十二話
ジェシカ坊ちゃん凛々しい顔つきになったな。美人の表情が引き締まると、それだけで見惚れてしまいそうになる。
さっきまでの少し狼狽えているような態度は消え去り、今は毅然とした態度の領主が存在している。この調子なら大丈夫そうだ。
門を開けるのも手間なので親玉とイケメン軍団、それに副官ゾンビを一旦、畑の奥深くまで埋めてからのー、地中を移動させるか。
その間も、土で口から下は固めておくのは忘れない。
では、皆様下へ参りまーす。後ろに進みまーす。更に上へ参りまーす。
「ふごごごっ!? ふごっ!?」
絶叫マシーン並みの激しい動きに、全員が揃って驚いているようだが、何を言っているかわかりません。
一気に畑からドンと、頭だけ生やす!
「うおっ!」
「うわっ!」
畑に並ぶ生首たちを見て、兵士たちが慌てて武器を構えているようだ。
さーて、ここからが問題なのだが。畑である俺の存在は伏せておくように、ジェシカ坊ちゃんたちと事前に打ち合わせは終えている。
土操作を扱える凄腕のハンターを雇った設定で、それを匂わせる発言はするが断言はしないと決めておいた。
俺の言葉をキコユが伝えるというのは、この場面で危険だと判断して、敵側が見えない位置に土を盛り上げ平らに成形し、そこに小さな腕を作り出して文字を書き込むことにする。
キコユは雪精人という魔物なので、人と共にいるのは不味いだろうと判断してのことだ。
ジェシカ坊ちゃん……は、もうやめておくか。震えながらも立派に領主としての責務を果たそうとしている。坊ちゃん何て失礼だよな。
敵からは見えずジェシカさんたちには見えるような位置に、小さい土の腕は既に陣取っている。あとは状況に応じてアドバイスが出来ればいいのだけど。
「初めまして、魔王軍の方。お名前を窺っても宜しいでしょうか? 口元の土を取り除いていただけますか」
ジェシカさんは、相手の親玉を見つめたまま俺への頼みごとを口にする。視線を動かすことにより、土を操作しているのが誰か感づかれないようにする対策だ。
ちなみに土の腕のいる場所は大胆にも土に埋まった彼らの後方だったりする。全員がジェシカさんたちの方向に顔を強制的に向けられているので、背後の俺を見ることができない。
まあ、バレたところで土操作の能力者が遠隔操作で、指示を出している様に思ってくれそうだが。
これぐらいなら土に書かなくてもいいな。指でOKサインを出しておこう。
あとは親玉の幽霊みたいな女性の口から土をどけたらいいのか。
念の為に、黒八咫、ボタン……って、指示を出す必要はないか。既に、ジェシカさんを守るように前へ並んで立っている。
ウサッター一家もただの動物の振りをして、呑気に生首の周辺を飛び跳ねながら、妙な動きをしないか警戒していた。
「ありがとう、黒八咫さん、ボタンさん」
優しい微笑みを浮かべ、二匹を撫でている姿は慈愛すら感じる。うん、性別関係なしにジェシカさんは魅力的な人だ。
「ふぅ、ようやっと解放されたか。人の名を聞く前に、自分から名乗るのが人間界の礼儀だと聞いておったのだがのう」
「これは失礼しました。この町の領主、ジェシカと申します。以後お見知りおきを」
「ほう、おなごが領主をしておるのか。これはこれは。では、我も名乗るとするか。左足中将軍であるクョエコテクじゃ。以後があるとは思えぬが、よろしく頼む」
腹をくくって開き直っているのか。悲壮感はなく、寧ろ清々しい表情に見えるな。あと、関係ないが名前が覚えにくい。
覚えにくいと言えば、もう一つ。左足中将軍ってなんだ? そこが気になるので、土の黒板――土板でいいか。それに『さそくちゅうしょうぐん ってなに』と書いておいた。
「左足中将軍というと、魔王軍特有の将軍の位ですな。確かあちらの将軍は上から、右腕大将軍、左腕大将軍、右足大将軍、左足大将軍と呼ばれておるようです。そして、その配下に指の名前を用いた20名の将軍が存在します。それが二十指将軍でしたか。左足中将軍ならば、二十指将軍の中で十八番目の地位で、間違いありませんかな?」
「ほう、人間にしては博学ではないか」
「歳を連ねると無駄に知識だけは積もっていきますので」
へえー、そういうシステムになっているのか。勉強になる。畑の隅にメモっておこう。
「それでは、クョエコテク様、幾つか質問があるのですが、答えていただけますか?」
「内容によっては構わんぞ」
首だけなのに偉そうだ。
「それでは、一つ目。何故、防衛都市を狙われたのでしょうか」
ジェシカさんの目がすっと細くなったな。表面上は冷静に振舞っている様に見えるけど、色々思うところがあるのだろう。
「ふむ、そうじゃな。お主らは何処まで知っておるかは知らぬが……魔物の住む我らの国が統一されたのは知っておるか?」
「承知しております。何でも、魔王と呼ばれる存在が現れ、魔物の国を治めているとか」
「そうじゃな。正確には魔物の国を統一した者が、統一後に魔王と名乗ったわけじゃが」
初めから魔王ではなく、頭角を現し魔物を統べた者が魔王と名乗っているわけか。自ら魔王を名乗るとは……中々痛々しい。
「その魔王様が、次の標的に選んだのが人間たちの国というわけよ。防衛都市が狙われたのは、ここが帝国との接点だったからじゃのう。他国へはまた別の将軍が向かっておるぞ」
この世界の地理が殆どわかってないのだが、そりゃ国は帝国だけじゃないよな。うーん、畑だから戦力図とか興味ないのだけど、少しは勉強した方がいいのだろうか。畑なのに。
「丁寧にお答えいただき、ありがとうございます。この防衛都市を攻めているのは、クョエコテク様の不死部隊と豊豚魔の部隊だけのようですが、援軍の予定はあるのでしょうか」
「ふむ、そこまで応えてやる義理は無いのじゃが、あのベチ野郎が万が一にもこの町を落とし、昇進などした日には、死ぬに死に切れぬな……よいじゃろう。どうせ、死ぬ身だ。教えてつかわす」
「ありがとうございます」
話がとんとん拍子に進み過ぎているな。何か裏があるのか?
それとも、魔物の軍というのはこういう感じが普通なのだろうか。豊豚魔とかいう、豚の顔が付いた軍の将軍を心底嫌っているようだしな。忠誠心とかが薄いのかもしれない。
でも、何かを画策している可能性も捨てがたい。見張りは続けておくか。
「我の部隊が壊滅し、朝にはベチ野郎が意気揚々と現れることじゃろう。それすらも、撃退した日には、魔王軍の新たな部隊が来るじゃろうな。この防衛都市攻めを担当しておるのは左足大将軍じゃからの。他の大将軍の手前、すごすごと撤退するわけにもいくまいて」
四人の大将軍のうちの一人が担当しているのか。さっきの説明から推測すると、左足大将軍の直属の将軍は五人だろう。小、薬、中、人差し、親という将軍がいて、クョエコテクは中将軍。あと最低四人の将軍と指揮する部隊がいると見るべきか。
「なるほど、どれ程の兵力か教えてもらえますか?」
「そこまで情報を提供する気はないぞえ。だが、ベチ野郎の部隊は構わぬか。あ奴らは豊豚魔だけで一万じゃのう」
い、一万っ!?
何となく場の空気を呼んで驚いてみたが、数が多すぎて正直ピンとこない。
「一万ですか……豊豚魔は生命力が強く回復力も桁外れな魔物。それが一万ですか。ステック、うちの残存兵力は」
「はっ、そうですな……兵士、傭兵、ハンターを掻き集めても三千がよいところかと」
三倍以上の戦力差があるのか。良く、これまで耐えていたもんだ。
人数だけ聞くと絶望的だが。
「おいおい、お主ら。我の前で内情を吐露して良いのか?」
「逃がすつもりは毛頭ありませんので」
ジェシカさん、ここでその笑顔はグッドですよ。柔和な笑みに見えるところが、逆に怖さと凄味を醸し出している。
「さて、ここまで親切に教えたやったのじゃ、こちらの質問も一つ聞いてくれんか」
「敗者からの要求を聞く必要はないのですが、まあ、いいでしょう。内容によってはお答えしますよ」
「我の軍をこうも見事に壊滅へと追い込んだのは何者じゃ? どうせ死ぬ身じゃ。誰にしてやられたかぐらいは知っておきたいからのう」
実は畑にやられました! と暴露した時の相手の反応が非常ううううううぅに興味あるが、黙っておかないとな。
「凄腕のハンターたちがいるとだけ、言っておきましょうか」
「やはり、助っ人じゃったか。土操作と精霊使いの加護を持つ者がいるというわけかのう」
「さて、どうでしょうか」
うんうん、ジェシカさん見事な立ち回りだ。魔物の将軍に臆していない。
周囲で見張っている兵士たちも感心しているようだな。
「他の部隊についての情報を話すつもりはありませんか? 快く応じて頂けるなら、命だけは保証しますが」
「ほおう、この町の住民を殺した我らを助けるというのか。それは愚策ではないかのう」
「貴方の意見は聞いていませんわ。話すか話さないか。それだけをお答えください」
スカートに隠れた足が小刻みに震えているのが、畑の地表から伝わってくる。
ここが踏ん張りどころだ。頑張れジェシカさん!
声に出して応援はできないけど、励ましの気持ちは届けるから!
やれる、やれる! ジェシカさんならやれるよ!
何か変なことしてきたら、土の中であれやこれやしてやるから!
「……ありがとうございます」
ジェシカさんに思いは伝わったようで、ちらっと地面に目を向けて口元をゆるめてくれた。
「話す気は……ない。腐っても魔王軍の将軍じゃ。あのベチ野郎は別として、他の将に遺恨は無い。裏切る必要性を感じぬな」
「命を捨てると言うのですね」
「ああ。死人や骨人を操る不死の将が、死を恐れるなど愚かを通り越して、滑稽でしかないわ」
「それは、配下の者を犠牲にしても?」
「あ奴らは我の下僕じゃ。生きるも死ぬも我の勝手じゃ」
その割には地面に吸い込まれる瞬間、必死になって逃げるように叫んでいたような。全てが嘘ではないだろうが、配下への情はあるように感じる。
何故、そんなことを思うのかというと……どうやら、畑にずっぽり埋めることにより、相手の動きが詳細に伝わってくるので、微妙な体の揺れや発汗によりある程度の感情が予想できる……気がする。何となくだが。
配下の者を犠牲にしてもと問われ、一瞬、彼女の体が硬ばった。ということは、少しは動揺したということだろう。
なら、俺の出番かな。土板に『ならば ひじょうしゅだんをとる といって』と書き込む。
「なら、口を割らせる為に手段を選びませんが。構いませんか」
「ふははははは、拷問でもやってみよるか? 無駄じゃよ。我に血を吸われた下僕どもは、痛みを失い死者に近い存在になるのじゃよ。吸血魔に痛覚は存在せぬ。何をしようが無駄じゃ」
痛みが無いのか。ならば、俺の新しい能力を披露するしかないな。
多くの魔物を肥やしとした俺は、あらゆる能力が格段に向上している。一度も試してはいないが俺にはわかる。新たに目覚め進化した能力の事が!
今までは過去の体験を思い出して、感情を相手に何となくだが伝えることは可能だった。だが、力を得た今なら、俺の悲しい過去や思い出を鮮明に相手へ見せられる。まるで、自分が経験したかのように追体験させることができる筈だ!
「では、皆さん覚悟してください。あまり、人間を舐めないことですよ」
ジェシカさんの脅しに、クョエコテクとその下僕たちの身体がピクリと動いた。
おもむろに手を挙げるジェシカさんの合図を確認すると、俺は新たな力を解放する。
今までで最強レベルの悪夢を見せてやろう。
そうあれは、高校一年の夏。
高校で仲良くなった男友達に誘われ、夏休みに友達の家に泊まることになった。
明るく人見知りをしない、線の細い友人はかなりのゲーム好きだったので、ゲーム三昧になるのかと期待に胸を膨らませて友達の家を訪れた。
友達の家は漫画で見たことあるような豪邸で、庭も学校の運動場よりも大きく、俺の身長より高い塀で囲まれていた。
俺を迎え入れた友人は、体に貼り付くようなサイズの少し小さい、ピッタリとした服装で、私服のセンスが正直酷いとは思ったが、俺はそれを指摘しないでおいた。友達だから。
家族は一週間ほど旅行に行っているそうで、気を使わなくていいと言われ俺は浮かれ気分で、夜まで彼と格闘ゲームをし続けていたんだ。
そこまでは、友人と過ごす楽しい夏休みだった。問題はその先にある。
夕飯を食べ終わり、先に風呂に入らせてもらい、さっぱりした気分でリビングへ入ると、そこには見知らぬ男性が複数いたのだ。
五十代らしき太り気味のおっさん。四十代っぽい眼鏡を掛けたスーツ姿の生真面目そうな男。タンクトップから鍛え上げられた腕や胸筋が見える日に焼けたスポーツマン風。
俺は状況が理解できずに、友人に訊ねた。
「この人たちは誰なんだ? 家族は旅行なんだろ」
友人は俺を見て、今まで見たことのない歪な笑みを浮かべると、こう言った。
「この人たちは僕の恋人なんだ。実は僕、男性が好きで、今日は皆で遊ぼうって連絡をとったんだよ」
そこから必死の逃亡劇が始まった。
自分の童貞とお尻の処女を守る、恐怖と絶望から逃れる為の命懸けの逃亡劇がっ!
「や、やめてくれ! 俺にそっちの趣味は無いいいいっ!」
「さ、触るな! 肩を抱くなっ!」
「あ、足音が近づいてくるっ、来るな、来るな、来るな……」
「その臭い顔を近づけないでよっ! 男とキスなんていやだあああああっ!」
土に埋まったイケメン軍団の口元の土を外してやると、その口から絶叫が上がっている。身をよじり、その逆境から逃れようとしているようだ。
ふはははは、苦しめ苦しめ!
あの時の恐怖をきさまらも味わうがいい!
最終的にはお尻の処女もファーストキスも守り通せたが、あれを思い出すだけでも、身の毛がよだつ。さあ、俺のトラウマを一緒に分け合おうよ!
あの日以来、暫く男性恐怖症になった俺のトラウマを!
「痛みを知らぬ下僕たちが悲鳴を上げるだと!? 何をしおった! 一体、何をやったのじゃ!」
心配ですかな、クョエコテク将軍。彼らはリアルな恐怖体験を味わっているだけだ。
何故か、数名喜んでいるイケメンがいるが、それは無視しておこう!
さあ、早く助けてあげないと!
これ以上、あの時の出来事を経験させると、精神が崩壊しかねないぞ! 俺も!
だから、早く、諦めて情報を公開するのだっ! お願いだから!
それから、暫くしてクョエコテクが「話すから、下僕どもをこれ以上苦しめないでくれ」と呟くまで続けられた。
ふっ、もう少し遅かったら使い物にならなくなるところだったぞ……俺がな。




