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俺は畑で無双する  作者: 昼熊
激震編

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十一話 ジェシカ坊ちゃんの場合

 今更ながら冷静に考えると、とんでもない状況よね。

 この町にぶらっと現れた動く畑――これだけでも意味不明なのに、現実はもっと奇妙奇天烈で私には考えも及ばない世界だった。

 その動く畑には守護者様が宿っており、人と同じように物を考え土の腕で畑を耕し、水を撒き、収穫も行うらしい……う、うーん。


 ステックから事前に情報は得ていたけれど、いつもの冗談八割増しの嘘だと思いこんでいたら、あれでも抑えめに伝えてくれていたのね。

 動物だけではなく、あの通訳の少女――おそらく雪童よね。そんな彼女も従えている、不思議な守護者様。

 正直、守護者様が力を貸してくれていなかったら、遅くてもこの数日中に防衛都市は陥落していでしょう。私たちの窮地に颯爽と現れた、白馬の王子様ではなく、無数の手が生えた畑様。


 好々爺と思わせてかなり頭の働くステックと、酸いも甘いも噛み分けてきた傭兵時代を過ごしたモウダー。この疑い深い二人が信用できると断言した存在。

 なら私の答えは決まっている。信じよう。それがどんな相手であれ、私は領主なのだ。私がしっかりしないと……少しでも多くの領民を生かす為に。


 守護者様は「家でゆっくり睡眠をとってください」と仰ってくださったけど、眠れるわけがない。本当に大丈夫なのだろうか。夜は闇の眷属である死人魔や骨人魔の独壇場。

 いくら守護者様とはいえ、あの猛攻をしのぎ切れるとは――


「ジョン、ジェシカ様」


 扉を叩く音に続いて、このわざとらしい言い間違えは、ステックね。

 ちょっと、考えに耽り過ぎていたわ。守護者様が我々に代わって敵を撃退している最中だというのに。


「次から呼び間違えるごとに、給料が激減していくわよ。入ってきなさい」


「いつもお美しいジェシカ様。畑様が伝えたいことがあると仰っています」


 モウダーと並んで恭しく頭を下げてくれてはいるけど……まったく、昔からそうやって私をからかうのだから。でも、それが優しさだということを私は知っている。

 父や母は女の格好を止めない私を見る度に、失望を抱いていたのだろう。いつも大きくため息を吐き、時には怒鳴りつけることも少なくなかった。

 そんな父をなだめすかしながら、ステックやモウダーは矛先を逸らす為に私をからかうように見せかけて庇ってくれた。


 人の目がある時は、私がちょっとおかしな趣味がある人だという対応をして、私の心が本当に女性だということを周りにさとられないように、そういう趣味の人物なのだと思いこませようと振舞ってきた。

 この世界で女性に本気で成りたいと思う、女性の心を持つ男というのは理解されない。人の性別というのは神が選んだもの。それに疑問を持ち疑うなどあってはならないことなのだ。下手したら異教徒として処罰されかねない。


 ならば、ただの女装好きの変わった人。特殊な性癖を持つ変態と思われた方がまだマシだ。と二人は判断した。昔からずっとそうやって対応してきたので今は……こんなやり取りが日常会話になってしまったのは誤算だけど。


「わかりました。直ぐに参りますと伝えてもらえますか」


「はい。お嬢様、あまり根を詰めないでください」


 モウダーにまで心配を掛けてしまっているのね。


「大丈夫よ。結構、頑丈で体力あるのよ」


「お腹が六つに割れてますからな」


「さすがはお坊嬢様です」


 本当に給料削ってやろうかしら。





「お待たせしてしまって申し訳ございません」


 北門に辿り着くと、門の前で守護者様の僕である動物たちとキコユさんが待ち構えていた。


「いえいえ、気にしないでください。と仰っています」


 これはキコユさんが通訳してくださっているだけで、守護者様の言葉。

 不思議な光景だが、これも早いうちに慣れておかないといけないわね。


「如何なる御用なのでしょうか?」


「畑様が、腐った死体を操っていた親玉らしき敵を捕獲したと仰っています」


「へっ?」


 お、思わず驚きの声が漏れてしまったわ。私の聞き間違いでなければ、親玉を捕獲したと……ま、まさかね。たった数時間でそんなことあり得ないわ。

 もう何か月もギリギリ耐えるのが精一杯だった相手を、そんなこと、ありえない。ただの聞き間違えに決まっている。


「も、申し訳ございませんが、もう一度仰ってもらえますか」


「指揮官らしき人物を捕獲したそうです。殺さずに土に埋めていますので、今後どうしたらいいか、指示をお願いしたいそうです」


 う、嘘でしょ……。殺しても殺しても蘇る不死の軍団を畑が倒したなんて、誰が信じるというのよ。対応策が見当たらず、時間稼ぎと耐えることが精一杯だったというのに。


「ジェシカお嬢様。驚きはごもっともですが、守護者様がここで嘘を吐く理由がありません。信じられないことですが」


 そうよね。ステックの言う通りよ。敵は門を守るのが畑だとは知らなかった。そこを見事についたのかもしれない。うんうん、畑が動いて戦うことが既に、常識から逸脱しているのだ。何が起こっても不思議ではない。何でも良い方向に考えないと。

 こちらとしては助かったのだから、疑うよりもまずやるべきことがあるわ。


「本当でございますか! ありがとうございます。町の住民を代表して感謝を」


 私が片膝を突いて恭しく頭を下げると、ステックとモウダーも後に続いてくれた。ありがとう、二人とも。


「皆さん頭を上げてください。畑は人がいてこその畑です。お役に立てたのなら嬉しいです……それに、感謝の言葉よりも、ジェシカさんの笑った顔が何よりの褒美ですよ」


 今のさりげなく優しい言葉に、心臓の鼓動が一度大きく跳ねたのがわかった。

 私を始めてみた男の殆どは『魅了』の力により、一目で私に心を奪われることが多い。だが、私が男だとわかった途端に手の平を返し、まるで害虫でも見るかのような冷めた目で睨んでくる。

 守護者様は、私が男だとわかっているのに、忌避するわけでもなく馬鹿にするわけでもなく、自然体で受け止めてくれた。

 それが何よりも嬉しい。


「守護者様……本当にありがとうございます」


 守護者様は畑なのよね。ということは……性別は関係ない筈。男女の問題なんて、人間と畑という関係に比べたら些細なことよ。


「どうしましたか、ジェシカお嬢様。顔が赤いようですが」


「あ、うん、何でもないのよ。ごほんっ。敵の処分についてですが、直接、話しをさせてもらっても構いませんか?」


「ジェシカお嬢様!?」


「危険すぎます!」


 あら、二人が取り乱すなんて珍しい。

 こんな私の身を案じてくれているのね。


「危険は重々承知よ。私は立場としては領主ですが、住民の大半が認めてはいない筈です。あんな変態の言うことなんて聞けるかとね。実際、父が亡くなり、私が跡を継ぐと決めた途端、大量の住民がこの町から離れていきました」


 その言葉に二人が顔を伏せる。

 住民の気持ちは理解できるわ。こんな頼りなく女のような男に自分の命を預ける物好きがどれだけいるか。残ってくれた兵士や住民の大半は、亡き父を慕った者で残りは行くあてもない者だ。

 ここで私が領主として何らかの成果と、威厳を人々に見せつけなければならない。

 無茶なことでもやらなければならないのだ。それに――


「何があったとしても、守護者様が守ってくださいますよね」


 そう言って視線を通訳のキコユさんではなく畑の地面に向けると、にょきっと生えた土の腕が、任せてくれと言わんばかりに、人差し指と親指で丸の形を作ってくれた。

 頼りにしています、守護者様。


「上空から黒八咫さんが見張っている感じでは、後方から援軍はやってきていないそうです。動く死体と骨の軍団は殆どが畑の肥やしになりました。指揮官が捕まり指示を出せなくなったことにより、棒立ちのただの案山子と化しているそうです。今なら、北門前に行くことも可能ですが、万が一を考慮して、お望みであれば捕縛した相手を全員、こちら側に移せると、仰っています」


 えっ!? 司令塔を捕まえただけでなく、あの軍団の大半を倒したというの……。

 守護者様がこの町に訪れてから驚きっぱなしで、これ以上驚くことは無いと思っていたけど。私が甘かったのね。

 今更になって自覚しているのだけれど、私はとんでもない畑を味方につけたのではないだろうか。帝国の軍隊よりも、伝説の勇者や凄腕の傭兵よりも、もっと凄い、比べることすら失礼な方を。


「え、ええと、ご迷惑でなければ、よろしくお願いいたします」


 万が一の事態になったとしても守護者様や、ステック、モウダー、それに兵も揃っていますので何とかなるでしょう。

 宣戦布告もなく突如襲い掛かってきた敵。こちらとしては、聞き出したい情報が山ほどある。それに内側でやることにより、兵へのアピールとしても抜群の効果が得られるだろう。


「わかりました。では、少し場所を開けてください。そこに纏めて持ってきます」


 門の前から離れ、守備隊の大半を呼ぶように指示を出して、私はその時を待った。

 死人魔と骨人魔を操る、おそらく将軍格の魔物。防衛戦では一度も見かけていなかったので、これが初対面となるわ。

 どんな相手なのか……だ、駄目。手が震えてしまっている。

 落ち着いて、落ち着くのよジェシカ。領主として威厳のある態度を崩しては駄目。相手を見据えて、毅然としないと!

 胸の前で手を組み合わせて、目を閉じて深呼吸をして……それから、それから。お願い、お願いだから震えよ止まって!


 あっ、温かく大きな何かが震える私の手を……包み込んだ?

 それが何かわからない私がそっと目を開けると、土色の大きな手が私の手を握りしめていた。


「守護者様……」


 言葉を話してくれたわけでもないのに、私には守護者様が「頑張って、大丈夫だよ」と言っているように感じる。土の手から足が接している地面から、私を励ます優しい温もりが伝わってきた。


「ありがとうございます、もう大丈夫です」


 そっと離された土の手の温もりに縋るように手が伸びかけたが、そこでぐっと堪えた。

 守護者様が見守ってくれる。何を怖がることがあるだろうか。

 私は私にできることをやるだけ。そう、それだけだ。


「では、相手の指揮官をこちらへ移動させます」


 何者が現れようと、私は大丈夫。防衛都市の領主として相応しい対応をこなしてみせるわ。

 領民とステック、モウダー、そして守護者様の為に!


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[気になる点] 人外の畑にもジェシカの「魅了」が効くのであれば、動物や魔物の同性にも魅了が効くのだろうか??
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