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俺は畑で無双する  作者: 昼熊
激震編

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十七話 援軍ハヤチの場合

 まだ二晩しか経っていないが、再び守護者様に会えるとは。何かと縁があるのかもしれない。偶然、帰還途中に援軍である騎士団と遭遇し、現状を伝えられた時は正直驚かされた。

 防衛都市が窮地に陥っていると言うではないか。

 私は居ても立っても居られず、協力を申し出て今に至る。


 しかし、皇帝は何を考えているのだ。雪童の捕獲もそうだが、何故、防衛都市の援軍にたった100名程度の騎兵しか寄越さなかったのだ。

 腕利きではあるようだが、この部隊の面々に見覚えが無い。全ての騎士を把握しているわけではないが、誰一人として記憶にないというのは不自然過ぎる。

 礼儀作法は問題ないが、どうにも生気を感じられない冷めた目が気になって仕方がない。もしかして特殊部隊かも知れん。表に出せない裏の汚れ仕事を担当するという噂の。

 我々も雑用部隊というある意味特殊部隊だが、やっていることは真逆だ。

 今は味方のようだが油断はしないように心掛けておかねば。


「ハヤチ隊長。どうなされましたか」


「いや、何でもない。今は戦闘に集中せねばな」


 前線で守護者様のお仲間である、黒八咫殿たちとタキシード姿の傭兵部隊という特殊な面々も参戦しているらしい。

 そのうちの一人が『死者操作』の加護持ちだという話だ。腐った豊豚魔を間違えて攻撃しないようにしなければ。


 しかし、守護者様と関わると妙な事ばかりに遭遇するようだ。不謹慎だとはわかっているが、退屈をしないな。

 ずっと騎士に憧れ、皇帝に無理を申し出て自分の部隊を得たあの日以来、私は正義を執行することを夢見てきた。

 だが、実際は町での騒動や住民の揉め事を諌めるぐらいで、衛兵に毛が生えた程度の役割だった。雪童捕獲の命を受けた時は、本当に嬉しかった。

 私たちの部隊が頼りにされている。その事が本当に嬉しくて、任務の内容を信じ微塵も疑わなかった。その結果、守護者様にも多大な迷惑をおかけすることになったのだが。


 雪山で過ごした日々は平穏ながらも充実していたな。私は一生忘れることは無いだろう。雪山の生活で私は色々と学ばせてもらった。

 本当の正義とは。自分は何がしたいのか。

 あのまま、守護者様の元で日々を過ごしたいという誘惑はあった。だが、私は国民を、力なき人々を守りたい。皇帝の座に就ける可能性はゼロに近いだろうが。

 それでも、私は弱き人々の為に働きたい。この防衛戦はその為の一歩だ。


 本来なら絶望的な戦いなのだが、守護者様が参加していると聞き、絶望は希望へと変化した。どうにか、やれるのではないか。

 不可能を可能に変えた存在が近くにいてくれる。それだけでも力が湧いてくるようだった。まずは、ここを守りきり、生き延びる。


「ハヤチ隊長。そろそろ、戦闘区域に入ります!」


「わかった。皆、戦闘準備はできているな! 突撃!」


 うわっ、本当に死人魔と化した豊豚魔がいるぞ。事前に聞いていなければ、間違いなく攻撃を加えていた。

 鼻につく刺激臭が微かにするな。もう少し悪臭が漂っていると思ったのだが、谷から吹き上がる風で臭いが吹き飛ばされているようだ。

 何と言うか戦況が想像を遥かに越えている。


 砂煙を上げ疾走している、土色の塊がいるようだが。あの立派な角はボタン殿か。次々と豊豚魔が弾き飛ばされている。いや、あれは切断されているのか。

 土色の鎧には刃のようなモノが装着されている。


 何もされていないのに時折、豊豚魔が崩れ落ちているのは……足元を走り抜けるウサッター殿たちの仕業か。相変わらずよく切れる耳をお持ちだ。


 敵陣で何かが爆発しているのように見えるが、何も見えない。魔法か? タキシードの連中に魔法を使える者もいるようだが、あれは火を得意としているようだ。

 となると、別の要因なのか。心当たりは、もしや黒八咫殿か。空に視線を向けると、黒き翼を広げ滑空する黒八咫殿が見えた。何かを叫ぶような動作をする度に、敵が吹き飛んでいる。どういう仕組みかは全く理解できないが、黒八咫殿なら不思議ではない。


「ボタン殿……ではわからないか。土色のウナススは味方だ! それに、動物たちは皆、守護者様の僕だ! 決して攻撃せぬように!」


 他にも共に戦場へ到達した、執事服とメイドの二人組は確かジェシカ殿の従者だったか。

 信じられぬことだが……徒手空拳で相手の頭を吹き飛ばしているぞ。

 何という無手の技能だ。相手の攻撃を容易く躱し、懐に潜り込んで拳の一撃……だと思う。私の目ではその動きを捉えきれていない。

 腕がぶれたかと思うと、豊豚魔の頭が弾け飛ぶ。息一つ切らさず、拳をハンカチで拭く余裕さえ見せている。

 そんな執事の後方から、豊豚魔が忍び寄っている!


「危な――」


 私の叫びは途中で止まってしまう。

 豊豚魔の兵が突然、膝から崩れ落ちたからだ。その後方から現れたのは、メイド服のエプロンを血に濡らした、メイドだった。

 両手に持っているのは刃先の鋭い肉切り包丁か?


 それを両手に構え、まるで肉の解体をするかのように部位を切り分けていく。あれ程、太い腕を一閃するだけで切り落とせるものなのか。

 あれは力ではなく鍛え上げられた技か。動きに無駄がなく、殺伐とした戦場だというのに優雅にさえ感じる踊るような動きで敵を葬っていく。

 血飛沫の中で舞うメイドは凄惨な笑みを浮かべているというのに、何故か惹きつけられてしまう。


「二人ともやるな! 俺も元ハンターとして良いとこ見せるか!」


 二人の戦いぶりに感嘆したのは私だけではないようだ。近くで戦う男が称賛しながら、巨大な斧を振るっている。

 あれは鍛冶屋のゴウライ殿か。防衛都市に在中している凄腕の鍛冶師。気に入った相手にしか武具を作らないことで有名で、ゴウライ殿の銘が刻まれた武具を持つというのは、一流の証とまで言われている。私もいずれは作っていただきたいものだ。


 昔はハンターとしてならしていたとは聞き及んでいたが、私の胴と同程度はありそうな剛腕から放たれた斧の一撃は、豊豚魔が構えた盾ごと粉砕している。

 今でも現役で充分すぎる実力のようだ。耐久力と回復力が自慢の豊豚魔が能力を活かせずに散っていく。

 これは、我々も負けていられぬな。


「皆の者、全力を尽くせ! ただし、死ぬことは許さんぞ!」


「うおおおおっ!」


 我ながら無茶な要求だとは思うが、我が部隊の面々は剣を振り上げ応じてくれた。

 ここで押し返すことが出来れば、後はお任せするのみ。

 周囲で暴れている猛者たちに意識が集中している隙をついて、近くにいた敵兵の脇へ刃を突き刺す。


「ぶふぉおおおおっ!?」


 痛みに絶叫を上げる敵兵から距離を取る為に、根元付近まで埋没した剣を引き抜く。

 脇は人の急所の一つだ。顔がベチだとはいえ首から下は肥えた人間に近い。急所は変わらないと見たが、間違いなかったようだ。

 殺すことは出来なかったが、痛覚が集中している個所を切り裂かれたことにより、激痛に襲われている最中だろう。


 痛みを紛らわす為に力任せに暴れている輩には、距離を取った方がいい。怪力で知られている魔物だ。その一撃が掠っただけでも、命にかかわる恐れがある。

 私は胸元を斜めに走るベルトに装着している、特殊な形状をした投げナイフを一本引き抜く。そして、柄尻から出ている導火線に「火よ」火属性魔法の初歩である着火の魔法で火をつけると、顔面へ投げつけた。

 人よりも巨大な顔はいい的だな。狙い通りに相手の眼球へ突き刺さると同時に、柄尻に仕込んでいた火薬が爆発する。


「ぶぎゅあああああ!」


 顔の半分が弾け飛び、ゆっくりと後方へと倒れていった。

 これが非力であることを補う為に考え出した、私流の戦闘術だ。まあ、部下からは火薬を身に着けるのは危険だと、何度も止められているが。

 仕方がないではないか。こうでもしなければ、私の非力な腕では耐久力のある相手と渡り合えないのだから。

 そう思いながら、何かを訴えたそうにしている部下に顔を向けると、小さくため息を吐かれた。心配性な部下を持つと苦労する。


「さあ、この調子で戦線を押し上げるぞ!」


 士気を高める為に大声を張り上げ、自ら敵兵に突っ込んでいく。

 このまま敵の将の首を捕りたいところだが、そう上手くはいくまい。だが、我々の本来の目的はそこではない。別れ際に守護者様から渡された手紙の内容を思い返す。


『まがっているみちのさきまで おしかえしてください あいずをしたらぜんりょくで いっちょくせんに ひきかえしてください』


 とあった。何の事かはわからなかったが、守護者様の考えだ深い意味があるのだろう。そもそも、守護者様がいなければ昨日の間に防衛都市は陥落していた可能性が高かったそうだ。

 ならば、全てを守護者様に託したところで、誰も文句はあるまい。





 曲がり角を抜け、まっすぐ伸びた一本道へ差し掛かっている。

 ここまでは予定通りなのだが、死人魔と化した豊豚魔の数が大分減ってきているようだ。

 タキシードの傭兵や、ボタン殿たちは健在だな。執事とメイドも疲労を感じさせない、見事な体捌きで次々と屠っている。ゴウライ殿もまだいけるようだ。

 騎兵部隊はかなり数を減らしているが、それでも半分以上は残っている。


 我が部隊の面々は二人減っている、な。そうか……すまない。謝罪は全て終わってから幾らでもする。だから、今はこれで許してくれ。

 圧倒的な戦いに敵兵が怯え始めている。魔物とはいえ自分の命は惜しいのだろう。何体も戦線を離脱しているようだ。

 こうやって刃を交えている連中も気もそぞろで、どうにかして逃げられないかと画策しているように見える。戦線が崩れるのも時間の問題だな。


「よし、このまま、殲滅す――」


「ぎゃああああっ!」


 なっ!? 私の近くにいた部下の一人が吹き飛ばされ、崖下へと落ちていく姿がゆっくりと眼前を流れていく。

 相手側に強者が紛れていたのか!?

 部下を殺した相手を睨みつけると、何の変哲もない豊豚魔に見える。

 粗末な革鎧に、血で濡れた量産品の剣。さっきまで、怯えた表情で嫌々戦っていた個体で間違いない。


 だが、今、その敵兵の顔に浮かぶ表情は、狂気。

 目が紅く充血し、うるさいぐらいに鼻息が荒く、口からは涎がぼたぼたと零れ落ちている。

 何だ、様子が違い過ぎるぞ……。


「きゅ、急に強くなりやがった! うぎゃあああっ!」


「突き刺したのに、反撃をしてきただとっ! や、やめ、ぐあああっ!」


 味方の悲鳴が至る所から上がっている。

 何故だ、こっちの勝利は目前だった筈!

 だというのに、何故急に息を吹き返した!

 相手の兵は部下を殺した者と同様に、狂気の笑みを浮かべ、自分が傷つくことを恐れずに襲い掛かっている。まるで、相手の方が死人魔のようじゃないか!


「キョルアアアアアアアアッ!」


 これは黒八咫殿の鳴き声!?

 顔を上げると、そこには上空を旋回しながら足から、赤い垂れ幕を下げている、黒八咫殿がいた。

 これが撤退の合図か!


「皆の者引くのだ! 撤退しろ!」


 私はそういうと、躊躇うことなく敵へ背を向け、一直線に全力で駆けだした。

 後方では仲間の悲鳴や動物の嘶きが聞こえるが、振り返ることは無い!

 どうか、一人でも多く逃げ出してくれ。それを願うことしか無力な私にはできない。

 岐路に差し掛かり、右か左どちらに進むべきか迷いそうになったが、右の道を遮るようにウサッター一家が並んで立っている。

 つまり、こちらには進むなということか。何か意図があるのだろうと瞬時に理解し、私は全力で細く伸びた道を真っ直ぐ突き進む。

 今までの戦闘による疲労で足が思ったように上がらないが、この脚が千切れようとも立ち止まるわけにはいかない。


 私の我がままで戦いに付き合わせた部下に報いる為にも、私は生きて、生き抜き、己を貫かねばならない!

 死に物狂いで限界に近い足を叱咤しながら駆けていると、背後から流れてくる喧騒が急に小さくなっていないか?

 不審に思った私は思わず振り返った。


 少なくなった私の部下や援軍の騎兵隊が全力で駆けている姿が見える。

 続いて、タキシード姿の傭兵。ゴウライ殿、執事、メイドが後を追っている。そして、殿にはウサッター一家とボタン殿か。黒八咫殿も上空から何度も攻撃を加え、足止めをしてくださっているようだ。

 こちらの味方である死人魔と化した豊豚魔はその場で戦い続けているが、数が激減しているので、もうもたないだろう……やはり、突破されたか。


 狂気を感じる豊豚魔の群れも後を追ってきているのだが、どうにも足取りが重いように感じる。疲労というよりは足下に何かあるかのように動きが鈍重だ。

 足場はしっかりしているというのに、どうしてあのような動きをしているのだ。

 兎にも角にも、相手の動きが鈍いのであれば、こちらにとって好都合。このまま、駆け抜けるのみ!


 目前の道が二つに分かれている。真っ直ぐ繋がっている道と、右側から後ろへ戻るような湾曲している道。我々は逃げているのだから、このまま真っ直ぐ――ん?

 え、いや、おかしくないか。

 確か、我々が突撃した際には分岐点等、存在しない一本道だった筈。

 さっきもそうだが、何故、道が分かれているのだ?

 分岐点を超えると自然に足が止まっていた。後続の面々も私の元まで辿り着くと、肩を揺らし荒い呼吸を繰り返し、息を整えている。


「どうなさいましたか。ハヤチ様」


 私の顔を覗き込んでいるのは、ジェシカ殿の執事か。殆ど息が乱れていないな。まだまだ余裕がありそうな感じではある。


「道は一本道の筈ではなかったか」


「言われてみれば……確かにそうでしたな」


 私の錯覚ではないようだ。私たちの話を近くで聞いていた者たちも、その事に気づいたようで、しかめ面をしている。

 足を止めている場合ではないのだが、相手が追い付く気配はない。

長い一本道の最中で豊豚魔の群れが立ち止っているからだ。


「どういう、ことだ」


 理解が追い付かないぞ。一体全体どういうことなのだ。

 頭が混乱しすぎて、何も考えられなくなりそうな私の目前に、土の中から土の板と土の腕がすっと浮かび上がって……きた?


「えっ、守護者様!? どうして!?」


 その問いに守護者様の腕は大きく頷くと、土の板に何かを書き込んだ。

 ええと『あぶないから もうすこし さがって』どういう事なのかはわからないが、今は考えるより行動だ。

 全員が更に後方へ下がると、さっき我々が駆けていた、まっすぐ伸びていた長い道が目の前で――消えた。


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