十九話
まだ距離はあるが対空兵器の性能を試しておくか。
周囲に散らばっていた死体を全部取り込み、栄養に変換しながら、落ちていた武器も回収しておいた。畑の上には現在無数の武器が等間隔に並べられている。
槍を土の腕で拾うと、柄を全力で握り締め、飛来してくる魔物たちへ照準を合わせた。
今まで自分の土の腕がどれほどの怪力なのか自覚がなかったのだが、この巨大な畑を20本も腕を使っているとはいえ持ち上げられるのだ。尋常ではない。
力試しも兼ねて、槍の投擲を開始する。
ふっ、少年時代五番でファーストだった実力をここで披露する日が来たか。まずは軸足を踏みしめ――軸足ないな。気を取り直して、ターゲットに向けて全力で槍を投げつけるっ!
腕がしなる音に続いて、風を破壊して突き進む槍の飛行音が流れてきた。
槍は徐々に小さくなり、魔物が密集する上空で見えなくなったかと思うと、黒い何粒かが地面へと落ちていくのが見えた。
命中したのか、槍の纏う風に巻き込まれたのかは不明だが、効果はあったらしい。
よっし、じゃあ、じゃんじゃんいきますかっ!
投擲武器の補充は充分だ。何千という数の武器が地面に転がり、俺が魔物ごと畑に取り込んでいた武器もまだ大量にある。
では、右腕十本作成。そして、左腕も同じ数を。同じ動きしかできない腕だが、武器を持たせて投げるだけなら何の問題もない。
左腕は渡す係りで、右腕は投げ続ける。土の体を動かしても疲労は殆どない。武器が無くなるまで弾丸のような勢いで武器を投擲する、遠距離兵器見せてやるよ。
第二波準備よーし。撃てええええぇ!
そいやっさ!
槍が唸りを上げて空を滑空していく。着弾の確認をする間も惜しい。
右腕。次弾の受け渡しお願いします!
左腕。了解しました!
右腕。リロード完了。発射します!
独り芝居終了! この調子でどんどん投げるぞ!
残像が残りそうな早さで投擲を続けているのだが、行動自体は単純作業なので少し飽きてきた。
相手が到達するまでもう少し時間が掛かりそうだし……クョエコテクを再び召喚!
畑から上半身が飛び出たクョエコテクは表情筋が緩みまくった顔で、ルワガをかじっている最中だった。
「あんっ、この口いっぱいに広がる甘味の中に仄かに感じる酸味。これが、飲み込んだ後の清涼感を演出しているのね。ああもう、さいっこう! うふふふ、幸せだわ……ほぐるわっ!?」
可愛らしいところがあるのですね、吸血姫様。
油断しまくっていたところを俺に目撃され、奇声を上げたまま硬直している。
「ま、まあまあの味じゃのう。ぎりぎり及第点をやってもよいやもしれぬ」
中毒性を抑える為に旨味成分を落した果物だったのだが、それでも充分喜んでいたよね。今、そこを指摘したら話がややこしくなりそうだから、からかうのは後にしよう。
『すみません もうひとつ しつもんが』
「ふ、ふむ。何でも、しゃくしゃく、言うが、ごくんっ、いいぞ……はうぅ」
慌てて食べながらでもいいから、質問に答えてくれるかな。別に奪う気はないので安心してくれ。
返事をしながらルワガをかじるという器用な技を見せるクョエコテクに、質問を書いて見せた。
ちなみに、武器の投擲は続けているが、文字を書き込んでいる最中は攻撃が止んでしまう。
「ふむ、谷の風が止んでいるなら。別にこの道の上を飛ばなくてもいいんじゃないか。とな。もっともな質問じゃな。だが、この無風状態はこの一本道の付近だけなのじゃよ。そもそも、ここは魔物の国と人間の国を隔てる谷の中で最も風の弱い場所だというのを知っておるか?」
知らないので、腕を左右に振った。畑中に生えた土の右腕も一斉に腕を左右に振っているが、気にしないでおこう。
「お主、人が話している最中に背――というか腕の甲を向けて、武器を投げるのはどうなのじゃ……ちゃんと聞いておるのかえ」
聞いてる聞いてる。まだ、右腕を別々に動かすことができないので、こうするしかないのだ。畑の中で待機してもらっているキコユに通訳してもらえば楽なのだが、今はまだ会わせるのは危険だろう。
「まあ、よいわ。大昔はこの谷に何本もの自然の道が存在したらしい。だが、谷から吹き上げる強風に大地が削られ、いつの間にやらここの道を除いて全てが消滅してもうた。ここは他の場所と比べ、元々風が弱かったから、今もこうして健在しているという話じゃったな」
あれだけの強風でも弱い方だったのか。そりゃ、あれ以上の風が吹いているなら、地面も削られるわけだ。
「なので、谷の風が全体的に弱まるとはいえ、この場所以外の風は今も吹き荒れておるぞ」
ここは始めから風力が他と比べて弱めだったから、風の勢いが弱まる周期で無風になるが、他は少し弱まった程度ということか。
じゃあ、他の場所からの強襲はあり得ないのか。納得した。じゃあ、もう、クョエコテクは用無しだな。また、控室でお待ちください。
「他に何か聞きたいこ――」
埋まるときに何か言っていたようだが、まあ、いっか。
結構敵が近づいてきているな。途中から面倒になって、十本ずつまとめて投げていたせいで、弓矢代わりの槍も尽きてきた。次は剣や棍棒投げておくか。
このまま接近されると畑の表面より10メートル以上は、上空からの攻撃となるのか。無風状態の範囲は何処までだろう。黒八咫いるかい?
「クエック」
畑の隅で返事をする黒八咫がいた。ずっと敵の方を見ていたようだ。
ええと、無風の範囲が知りたいから調べてもらっていいかな?
「クワー」
それだけの説明で察してくれたようで、まずは道の右へと飛び立っていった。ある程度まで進むとそこで一旦停止して、器用なことに少しずつ前に移動している。
そこで、こちらに振り返ると頭を何度も下げている。つまり、ここが無風状態の境界線なのか。ありがとう、良くわかったよ。
左腕と右腕を操り丸に見えるような形を作って、黒八咫に見せた。
それから直ぐに戻って来ると、畑の上を通り過ぎて今度は左側へ向かって行く。
右側と同じような事をすると、今度は高度を上げている。結構な高さまで上がってから、また頷くと、素早く効果して畑に着地した。
だいたい、道幅の三倍ぐらいの距離が左右の無風状態なのか。道幅が40メートルぐらいだから、三倍と単純計算して道も併せて300メートルぐらいかな。
上空は30メートルぐらいまでは無風のようだ。俺がさっき跳んだ時はもう少し低かった。これで、空間の把握ができたな。助かるよ黒八咫。
納得したところで正面に視線を移すと、敵の姿形が確認できる距離まで詰められている。残り数分で着くな。
一つだけ案が浮かんだ。一か八かやってみますか。
相手が至近距離までやって来るのを待ちながら、嫌がらせに残り少ない武器を投擲しておく。命中率は結構いいようで、投げる度に数体は谷へと落下している。
まあ、無風状態が限られているから、避けるスペースもあまりない。あれだけいれば届きさえすれば目を瞑っても当たる。
俺はかなり視力があるようなので、相手の事が観察できるが、普通この距離は見えないらしい。相手側が遠距離からの攻撃に慌てふためているのが良く見える。
向こうとしては見えないところから、とんでもない腕力による武器の投擲など、予想だにしてないだろうからな。
さて、そろそろ地面と同化しておくか。遠距離を見通せる加護持ちがいたら隠れてもバレバレなのだが、警戒してくれるならそれでいい。
じゃあ、後はタイミングを見計らうだけだな。
後ろの部隊を率いるように先頭で滑空しているのは、金髪碧眼で翼の生えた美男子だった。イケメンと表現するには現実味のない整い過ぎた彫像のような顔。白い簡素な服装と相まって、天使にしか見えない。
あれが、クョエコテクが言っていた薬将軍なのだろうな。
直ぐ後ろに続いているのは巨大な鷹のような鳥だった。だが、鷹と決定的に違うのが、顔が人間の男だということだ。
何故、男なんだ。あれが若い女性なら確かハーピーとかいう、地球でもお馴染みの魔物なのだが。あ、いや、確か神話とか大好きな奴が、本来のハーピーは老婆の顔だとか言っていたな。どうでもいいことだが。
そして、その男の顔が若干ニヤけているのにイラッとくる。たぶん、この世界ではポピュラーな魔物なのだろうな。結構な数がいる。
それに続くのは――巨大なトビウオだ。うん、あれだ、トビウオが飛んでいる。
トビウオが飛んで何が悪いと言われそうだが、人間より大きなトビウオが羽ばたいて飛ぶ姿は何と言うか……呆気にとられてしまう。エラがあるようだが呼吸どうしているのだろうと、余計な心配をしてしまいそうになる。
残りは、全身が炎の様に燃えている鳥とか、時折稲光を発している金色の鳥やらが並んでいるようだ。そして、その後方に控えているのが翼の生えた人間。
クョエコテクが言っていた将軍と同じく、翼人魔と呼ばれる魔物。全体の半分近くいるな。将軍だけではなく、メインは翼人魔の部隊なのか。
人型となるとまた別の方法もいけそうだな。
取りあえずは初めの案でいってみるか。
やっぱり、土の塊が消えたことに警戒しているな。飛行速度が落ちている。
残り、100、90、80、70、60、そろそろやるぞ!
道の土と同化していた俺は、一気にその体を立ち上げる。それも、急速に体を変化させながら。
俺は畑の形を変えることが可能となっているが、それは自在に変形させられる訳じゃない。例えば、他の生き物の形に似せて作るとかは無理だ。精々、厚さを薄くして平べったく面積を増やすとか、細長く変形させる程度。
そう――その程度なら出来る!
高さを50メートルまで一気に伸ばしながら、同時進行で左右に広げる!
高さと幅を出さなければならないから、厚さは調整して減らすぞ。
そうして、地面から巨大な壁を出現させるかのように、畑を変形させた。
突如形成されていく壁に戸惑い急停止しているようだが、ちょっと遅かったな。
わざと敵の親玉と後続部隊を両断する様に壁を発生させたので、壁を隔てて北門側に親玉と百にも満たない男顔鳥がいることになる。
「薬将軍! 無事ですかっ!」
壁の向こう側から翼人魔の部下が叫んでいるな。
「心配いりませんよ。私は無事です」
くっ、声まで美しいとは。慌てる素振りも見せず柔和に微笑み、空に佇む姿は気品すら感じさせる。
自分の実力に自信があるのか過信しているのか……それとも、こちらを見くびっているのか。
「おやおや、物騒な出迎えですね」
薬将軍は眼下に並ぶ、ハヤチさん率いる騎士団。ボタン、ウサッター一家。ステック執事、メイドのモウダー、ゴウライ、そして、タキシードの下僕十名全員を見つめ、口元を緩めた。
「直ぐにそちらへ向かいます! お前らは左右から迂回しろ! 私たちは壁の上から越えていくぞ!」
妥当なところだよな。取り残された部隊の鳥型が右に、トビウオが左に、翼人魔が上へ向かっている。
無風地帯ギリギリまで体を伸ばしているので、左右から回り込もうとした何体かが吹き荒れる風に巻き込まれ、瞬く間に後方へと流されていく。
無理だって。黒八咫だから、そこまで寄れたが普通の魔物が耐えられる……んー、黒八咫は動物でこいつらは魔物だよな……何かがおかしい気もするが気のせいだな、うん。
何とか風に耐えて、壁バージョン畑の脇を抜けれそうな個体もいたが、側面から土の腕を発生させて、叩き落としておいた。
風に抵抗することに精一杯の相手がそれを避けられる訳もなく、いとも簡単に潰された死体が谷に落ちていく。
ここの谷底、魔物の死体だらけになっているよな。腐敗臭も充満してそうだ。
っと戦闘中に余計な考えはやめておこう。左右はばっちり対応できているが、乗り越えようとしている翼人魔たちはというと、
「くそ、この壁高すぎるぞ! これ以上は強風が吹き荒れていて、進むことができぬ!」
「ならば、壁を伝って登ればよいだろう! 壁の付近は風が弱い!」
部隊で位の高い副官あたりなのだろうか。短髪の翼人魔の指示に従い、壁に両手両足を突いた状態で翼を激しく羽ばたかせ、壁沿いを上へ上へと進み始める。
焦ると思考回路が鈍るようだ。その壁がどんなものかもわかっていないのに、それは愚策じゃないかな。
触れた部分を泥状に変化させると、翼人魔の壁に触れている部分が埋没する。
「なんだとっ!? 壁が柔らかくっ!」
「どういうことだっ、体が壁にっ!」
今になって慌てて暴れているが、時すでに遅し。一度取り込んだ獲物は逃がさないよ。
流石に全部の翼人魔を捕えることは出来なかったが、三割程度は畑に取り込めた。残りは警戒して壁から距離を取っている。
それでいい。俺としては無風状態が終わるまで時間を稼げれば勝ちなのだ。
谷風が戻り、地上に降りた鳥なら楽に対処できる。この勝負、敵の殲滅は必要ない。
左右から回り込もうとしていた一団も諦めて、壁の前へ戻っている。
こっち側はどうにかなりそうだが、問題は北門側だな。
分担したことが吉と出るかは、この後の展開次第だ。




