うんうん、素晴らしい展開ですよね。実際見事な攻撃でしたよ。私でなければ危なかったでしょう」


 私が称賛したにも関わらず、皆さんは喜んでくれません。

 それどころか、苦渋に顔を歪めているではないですか。手足が小刻みに震えている方もいらっしゃるようだ。そんなに緊張されなくても、いいのに。

 私が一歩踏み出すと、皆さんが一歩下がります。


「どうしたのですか。私は今、風を纏っていません。ほら、無防備ですよ」


 わかりやすく両手を掲げ、攻撃の意思がないことを見せつけましょう。


「こ、降伏をするというのか?」


「貴方は確かゴウライ様でしたか。いえいえ、ただ単に、何をされても皆さんごときには倒すことができない。というのを体で表現しているだけです」


「な、何をっ!」


「待て、お主ら!」


 安い挑発に、騎士団の兵士が数名引っかかってくれましたか。前方から槍の穂先が四つ、顔、胸、下腹部を突き刺そうと迫っています。

 人間にしては鋭い一撃ですが、避ける必要はありませんね。

 私の体を突き刺す予定だった槍の穂先は、体に触れた途端、甲高い音を立てて弾き返されました。


「なっ!」


 渾身の一撃だったのでしょう。攻撃が通らなかったことがショックなようで、棒立ちになっていますよ。


「残念賞を受け取ってください」


 私がそよ風を起こすと、四つの首が胴体から離れていきました。

 絶望を覚え、恐怖を湛えた、至高の表情を浮かべる生首が地面に落ちていきます……ははああああっ、いってしまいそうですよぉ!

 絶頂に身を委ねそうになってしまいましたが、まだ、まだ我慢です。

 周囲の面々が浮かべる怯え驚愕した幾つもの顔、顔、顔。あっあっあっ、たまらないですね……勝利を信じて疑わなかった、あの顔にこんなにも素敵な表情がっ。


「さあああっ、もっと、もっと、攻撃してきてください! そして、自分の無力さを理解してください! 私の体は『硬質化』の加護により、どのような攻撃も弾き返す無敵の体と化していますから! さあ、斬ってください! 殴ってください! 炎であぶってください! 好きなだけいたぶっていいのですよ!」


 絶望、困惑、恐怖、素晴らしい負の感情に歪んだ表情の数々!

 まだ折れていない心もあるようですが、聖神岩と呼ばれるこの世で最も硬い鉱石と同等、いや、それ以上の硬さを有する私に傷をつけることなど不可能なのですよ!

 私の実力であればもっと上の地位を手に入れられるのですが、そうなると、前線で弱者をいたぶる楽しみが減ってしまいますからね。この喜びを人に譲るなんて、もったいない!


「大丈夫ですか。そんなに殴ったら拳が傷つきますよ」


「包丁が刃こぼれしてきていますね」


「おっと、エシグくんたちは踏まれないように気を付けて」


「うーん、相変わらず良い突進力ですね白いウナススくん」


 未だに攻撃を止めない彼らに敬意を示し、声をかけたのですが誰一人として返事をしてくれませんね。

 そろそろ、全てを諦めても良さそうなものなのですが、何故未だに希望を捨てずに戦っていられるのでしょうか。ここで、彼らが絶望に身を委ねてくれたら、私は最高に興奮した気持ちで絶頂を迎えられるというのに。


 私の快楽を妨げているあの瞳の光。どの瞳にも宿る強烈な感情は、希望なのでしょうか。この絶体絶命の状況で、無敵の防御と圧倒的な破壊力を有する加護を所有する、絶対的存在である私を相手に、何が出来るというのでしょうか。

 考えられることは、私の後方に壁を作り出した土操作の加護を持つであろう、誰かですかね。


「もしや、土操作をしている人物に期待されているのですか。その人は壁の向こうにいる私の部下たちの対応で手一杯でしょう。よしんば、何とか撃退したとしても、この私相手に何が出来るというのです。あれ程の壁を作り出したのは尊敬に値する才能ですが、魔力は尽き果てている筈です。それに鉄壁の防御をどうやって打ち砕くというのですか。参戦したところで己の無力さを噛みしめるだけですよ」


 私が熱弁を振るうと、彼らは私の話を無視して背を向けたではありませんか。

 ふう、ようやく理解していただけたようですね。自分たちには逃げるしか術はなく、絶望という言葉すら生易しく感じる状況下だということが。

 さてと、必死で逃げる方々のまず、足の腱を切り裂いて動けなくしましょうかね。そして、這いつくばり助けてと懇願を始めたところで、指を一本一本……ん?


 急に空が曇ってきたのでしょうか。影すらも発生しないぐらい空が暗くなっていますよ。雨が降るのであれば、勿体ないですがお持ち帰り以外は始末してしまいますか。


「なっ!?」


 天気を確認する為に見上げた空――ではなく、視界一杯に広がるのは迫りくる巨大な……土の塊!?


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