十五話
胸焼けがしてきた。
朝の早くから油まみれの肉をずっと吸収しているのだが、胃もたれならぬ畑もたれになりそうだぞ。
豊豚魔の栄養は骨や腐肉よりかなりあるようだが、再生能力の高さと、元々の体積が邪魔をしてくれているらしく、吸収にかなり時間が掛かる。
ゆっくりでいいなら全て吸収できるが、初めの百体を完食する前に更に五百の追加オーダーがくるとは。現在、北門付近の地中は吸収しきれていない、豊豚魔の群れで満員状態。
効率で言うなら、死人魔と骨人魔の方が良かったな。吸収が直ぐに済んだから、幾らでもおかわりが可能だった。
食べ放題のレストランで油断して頼み過ぎた品を、無理やり口に詰め込んでいる気分だよ……。
「クワアアアアッ!」
うおっ!? びっくりした……黒八咫の泣き声か。一緒に偵察している最中だったな。ごめんごめん。別のこと考えて見てなかったよ。何かあったのかな。
谷風の影響を受けない上空から見下ろすと、広場へと繋がる長く細い道にグロテスクな部隊が列をなしている。
豚の顔に弛んだ体の二足歩行する生き物か……あれだ、オークだ。別に深い意味は無いのだが、女騎士でもあるハヤチさんが対戦すると面白そうだ。深い意味は無いけど。
冗談はさておき、数で押してきたか。物量で泥を埋めるつもりなのか。
広場に埋まった連中が長い槍を持っていたのは、泥状にした地面の深さを測る為だったようだな。今でもパンパンに近い状態に、ダメ押しの豊豚魔の群れ。
これは大ピンチか。ドキッ、泥まみれ豊豚魔祭り! 閉会のお知らせだ。
最も得意とする攻撃方法が封じられた今、次の一手はあれしかない。
もう少し時間が欲しかったが、まあ、何とかやれるだろう。敵の先陣が広場へ侵入してきたな。広場前から少し離れた道にいる無駄に派手な御神輿のようなものに乗っているのは、人差将軍っぽいな。
他の豊豚魔より一回り巨体で、腹と顔が弛みまくっている。棘の生えた肩パットに胸元だけをカバーする感じの金色の部分鎧。お腹剥き出しって……若い女性でもないのに、へそ出しされてもな……。
その目で直接確かめに来ているのか。もう少し近づいてくれたら、親玉だけを狩る手段もあるのだが、少し距離がある。
「ぶふぉふぉふぉふぉ! さあ、一気に攻めるぶひぃ!」
語尾にぶひとか付いているよ! 理想的なオーク像だ。俺は今、軽い感動を覚えているぞ。やはり、ここはハヤチさんに戦ってもらい、相手に捕まるという展開を妄想してしまうのは男のサガだろう。ま、まあ、冗談だが。
さーてと、このまま一方的な攻撃が始まるのをぼーっと観戦するつもりはない。
では、見せてやろう、俺の奥の手を!
俺は北門前の地面を隆起させ、小さな山を作り出した。それはただの土山ではない。山のてっぺんに突き刺したかのように、上半身を生やしている人物がいる。
「ぶひぃっ!? 吸血姫だぶふぉ?」
そう、そこにいるのは、苦々しい表情の吸血姫ことクョエコテクだ。
「ぶふぁふぁふぁふぁ! 人質のつもりぶふぁ? 無駄ぶひよ。そんな肉のない女ぶふぉなんて、死んでも構わんぶひ」
何度も聞いていると感動が薄れて、ぶひやらぶふぉが耳障りになってきた。つまり、助ける気はないということか。
それは結構。初めから人質にするつもりはないからな。
「皆の者、気にしないでいいぶひ! 攻めるぶひぃ!」
兵たちが一瞬、本当に攻撃していいのか戸惑っていたようだが、直属の上司の命令には逆らえないのだろう。一斉に突進してきた。
さあ、頼むよ……クョエコテク!
「ぐぬぬ、屈辱だがやむをえぬ。我が命に従い、醜きベチの軍を葬り去れ! 目覚めよ、腐肉と化した醜き豊豚魔の骸どもよ!」
手を正面にビシッと突きつけると、地面の至る所に山ができ、そこから何体もの豊豚魔が這いずり出す。
ただ、それはただの豊豚魔ではない。俺が畑に取り込み『腐食』の加護により腐らせた奴らだ。それを『死者操作』の加護を持つクョエコテクに操らせた。二人の加護を組み合わせた大技である。
クョエコテクは俺からの提案に快く応じてくれたので、事はとんとん拍子に進んだ。
「さ、さあ、指示に従ったであろう。は、早く、欲しいのじゃっ! あの野菜を寄越すがよい!」
女の子が「早く、欲しい」何て言うものじゃありません。欲しいって何の事だったかな、もしかして……これ?
鼻息荒く、血走った目で懇願するクョエコテクに、赤々と実った普通サイズのタミタを土の腕で握った状態で見せつける。
「さ、さっきよりも大きいではないか……ははは、早く我に食わせるがいい!」
目の前でタミタを左右に揺らすと、それを追うように相手の顔が動く。旨味を濃縮した小さいタミタを、あえて三つだけ焦らしながら与えたことにより、クョエコテクとその下僕は味に魅了され、洗脳されかけている。恐るべし、俺の野菜たち。
ここでこれを食べさせて満足させるわけにはいかない。最大限に利用させてもらわないとな。ええと、土板を地面から召喚して、書き込むか。
『かつやくしたら くだものも たべさせてあげるよ』
あっ、文字通り、目の色が変わった。
元々、ほんのり赤い瞳だったのだが、俺の書いた文字を見た瞬間、瞳が血のように紅蓮に染まり、体から黒い霧のようなモノが噴き出してくる。
女性には果物の方が、効果があると思って交渉したのだが……やり過ぎたかもしれない。
「その約束、違えるでないぞ! 我が最も好むルワガはあるのであろうな!」
ルワガってリンゴみたいなのだよな。お、おう、あるある。
あまりの迫力に押され、思わず腕を上下に振ってしまった。
「ならば良い! 我が魔力を全て注ぎ込み、最悪の腐れベチ野郎にしてくれるわ!」
おおおっ、沸騰したヤカンから溢れる蒸気のように、闇の霧が勢いよく吹き出しているぞ。
その黒いのに触れた腐った豊豚魔が……凄まじい勢いで暴れだした。生身の豊豚魔より腐った方が当初から強かったのだが、今は、なんというか個体の戦力差が開きすぎている。
元々、死んでいるので痛みも恐怖も感じない体の豊豚魔は、かなり凶悪なようだ。体に無数の武器が刺さっても、平然と襲い掛かり、力のリミッターが解除されているので力は限界を超えている。
今も、三体に武器を突き刺されながら、それを意にも介さずに斬り返している。おー、棍棒の一振りで、同程度の体格をしている敵を二体まとめて吹き飛ばした。
「ふははははは、我が至高なる食事の為に、ベチどもを打ち砕くのじゃ!」
土に埋まりながら髪を振り乱しているクョエコテク。めっちゃ怖いです。
ずっと黒いのが湧き出しているが、あれって魔力のようなものだよな。ということは、不思議パワーが流れっぱなしだとエネルギーの消耗が激しそうだ。
ふむ、『栄養注入』の加護を使って、エネルギーの補充をしてあげよう。これで、長時間魔力を垂れ流せる機械となった。
広場から追い出し、今は細い一本道まで押し返しているな。道幅は豊豚魔なら40体も並べば、いっぱいいっぱいか。
今は完全に押し気味だが、少しずつ削られている。数が数だけにこのまま押し切るのは不可能だな。となると、ここで援軍を起用するか。
土板に書き込んでと。
『げぼくを なんにんか たたかわしてください』
「我が裏切るのは問題ないが、下僕を戦わせるのは……」
少し躊躇っているな。なら、ここで一押し。
『くだもの ついかしますが?』
「任せるがよい! 副官、それに壱から伍、ベチどもを薙ぎ払え!」
六体の下僕を土から解放してやる。主の名には絶対のようだが、どうにもやる気が感じられない。顔は無表情で、わざとらしくタキシードの土を払ったりしているだけだ。
当人たちのやる気を出させる為に、俺は土板に新たな文字を刻む。
『いちばん かつやくしたものに すきなやさい あげます』
さっきまで仕方なく命に従うといった感じだったのだが、態度が豹変した。
下僕の一人は、直立不動だったのが前屈みになり、全身のバネを最大限に利用して、土煙を巻き上げ突っ込んでいった。
またある者は、両腕を天高く掲げ、呪文を詠唱し始める。
「紅蓮の炎よ、万物を焼き尽くす圧倒的な業火で焼き尽くせっ!」
ショタっぽい子は自分の身長より少し短いぐらいの大弓を構え、弦に四本も矢をつがえている。そんなのでまともに射れるのか?
あ、放たれた矢が全て別々の額を貫いているぞ。
巨大な火の玉も敵陣のど真ん中に命中して、火柱が昇っている。香ばしい豚肉のいい香りがしてきた。
全速力で突っ込んでいった短髪のイケメンが向かった場所辺りで、豊豚魔たちが崖下へ落ちていく姿が見えるな。
まさか……この人たち優秀な人材なのかっ!
速攻で畑に埋めたから実力が全くわからなかったんだよな。土に埋める戦い方はかなり強いのか……身体能力は土で封じ、特殊能力は吸収で吸い取る。
うん、強いなこれ。この方法をもう少し強化すると楽しい事ができそうだ。今後の課題として考えておこう。
あれ、どうしたんだ。お前たちも戦いたいのかい?
地下室にクョエコテクの下僕を閉じ込め、その見張りを頼んでいた動物たちが、いつの間にか地上へ出てきている。そして、俺の前でやる気のアピールを続けていた。
ボタンは地面を蹴りつけ鼻息が荒い。
黒八咫は何度も翼を羽ばたかせている。
ウサッター一家は丸太を地面に立てると、四匹で切り刻み一瞬で細切れにした。
う、うーん、あんまり無茶はさせたくないのだが、無理に押さえつけると反発しそうだしな。自主性を尊重するか。
わかったよ。ただし、怪我したり、無理だと思ったら即座に撤退すること。いいね?
全匹が、大きく何度も頷いている。
仕方がない。簡単な作戦を伝え、準備を整えると意気揚々と飛び出していった。
身体能力が動物の領域を遥かに凌駕しているので大丈夫だとは思うが、乱戦は怪我しやすいからな。何だかんだ言っても、やっぱり心配になる。
ということで、俺も対策は練ってある。全匹の体のどこかに俺の体を装着させておいた。黒八咫はいつもの土の輪を足に。
ウサッター一家には土の首輪を。そして、ボタンには――これは後でいいか。
全員に畑の土で出来たアイテムを装着させているので、現場の映像も見たい放題になる。こんなことが出来るようになったのも、大量の魔物を取り込んで畑が強化されたおかげだろう。
何をしているかも良くわかるし、危なくなったら呼び戻しやすい便利な能力だ。
あまり過保護すぎるのも嫌われたりするから程々にしないとな。でも、何も言わなかったら無茶するからある程度はきつく言わないと。しかし、それで嫌われることになったら……はっ、これが子供を持つ親の心境なのかっ!
と、取りあえず、現場の状況を確認してみるかな。




