五話
「今日も大地がよう湿っとるなぁ。毎朝、水撒かんでいいから、楽させてもろうとる。深夜にでも小雨振っとるんかね」
お役に立てて光栄です。
毎日、早朝に水やりをするのが日課なオータミお婆さんなのだが、あれから毎日自分が哀しみの力により地面を濡らしているので水撒きの必要がなくなった。
その分、他の作業に手が割けるので、結構お役に立てているようだ。
地面を湿らせる程度なら、ちょっとだけ悲しい気持ちになるだけで充分なので、ライトな過去の痛い実体験を思い出すだけで余裕。黒歴史の蓄えは充分だっ。
さて、今日は昨日雑草対策をしていた成果の確認といこうか。深夜に雑草の生えている一部の地面を泥と化しておいた。これなら、雑草も生存が難しいのではと考えたのだが……むっちゃ元気ですな。
どうやら、異世界の雑草の生命力は半端ないようだ。
四分の一ぐらい地面に埋没しているというのに、元気に青々とした葉を見せつけてくれている。この雑草、名前は知らないがまるで両刃の剣の様な形状をしている。流石に強度は植物なのでそんなにはない。
緑の刃が地面から無数に伸びているのだが、これが栄養を奪われる以外にも問題があった。視界を移動させた際に目の前が雑草で防がれ、周りが見えなくなってしまうのだ。
折角、視界移動をマスターしたというのに雑草のせいで、その効果を十二分に発揮することができない。
どうにかして、除去、もしくは枯らすことができればいいのだが。
俺のできることは感情による土壌の変化。それに視界移動。この二つのみ。
視界移動は雑草に対して何の効果もない。ならば、土壌の変化か。
泥にしても無駄だった。土を硬くしてもたぶん効果は無いだろう。元々、雑草の生えているところは土が痩せていて、栄養も少なかった。
何でそんなことが分かるのかというと、自分の体だからとしか言いようがない。栄養が吸われているのが何となく感覚としてわかるように、人間が体の痛む部分や悪い箇所を自分で把握できるかのように、畑の栄養が行き届いている場所も何となくわかるのだ。
考えがずれてしまった。感情による土の変化で他に使えそうなのは……あれか、怒りによる温度の上昇。緑魔と呼ばれていた生き物が熱く感じるレベルまで、温度を上げられるのであれば雑草を枯らすことも可能な筈!
これは、いける!
さあ、我が領地を犯す、愚かな雑草共よ。怒りの炎で焼き尽くしてくれるわっ!
じゃあ、今回は怒りのストック、NO2でいくか。
そうあれは、学校のマラソン大会の時、友人と交わしたある約束――
結論から申し上げますと、異世界の雑草、強ええええっ!
土から陽炎が立ち昇るぐらいの温度まで上げたというのに、枯れる気配すらないとは。
どうやら、怒りによる温度上昇は地表のみらしく、かなり下まで広範囲に根を伸ばしている雑草には効果があまりないらしい。
非常に困った。泥、熱にも強いと来たか。感情での変化を考えるなら、喜怒哀楽の怒り、哀しみ、は実験済み。たぶん、テンション上げているのが喜と楽だとおもう。
感情の揺さぶりで無理なら、何かしらの新しい力に目覚める時が来たか。
主人公は困難に遭遇すると新たな力に目覚めるというのが定番中の定番だろう。
理想としては土を自由自在に操れるようになるのが理想的なのだが……目覚めてからずっと試してはいるが、一向に動く気配がない。
やはり気合が足りないのか。
はあああああああっ、目覚めよ俺の中の隠されし土の力よ!
蠢け地表! 耕せボディー! 鳴動しろ我が肉体!
…………よし、無理だ! これは地道に努力を続けよう。
となると別の力となるけど、何かしらの予兆もないよな。
うむぅ、取り敢えず後回しにするしかないか。雑草対策はこれからも色々やってみるとして、他の問題となるのは害虫に害獣か。
芽が出始めてから、虫や鳥が頻繁にやって来るようになったのだ。
脚が三本あって、目も三つあるカラスのような鳥が空から舞い降り、若芽や種をほじくり返して何度も食べようとしてきた。
そこで俺は迷わず液状化現象により、相手の足元を変化させる。そうすると、カラスもどきは警戒して直ぐに飛び立っていく。
他にも小ぶりな猪や角が一本しかない鹿がやってきたが、全て泥化により相手の足を奪い撤退させた。
害獣はそんな感じで意外と楽に対応できているのだが、問題は虫だ。
小さすぎて接近に気づかないというのが、一つ目の問題。
泥化したところで、軽すぎて地面に埋まらないというのが、もう一つの問題。
これらがあるので、今のところ虫への効果的な対応策が見つからないでいる。
って、考えている最中にも虫が現れたようだ。地面を跳ねる何かを俺の肌が感じ取った。でも、今回ちょっと大きいな。
動物ほどではないが、昆虫にしては大きい。視界を移動させてみるか。
んん? これって耳が短くて、後ろ脚がバッタのような小ウサギか。大きさは手の平サイズってことは、泥化が効くかもしれない。
ダメで元々やってみるか。
相手はいつもより小型だ。重量が足りないからいつもより、柔らかい地面になるように……あ、いいこと思いついたぞ。哀しみで泥になる地面に、テンションを上げることにより柔らかくする効果を追加する。そして、相乗効果により泥が進化するのではないか。
これ、上手くいったら色々他の展開が狙えるな。よっし、やってみるだけの価値はある!
悲しい過去を思い出しながらテンションを上げればいいだけの話かっ……どうやるんだそれ……。
悲しい思い出のストックは充分すぎるぐらいだ。在庫は潤沢にある。
問題は悲しい想いとテンション上げ、つまり、喜哀楽という相反する感情を同時に発生させることができるのか。
いや、やれるかじゃない。やるんだ!
テンションを上げながら悲しんでみせる!
悲しい思い出ストックNO7を出すか。テンション高く思い出すぞ。
そう、ヘイヨー! アッ、アッ、あれは、小学四年生の頃ぅ! チェケラ! 家のルールで、oh、漫画、アニメーションがオールアウチだったのさっ! だ、か、ら、ミーはフレンドのハウスでっ、オッ、オッ、オッ、オーマイガッ!
あ、うん。無理だこれ。
馬鹿な事をしている間にウサギもどきが野菜の葉を食い散らしているぞ。
くそ、何もできないというのか。このまま、オータミお婆さんの野菜が食われていくのを、黙って見守るしかないのか……。
こうなったら、泥を足元に発生させて違和感で驚かすしかない。
とっておきの悲しい話で勝負を懸けるぞ。
そうあれは、十五年生きた愛猫の最後の日――
うっ、ううううう。ベルよおぉぉ、何で先に逝くんだよおおおぉ!
産まれてからずっと一緒だったじゃないかあぁぁ……ぐすっ、またモフモフしたいよ……はっ、何故かいつもより鮮明にあの時の思い出が蘇ってしまった。
肉体を失って、ある意味精神体のような状態だから感情の揺れが大きく、意識が鮮明になり、記憶力が上がっているというのは考え過ぎだろうか。
まあ、何にしろそのおかげで悲しみが増したのは確かだ。くうっ、この行為は思っている以上に心の負担が大きい。だが、その成果はあった。
ウサギもどきが完全に泥の中へ埋没している。大型の獣であれば泥の深さにより脚が埋まる程度なのだろうが、小型の獣だったのがウサギもどきの不幸。
酷いようだが、ここで息の根を止めさせてもらう。逃がしてまた来られては、同じことの繰り返しとなってしまうからだ。
体の中で何かが暴れている感覚が伝わってくる。力強かった抵抗が徐々に弱まり、動かなくなった。生き物を殺してしまった忌避感は……ない。
感情の起伏は生前より激しいというのに、生き物を殺したことによる動揺はないのか。人の形を失ったことにより、考え方自体が意識しないうちに変わってしまったのかもしれないな。
今、ふと気が付いたのだが。死んだウサギもどきの死体どうしてくれようか……。
殺してからの処分の方法を全く考えてなかったぞ。
このまま地面に埋めておけば栄養分にならないだろうか。桜の樹の下に死体を埋めたら、綺麗な花が咲くといった話を何処かで聞いたことがあるが。
でも、浅いところに埋まっているから、オータミお婆さん気が付きそうだな。野菜の隣に死体が埋まっていたら驚きのあまり、心臓が止まったりしたらどうしよう。
な、何とか処分する方法は無いのか!
こう、早めに腐敗させるとか吸収するとかっ!
その時、俺の中で都合よく唐突に何かが目覚めた感覚があった、様な気がする。
その能力がこれからの人生……いや、土生に大きく影響を与えることになるのだが、その時の俺に知る由はなかった。