十六話
現在私はウサッター一家に取りつけておいた首輪からの隠し映像を視聴しております。
おっと、眼前に映るのは美味しそうな豚足だ!
調理しやすいように、その豚足が次々と切り落とされているわけですが。相変わらず、えげつない切れ味だな。まるで大根でも切るように簡単に切断されていく。
そういや、最近では鋼鉄も真っ二つにしていたな。あれ……動物の定義ってなんだ?
本来、エシグが人間に切りつけた場合、骨まで到達する傷を負わすことは不可能だとされている。せいぜい、研いでないナイフといった感じだろうか。
それに比べ、ウサッターたちの耳は妖刀と呼ばれるレベルの、漫画に出てきそうな刀の切れ味に匹敵する。それが二本頭の上にあり、自在に操れる。そりゃ、強いよな。
更に脚力がかなり強化されているようで、跳躍力は目を見張るものがある。
っと、今、思いっきり跳んだな。地面がどんどん離れていく……あ、豊豚魔が徐々に小さく……点になった。どこまで飛び跳ねたんだ……。
で、そこから一気に急降下ああああああああああああぁぁ!
絶叫マシンとか、苦手なんですけどおおおおおおぉぉぉぉっ!
だ、駄目だ、ウサッターたちの戦いは心臓に悪い――心臓ないけど。次に移ろう次に。
また上空からの映像になるけど、黒八咫にするか。
相変わらず、結構高い場所を飛んでいるのだが、黒八咫から見る映像はあまり恐怖を感じない。滑空が安定しているからだろうか。
あれ、空中で停止している? ホバリングをしているのだろうか。空中で停止するのは、鳥には難しいって話を聞いたことがある。一部の鳥、確かハチドリとかは可能らしいが。
でも、黒八咫なら問題なくできそうだな。俺や周囲も含めて、黒八咫をただの鳥として見ていない。たぶん、察しの良さや頭の回転は俺以上だろう。
今、何処を見ているのだろうか。足元から見える範囲だと、ゾンビ豊豚魔と腐ってない豊豚魔が激突している、前線あたりか。
「クコオオオォ!」
これは黒八咫の警戒音の一つか。おっ、ウサッター一家が後方に引いたな。クョエコテクの下僕たちも一旦下がったようだ。ただの鳴き声の筈なのだが、人間にも曖昧だが何となく意味が通じるらしく、下僕たちも理解できたようだ。
ゾンビは言葉が通じないので、変わらず攻め続けているな。
しかし、味方を下げさせてどうする気だ。何だこの音……クーラーの排気口の音……いや、違うな吸引時の騒音が少ない掃除機のような。
視界を上に向けると、大きく膨らんだ黒八咫の胸部が見えた。空気を大量に吸い込んでいるのか。そこから一体何を。
「キュルクワアアアアアアアアアアアアアアアアア!」
ぐおおおおっ! 鼓膜を突き破って脳まで貫くような奇声が黒八咫の口から発せられた。鼓膜も脳もないから無事だったが、これ至近距離で生身の人間が聞いたら気絶しかねないぞ。
この声に何の意味があるんだ。なん、だと……目の前の風景が歪んでいる?
声が届いた――いや、着弾した地点にいた豊豚魔の部隊が宙を舞い、他の底へと落ちていく。それは扇状に伸びた音波兵器とでも呼ぶべきなのだろうか。
一鳴きで50近くの豊豚魔が吹き飛んだだと……黒八咫そんな技隠し持っていたのか。初めて知った。黒八咫さん半端ないっすね。マジリスペクトっすよ。
いかん。圧倒的な力を見せつけられ、思わず卑屈になってしまった。
おっと、その空白地点を横切る物体がいるな。力強い足取りで駆けているのは、最後の一匹、ボタンだ。
相変わらず額から生えた見事な一本角が目立っているが、今日はいつもと他が違う。純白に近い見事な体毛は殆ど覆い隠されている。体毛の上に土色の鎧を装着しているからだ。
動きを阻害しないように関節部分は覆われていないが、その他は出来るだけ露出しないようにカバーされている。デザインは流線型を起用した。相手の攻撃を曲面で受け流す効果も期待しているが、それよりもボタンの最大の売りである突進力を妨げないように考えた結果。
上から見たら突起物のある楕円形の岩が魔物の群れに突っ込んでいくように見える。
このままだと敵の列の真ん中を突っ切る形になるが、ボタンの装着している鎧にはカラクリがある。突入前にメタモルフォーゼだ!
ボタンの畑鎧よ、えぐくなーれー。
意識を集中して理想の形を頭で思い描くと、ボタンの背中部分の鎧から、刀のような刃が翼の様に広がった。
そう、鎧は俺の土で出来ているので形の変形も可能なのだ。この鎧は以前、土を焼いて作った陶器の一種なのだが、雪童が来るまでは畑から持ち出すことができず、ただの飾りだった。
今はこうして畑の外でも着ることができるので、ボタンに装備させておいた。陶器だからと言って侮るなかれ。その硬度は鋼鉄を超えていた。着せる前に畑の能力が向上している今なら、この鎧も強度を上げられるのじゃないか? という軽い思いつきにより、意識を鎧に移して日本経済について考えていたら、異様に硬くなった。
人間なんでもやってみるもんだ。
激しい縦揺れに視界がぶれるが、これぐらいならいずれ慣れるだろう。
ドンっという衝撃がして視界を前方に移すと、ボタンの角に腹を貫かれた豊豚魔がいた。軽く首を振るだけで、それは崖下へと転がり落ちていく。
翼のように生えた二本の土で出来た刀は、次々と敵を両断していく。勢いがあり過ぎて、切断された上半身が内臓と血を撒き散らしながら、くるくると宙を回っている。
何という殲滅力だ。
怒涛の勢いとはまさにこの事だろう。ボタンが駆け抜けた後には、貫かれ切り裂かれた死体だけが残っている。何とかその攻撃範囲から逃れた敵が、背を向けたまま走り去ろうとするボタンに槍を突き刺そうとしている。
だが、甘いな。その槍を持つ腕は地に落ち、肘の先を失った腕から血が噴水の様に吹き出していた。
「ぶふぉおおおおおおおっ……」
痛みの余り奇声を上げ続けていた豊豚魔が突然黙り込んだかと思うと、その首が胴体から滑り落ちる場面を目撃してしまった。
その首を落したのはウサッターであり、両腕を切断したのはウッサリーナだった。最強のエシグ夫婦と名乗っても良さそうだ。
その子供たちもボタンの突進に注意を奪われている敵を順調に葬っているようだ。イケメン下僕軍団もこの隙を逃していないな。魔法と剣技、射撃で見る見るうちに敵が倒されていく。
圧倒的ではないか我が群は! このまま、蹂躙していくぞ!
黒八咫の上空からの音波爆撃、ウサッター一家の斬撃、ボタンの突進。それに加え、下僕たちの火力。散々戦場を荒らされ、そこにダメ押しとばかりにゾンビ豊豚魔が襲い掛かる。
怒涛の攻め手により相手は恐慌状態に陥っている。この攻防で敵の被害は二千を超えているだろう。一万という数が本当ならば、戦力は二割減だ。
まだ八割も残っているというのは数字上の話であって、実際の殺し合いはそんな単純計算の話じゃない。
ここで相手がクョエコテクの不死軍団ならその計算式も間違っていないのだが、相手の豊豚魔は知能があり感情もある。
二千もの兵士が成す術なく殺されていくのを目の当たりにしたら、普通どう思うだろうか。俺があっちの兵士なら、こんな無謀な戦い続けていられるかと吐き捨て、逃げようと考えてもおかしくない。
実際、空からの映像では既に何体かの豊豚魔が戦線から離脱して、後方へと逃げ帰っているのが良くわかる。このまま、圧倒的有利な状況を見せ続ければ、相手の心が折れる筈だ。
「そろそろ、やばいやもしれぬな」
土に埋まったまま、クョエコテクがぼそっと呟いたのが聞こえた。
不吉な言葉に思わず俺は土の腕ごと振り返ってしまう。
深刻な表情のクョエコテクが目を細め戦線を睨みつけている。あの顔は冗談とかではなく、何かを警戒している感じだ。
『なにが やばい』
「そうじゃったな。お主に言い忘れておったわ。あのベチ野郎は特殊な加護を所有しておってな。それを発動しおると、自分より弱い同族の身体能力が一時的に強化されるのじゃ。それだけではなく、恐怖や理性を失い、戦うことしか考えられない戦闘狂となる。その名も『狂騒』じゃよ」
相手も奥の手を所有していたか。それも狂騒ときたもんだ。
どれくらい強くなるのか……それに持続時間も気になるな。聞いておくか。
「強さか。我を失い肉体を限界まで行使するからのう。約二倍程度には考えていた方が良いかも知れぬな。時間はそうじゃな一時間程度じゃろうて」
能力二倍に一時間の活動時間。
身体能力は兎も角、精神的動揺がなくなるのはきつい。
今、戦線は広場からかなり進んだ、くの字型の一本道あたりか。谷を渡る道は殆ど一直線なのだが、あの区間は結構な曲道になっている。
猪突猛進がモットーのボタンが気を付けて走っているな。下手したら曲がり角から飛び出しかねない。そのせいで、こちらの軍の勢いが失われている。
何とか曲がり角の先まで蹴散らすことが出来れば、また勢いづくのだが。狂騒を発動される前にどうにかできないものか。
「守護者様。我々も参加して宜しいでしょうか」
「ボタンちゃんたちが頑張っている。私たちも是非」
「俺も参加させてもらうぜ。人手は多いに越したことねえだろう」
いつの間にか北門が開け放たれていて、そこから現れたのは執事ステックさんと、メイドのモウダーさん。それに、鍛冶屋ゴウライさんだった。
「私もモウダーも少々腕に覚えがありますので、足手まといにはなりませぬぞ」
そう言って髭をしごいているステックさんは、いつもの執事服で今から戦うようには見えない。隣に並んでいるモウダーさんもメイド服なんだよな。
緊張感が全くないが、二人の腕は確かだろう。お婆さんと共に過ごした山は強力な魔物が多く、余程の実力者でなければ登山が不可能となっている。
ハンターのナユッキはボタンたちが助け出したから、最悪の事態は免れたが、あの二人は実力で踏破してきた。それも疲れた様子もなく。
ゴウライさんは凄腕のハンターだったそうなので、腕の心配はない。
とはいえ、たった三人の加入では焼け石に水のような。
「我々も微力ながら力を貸しますぞ!」
この気合が入り過ぎた聞き慣れた大声は――帝国第八王女ハヤチさんか。
門を潜って現れたのは白銀の鎧をまとった、騎士風の女性。隣に並んで歩を進めているのはジェシカさんか。
その後ろに控えている面々にも見覚えがある。冬を共に過ごしたハヤチさんの率いる騎士団も来てくれた。
そして、更に後方にはかなりの数の騎兵がいる。たぶん、百名ぐらいはいるな。援軍としては少なすぎるが、良いタイミングできてくれた。これは嬉しい誤算だ。
「遅くなってすまぬ。ジェシカ殿は相変わらず……お綺麗だな。我とは正反対だ」
いやいや、ハヤチさんも負けていませんって。騎士の格好も似合っていますし、素朴な農作業用の服もばっちりでした。
「これはハヤチ様。お久しぶりです。こんなにも早く援軍が到着するとは思ってもいませんでしたわ」
二人は顔見知りのようだ。領主の娘と帝国のお姫様。面識があっても不思議ではないか。
「我らが帰還中に防衛都市へ向かう一団と遭遇してな。話を聞いて居ても立っても居られず、同行させてもらった。危険な任務なので部下共には帰るように命令したのだが、どいつもこいつも命令に従わなくてな。困った奴らだ」
ハヤチさんは言葉と裏腹に嬉しそうに微笑んでいる。
視線を向けられた部下の人たちも、笑顔を返している。相変わらず、仲のいい部隊だ。
「しかし、守護者殿がこの町に向かっているのは知っていましたが、まさか防衛に加わっているとは。流石、守護者様と言うべきですか」
褒めてもらっている筈なのだが、ハヤチさんの頬がぴくぴくと痙攣しているのは気のせいだろう。俺からも挨拶とお礼をしておくか。
『おひさしぶりです といってもすうじつですが じょりょくおねがいします』
「そうでした。皆の者、加勢するぞ! 我につづ――」
『ちょっとまってください』
前向きなのはいいが、もう少し落ち着いて欲しい。
土の腕を出し、ハヤチさんの進路を妨げる。慌てて止まるハヤチさんを見て、後方の騎兵が駆け寄ってきたが、それを手で制してくれた。
「安心しろ、この土の腕を持つ御方は畑の守護者殿だ。我が山奥で助けてもらった話はしたであろう。故あって今はここに滞在し、防衛都市を守ってくださっているそうだ」
その言葉に動きは止まったが、その表情は不審という言葉にピッタリな顔をしている。
事前に話は聞いていたようだが、畑が動くなんて普通は信じられないし、あっさりと納得した方が頭を疑う。
ここは論より証拠。畑の噂話は結構浸透しているようだから、これで理解してもらうか。
俺は地面に埋めておいた貯蔵庫から緑で長い野菜、クョエルを人数分取り出して、一本ずつ配っていく。
あ、旨味成分は程々に抑えている作物だから。安心して欲しい。
以前食べたことのある面々は喜んで受け取り、迷わず口に含んでいる。
騎兵はおっかなびっくり野菜を受け取ったが、食べる勇気が出ないようで躊躇っているようだ。
「ふはああ。相変わらずみずみずしくて美味しい! 丁度、喉も乾いていたので全身が潤うようです!」
ハヤチさんたちは、絶賛しながらあっという間に平らげてしまった。
それを見ていた騎兵の一団の数名が恐る恐る口に含んだ。
「なっ、何だこのクョエルはっ! 味付けをしていないというのに、口に広がる清々しさと豊潤な旨味は!」
目を輝かせ叫ぶ騎兵を見て、踏ん切りがついたのだろう。全員がクョエルを口にした。
そこからは驚愕と絶賛の嵐だったが、ハヤチさんが興奮する兵を鎮め、直ぐに落ち着きを取り戻してくれた。援軍の騎士団は統率が取れている部隊のようだ。
よっし、みんな喜んでくれたようだ。じゃあ、やる気を倍増させますか。
『たたかいがおわったら うちのやさいをふんだんにつかって ごちそうします』
そう土板に書き込むと「うおおおおおおおおおっ!」と歓声が地鳴りの様に響き渡った。
これで覇気も充分だろう。さあ、ここで一気に戦線を押し上げるぞ。
「では、守護者様、積もる話は後程。ところで、一つお尋ねしたいのですが」
出発直前にハヤチさんが小首を傾げながら質問をしてきた。なんだろうか。この場面でまだ何か疑問があるのかな。
「その、土の山に半分埋まっている方はどなたなのでしょうか?」
あっ、そういやクョエコテク出しっぱなしだった。隠すのをすっかり忘れていた。
半眼で俺を睨んでいる吸血魔がいるが、そこは無視しておこう。
『きにしないで さいせんたんの かかしです』
「そ、そうですか。では、皆の者、突撃ぃ!」
遠ざかるハヤチさんの背を眺め、上手く誤魔化せたことに安堵の息を吐いた。
まあ……納得してないよな。あんないい訳で騙される程、バカじゃない。
後で追及されるのだろうけど、今はそれどころじゃないからな。ここを凌がなければ明日は無いのだ。
傍観するだけじゃなく、俺も行動に移すとするか。




