十三話
将軍の心が折れたのを確認すると、もう一度、イケメン軍団の口元を土で覆っておく。
その上で、過去の映像をストップさせた。ふうー、これ以上は危険水準を超えるところだった、俺が。
「話す! いや、話させてくれるか。その代わり、こやつらが本当に無事なのか、その口から確認を取りたいのじゃが、構わんか? さすれば、我も安心して全てを明かせる」
素直に応じたように見せかけているが、ちょっと怪しいな。
何か企んでいる節がある。発言の最中に少し汗ばみ、体温が上昇した。
仕掛けてくる可能性が高いが……あえて、乗るのもありか。
「どういたしましょうか」
ジェシカさんが迷う素振りを見せながら、チラリと視線を土の腕に向けた。
迷うよな。じゃあこっちの意見を書かせてもらおうか『うけましょう なにがあっても まもりますよ』と伝える。
「わかりました。ただし、妙な真似はしないでくださいね。もし、その約束を違えた場合、覚悟しておいてください。捕えた者たちの口元を覆う土を外してもらえますか」
油断をせずに最大限の警戒を維持したまま、俺はイケメン軍団の口を解放した。
「お主ら、大丈夫か。かなり苦しんでおったようじゃが」
「ご心配には及びません。かなり高度な幻術をかけられていたようです。まるで、本当に体験したかのような恐怖と不快感でしたが……」
疲れきった表情の一番年上らしき執事風の人が、頭を振りながら答えている。
だよね、ナイスミドル! わかってくれる仲間が増えて嬉しいよ。強制的にだけど。
「幻術を使える者までおるというのか。見くびっていた我が負けるわけじゃ。他の者も無事かえ?」
「少々、心に傷を負いましたが、健在です」
憔悴しきったイケメンズが一斉に頷いている。少数名は逆に血色が良くなっているが、深く考えないでおこう。
「そうか、ならば安心じゃ。やれ!」
おっ、急に目つきの鋭くなったクョ何とかが大声を発すると、それが合図だったらしくイケメンどもに動きがあった。
「邪炎よ、猛き蛇となり踊り狂え!」
「深き海底より現れよ、気高き水魔!」
「風よ吹き荒れろ!」
一斉に怪しい言葉を大声で、恥ずかしげもなく叫んだようだが……その声は虚しく、街中に響いただけだった。
予想通り過ぎだな、これは。あれだけ精神的に追い詰めたというのに、こりないねえ。
「ど、どういうことだ! 魔法が発動しないだとっ!」
「風よ! 風よ! 命に従え!」
無駄だって。魔法を発動するには呪文を唱えないといけない。と教えてもらっていたから、ずっと口元を土で覆っていたのだが、解放した途端にこれだ。
「クョエコテク様、魔法が何かに妨げられています! 魔力の流れは感じたのですが、発動前に何故か霧散してしまっているようです」
「加護の力も同様に発動を阻害されております」
「何と……」
下僕が魔法を発動すると同時に加護を所有する者も力を発揮して、状況を一変させるつもりだったのかな。さっきまでの落ち着いた余裕のある顔が崩れているぞ、クョエコテク様。
「いったい、どのようなカラクリなのじゃ! 我らの力を完全に封じること等、できるわけがない!」
それができちゃったんだな。方法は単純明快、加護の力だ。
俺は今回の戦闘でかなりパワーアップしている。所有する加護もその影響を受け、能力が格段に向上してしまい、新たな力に目覚めた加護も少なくない。
所有している加護は『土操作』『視界操作』『体質変化』『栄養注入』『不老』『吸収』『腐食』『呪い』となっている。
そのうちの『吸収』を活用させてもらった。今までなら畑に取り込んだモノを栄養として吸収する能力だったのだが、どうやら何を吸収するか選べるようになったようだ。
その力を用いて、相手から発動されようとしている妙な力を、全て吸収させてもらっている。それにより対象が畑に埋まっている限り、魔法や加護を完全に封じることが可能となった。
さて、こっちの慈悲につけ込んで、裏切った相手には罰を与えないといけないな。
そろそろ、格の違いを見せつけてやるとしよう。二度と歯向かおうと思えないぐらい、その身に刻み込んでやるとするか。
俺は土の腕をジェシカさんと敵側の両方から見える位置に移動させた。
そして、土の板を畑の土で作り出し、そこに文字を書き込む。
『やくそくをほごにした かくごはできているな』
敵も味方もその文字を読み、唾を飲み込んでいる。畑から伝わる俺の怒りの感情に触れ、恐れを抱いているのだろう。
今回、あえて相手の申し出に乗り、口元の土を排除したのには理由がある。裏切ることを前提に考えていたからだ。
イケメンたちの前に土の右腕を作り出し、その手でがっちりと相手の顎を掴んだ。そして、指を滑らせ、その口に人差し指と中指を強引にねじ込む。
「な、な、何をするつもりじゃ!」
その異様な光景にクョエコテクが怯えているようだ。お前は最後に回してやるよ。まずは下僕たちがどうなるかを、そこからじっくり観察してな。
強度を増している土の指を噛み砕くこともできない男たちの口を、少し開いた状態にしたまま、俺は次に移る。
俺の意図を感じ取った黒八咫が、畑からトマトに似た赤い実のタミタを収穫して籠に盛ると、口を強制的に開けさせられたままの男たちの前へ、一個ずつ置いていく。
そのタミタは品種改良によりかなり小さくなった一口サイズなので、子供でも食べやすいと評判になっている作物だ。
「タミタだと。まさか、それに毒物を仕込んで食わせるのではなかろうな……」
惜しいな。食わせるのは正解だが、毒物はちょっと違う。
そんなのよりも、恐ろしいものだよ。旨味成分だけを高めるように栄養を注ぎ込み、育て上げた実験作。筆舌に尽くしがたい味のせいで危険すぎると判断し、人間に食べさせることを禁止したタミタだ。
十人の下僕の前に今度は土の左腕を地面から発生させると、タミタをそっと指で掴み、ゆっくりと男たちの口へと運んでいく。
「ふごおお、ふがああ」
必死になって抵抗しているようだが、畑を持ち上げることが可能な程の怪力自慢の土の腕を、振り払うことなど出来るわけがない。
指を広げ、タミタが入り込む隙間を広げると、指でタミタを軽く潰してから放り込んだ。そうすることにより、口内にタミタの汁が流れ込み、舌に広がる寸法だ。
吐き出させないように、口を閉じさせておくか。
口に含んだ瞬間、全員の体が大きく震えた。目を限界まで見開き、顎が激しく上下に揺れている。
そして、喉が膨らみ呑み込んだことを確認すると、俺はそっと土の手を離した。
「はふぅぅぅぅ」
「ひおうあがああああ」
「あっあっあっ」
光悦の表情で緩みきった口から大量の唾液が流れだす、イケメンとは思えないだらしのない顔が並んでいる。
イケメンたちの口からは意味不明な声が流れ、見張っていた周囲の兵士がぎょっとした顔で見守っているのが印象的だ。
「な、何をしおった! 我の下僕どもに何をしたのじゃ!」
まあまあ、そんなに取り乱さなくても大丈夫ですよ。自慢の野菜を味見してもらっただけですから。ええ、それだけですよ……。
黒八咫が更にもう一つずつ、土に埋まったイケメンたちの前にタミタを置いていく。
夢見心地だった男たちの表情が豹変した。目が血走り、口から涎を垂れ流しながら、それに喰らいつこうと懸命に足掻いている。
んー、欲しいのかなー。もう一つ食べたいのかなぁ。どうしよっかなー。貴重な作物だしぃ。俺の野菜たちは安い野菜じゃないしぃ。
そのまま焦らしていると、顔中に血管が浮き出るぐらいに力を込めて、どうにかしてタミタを口にしようとしている。その表情があまりに必死過ぎて、クョエコテクの目に怯えの色が見える。
「ど、どうしたのじゃ、お主ら。我の下僕ともあろう者が、そのような情けない姿を晒すでない! やめい! 今すぐ情けない真似をやめぬか!」
怒鳴り散らしたところでその言葉が耳に届いてないらしく、飢えた野獣の様に理性を失った状態で、それを食うことしか考えられなくなっているのだろう。
さてと、ここで交渉といこうか。この字を見てもらえるかな。
目の前のタミタを掴んで、すっと後ろに下がる。必死な視線を遮るように小さな土の壁を創造する。そして、土の壁に俺は文字を書き込んだ。
『まおうぐんの じょうほうをおしえてくれるなら もうひとつあげます』
その瞬間、目の色が変わった。
「お主ら、そのような誘いに――」
クョエコテクの声は叫び声に掻き消される。
「豊豚魔の指揮官は、タワキテ様ですぞ!」
「豊豚魔は鼻が異様に利き、少々の怪我は数刻で回復します!」
「他にも、小将軍が率いる魔獣部隊が」
「薬将軍は飛行部隊担当なので、この谷の風が邪魔して動けず、後方で控えています! は、早く、タミタをっ!」
「ぼ、僕も何か教えないとっ! あ、あの、親将軍は植物系の魔物で、移動が不得意なので薬将軍と共に後方待機しているって言っていました!」
お、おう。次から次へと情報漏えいが。
ジェシカさんの部下がメモを取っているな。このまま、知りうる全ての情報を吐き出してもらうとするか。
「や、やめぬか! 黙らぬか!」
そういや、クョエコテクを放置したままだった。
うんうん、仲間外れは寂しいよな。黒八咫、あれ持ってきてあげて。
俺が土の手をパンパンと打ち鳴らすと、黒八咫が籠を口にくわえた状態で、クョエコテクの前に進み出た。
その籠には、あのタミタが満載されている。
「そ、それは。何をする気だ……」
自分が今からどうなるか理解しているのだろう。顔をタミタから逸らし、怯えたように頭を左右に振っている。
何をするって、決まっているじゃないですか。
ふふふふ、さあ、お口をあーんして。ほら、あーーん。
「やめ、やめるのじゃ! 口は開けぬぞっ、うぐぐぐ、やめえい、やめて……あんぐっ」
小さなお口に赤く滾るタミタを捻じり込む。
ほーら、その可愛らしいお口で良く味わうんだな。さあ、飲み込むんだ。そこから溢れ出す、豊潤な野菜のエキスをっ!
別にそういう性癖は無いが、嫌がる女性の口に無理やり野菜をねじ込むシチュエーションは、こう、ぞくぞくするものがある。
「畑様、変態……」
はっ、しまった! キコユは姿を隠しているが、畑の上にはいるのだった!
ち、違うんだよ、キコユ。これは、あれだ、相手の心を揺さぶる為の芝居だから。仕方なく、仕方なく、嫌々していただけだから!
「楽しそうだった……」
やだなー。誤解ですよ、キコユさん。ははははははははは。
よ、よーし、気は進まないけど、このまま野菜の魅力で全員籠絡しちゃうぞー。
あー、こういうの苦手なんだけど仕方ないなー。
キコユに聞こえるように心の声を大にしたのだが、畑に注がれる冷気交じりの冷めた視線がずっと俺に突き刺さっていた……。




