十話
地面に同化しているせいか、振動が全身に激しく伝わってくる。
これはあの巨大なゾンビの足音だよな。今、視界を黒八咫に移して観察しているが、しびれを切らした親玉らしき女性。名前は確かクョエコテクだったか。巨人の肩に乗って行進中だ。あと、イケメンも。
今度はわざとゾンビたちを吸収しているシーンを見せて、どう対応してくるか観察してみよう。今は頭の悪い魔物相手だから、何の脅威も感じず上手くやれているが、土を利用して撃退しているのがバレるのは時間の問題だろう。
ならば、余裕のあるうちに出方を見ておくのが得策だと思う。
それに、ただ埋めていくだけなら、土に命が宿っているなんて思わない……ような。遠距離から土を魔法か何かを操作している誰かがいると思ってくれれば、思う壺だ。
そういや、この世界にはファンタジー定番の魔法が存在しているそうで、細かいことは知らないが、ゲームとかで見たことのある感じらしい。才能が無いと覚えられないので、滅多にいないそうだが。
この異世界で魔法よりも強力なのが加護の力だ。土属性の魔法よりも『土操作』の方が格上で、火、水、土、風、光、闇といった属性の魔法があるが、その属性の全てに格上の加護が存在するとのことだ。
なので、魔法使いよりも各属性の加護を持つ者の方が上に扱われる。
俺のこの能力も『土操作』なので誰かが土を操って、邪魔をしていると推測されるのは間違いないだろう。その正体が畑とは夢にも思わないだろうが。
とまあ、考え込んでいる内に相手がかなり迫ってきたな。どういう対応をしてくるか、お手並み拝見といきますか。
死体軍団を押し分けて現れたのは、近くで見ると中々グロテスクな姿をしているツギハギ巨大ゾンビ。今は視界が地面からなので、見上げる形になるが結構大きいな。
土の腕を二本合わせて巨大化させたより、少し上か。
黒髪の女性は前髪で顔が覆われているが、髪の毛の隙間から赤い目が覗いている。やっぱり、ホラー映画で良く見かけるタイプの女幽霊だ。
ゾンビやスケルトン、更にこの女性もそうなのだが、普通であれば恐怖を感じるべき容貌をしている。だというのに、怖いなと思いはするが恐怖で身が――畑の土がすくむということはない。
「土属性の魔法……いや、ここまで大規模であれば加護の力であろうか」
見た目に反して艶のある色っぽい声をしている。
イケメン軍団はツギハギ巨大ゾンビの前にずらっと並んでいる。直立不動でまるでマネキンの様にピクリとも動かない。
「このまま、死人魔や骨人魔を無駄に消費するわけにもいかぬのう。お主ら、淵のギリギリまで下がるがよい」
古風な口調で声は落ち着いている。
ギリギリまで下がることにより、俺の能力が影響する範囲を調べるつもりか。なら、力の届く範囲を半分程度だと誤解させるか。
あえて扉付近の魔物だけを吸い込んでいたので、離れていく群れを門から20メートル辺りまでは畑に埋め込んでおく。
「届く距離はその程度かのう。我を騙そうとしておらぬなら」
あー、バレバレですか。ゾンビーズは脳みそが溶けているので無能だったが、トップはそうでもないのか。
周囲を見回しているのは、土を操っている相手を探しているのだろうが……残念、畑でした!
ここまで警戒されている状態で次の一手を行使する前に、相手がどうでるかだよな。
「さて、このままにらみ合いを続けても詮無きこと。壱、弐、参よ、ちと、見てくるが良い」
一二三って、あのイケメン軍団の名前か。安易すぎるネーミングだな。名前にセンスがない。俺みたいに、ウサッターやウッサリーナといった心に直接訴えてくる、思わず身悶えするような名前を付けて欲しいものだ。
可哀想な名前の三人が胸を張り、堂々とした態度で踏み出した。
どうするかねー。このままだと、俺の範囲に入るが地面の泥化で攻めるか、土の腕を出すか……まずは泥でいくか。
畑に踏み込み歩を進めている。しかし、視線は前を見つめているだけで、瞳が微動だにしていないな。罠を警戒していないのか……それとも、何があったとしてもどうにかできる自信があるのか……。
まあ、無駄な憶測はやめておくか。どれだけ考えたところで、結果は直ぐに出るのだから。
そろそろ、呑み込んでもいい頃合かな。一気に埋めたいから、結構心にくる悲しい思い出を引っ張り出すか。
あれは異性を過剰に意識し始めた小学三年生の冬。
今までは親や近所のおばさんと幼馴染からチョコが貰えるラッキーな日、程度の認識だったバレンタインが、男にとって重要な日だと気づいてしまったあの日。
学校では全く気にしてない素振りをしながら、下駄箱や机の中をさりげなくチェックしていたのだが、案の定チョコが入っていることはなかった。
まあ、現実なんてこんなものか。何て妙に悟ったような口調で現実の非情さを噛みしめ帰路に着く寸前、俺は女子に呼び止められたんだ。
「あ、あ、あの、畑君。ちょっと、お話があるんだけど、今大丈夫かな?」
期待を込めて全速力で振り返った先にいたのは、俯き気味で頬を赤く染めたクラスメイトの女子だった。ずっと、二年生の頃から大好きな可愛い子だったので、俺は内心で思わずガッツポーズをしていた。
だが、そんなことはおくびにも出さず、冷静さを心掛け彼女に応えた。
「別に大丈夫だけど。何か用?」
「あ、あのねっ、実は……これ渡して欲しいの。〇〇君に!」
彼女が差し出したのは、俺が一番仲のいい友人に宛てたメッセージ付きの手作りチョコだった。
「直接渡すの恥ずかしかったから……お願いしていいかな。あっ、お礼にこれ義理チョコだけど……」
その日、もらった義理チョコは何故か少し辛かった……。
どうだ、この甘酸っぱいどころか、切な過ぎて激辛風味の思い出は!
「足元が泥にっ!? 足が取られるっ!」
澄ましたそのイケメンフェイスを歪ませてやったぜ。
足下が変化したと思った時には既に足首まで土に埋まっている、俺の底なし畑地獄。このまま、その綺麗な顔を泥まみれにしてくれようぞ!
バレンタインデーの思い出の相乗効果により、俺はイケメンに対して非情な畑と化した!
「この程度……抜けないっ!」
イケメンショタ風が必死にもがいているが、その程度で逃げられるなら害獣たちは苦労しない。獣が死に物狂いになった時の力は人のそれを遥かに凌駕する。
どれだけ身体能力が高かろうが、踏ん張れなければ跳び上がって逃げることは出来ない。
さあ、このまま底まで沈み我が肥やしとなるがよい!
勝ったな、この戦いが終わったら皆で野菜祭りだ!
「ふっ、この程度」
おおおおっ、背中が盛り上がって蝙蝠みたいな翼が!
やっぱり、ただの人間じゃないのか。そのまま羽ばたいて逃げ出すつもりか――させるわけがないだろ。
土の腕を一体につき三本、その脚や胴を握り締め、地中へと引きずり込んでくれる。
畑と一緒になろうううぅぅぅぅ。
イケメンなんて滅びればいいのにいいぃぃぃぃぃ。
「何と! 泥状化と物体化を同時に行うとは! 敵は一人ではないということかえ? それにこの腕の数、相当な実力者のようじゃ」
独特な口調の親玉が驚いているが、泥にするのと腕を同時に操るのっておかしなことなのか?
実は俺ってチートな実力を持つ転生者……畑だったのか!
走ったり動いたりするから、ちょっと変わった畑なのかとは思っていたが、まあいいか。取り敢えず、驚いている隙に一二三を口まで畑に埋めて、門の前に埋めておいた上位ゾンビの近くまで運んでおこう。あっ、上位ゾンビの姿が見えないように被せていた土も外しておかないとな。
「何と、そんなところに副官がおったとは。あ奴らもいとも容易く捕えられてしまうとはのう。やれやれ、骨が折れそうじゃ」
その割にはあまり深刻そうに見えないのだが。あの、上位ゾンビは副官だったのか。出来るゾンビだとは思っていたが、なるほどね。
しっかし、冷静なことで。もう少し焦るなり取り乱すなりしてくれた方が、扱いやすいのだけどな。
「伍よ、居場所は掴めたか?」
呼ばれてすっと横に進み出たのが五か。白銀の髪に金色の目で更にイケメンだと……憎い、存在そのものが憎いっ!
あっ、捕えた奴らが顔面真っ赤にして暴れている。ごめん、怒りの余り土の制御を忘れていた。結構な温度まで上がっていたようだ。
どうにも、あの思い出が鮮明に蘇ったせいか、イケメンに過剰な嫌悪感を抱いてしまうな。冷静に冷静にいこう。
「すみません、私の魔眼でも術者の場所を把握できませんでした。察知させない加護を所有しているか、かなりの凄腕かもしれません。もしくは地中に隠れている可能性も」
「ふむ。土の中に潜んでいるやもしれぬのか。陸よ、土操作の加護を持つお主なら、地中の曲者を引きずり出せるかのう」
「クョエコテク様、お呼びでしょうか。あまり、自信はありませんが、何とかしてみましょう」
今度は40代ぐらいのナイスミドルが現れたぞ。何か執事っぽい。ステックさんよりまともそうな執事だ。
この女リーダーは手広いな。ショタから年上までいける口か。
「おかしいですな。この土、私の支配を一切受け付けませんぞ。別の何者かが支配しているというよりは、何と言うか……土ではない何か別のモノ、といった感じですな」
っと、鋭い。そういや、同じ種類の加護って結構存在しているって話だった。同じ加護を持つ者が現れても何ら不思議ではないのか。
となると、このナイスミドルが一番厄介な存在となるな。
「別のモノ? 土のように見えはするが、土ではないということかのう」
「というよりは、土に精霊が宿っている可能性が高いかと。精霊が相手の場合は、精霊使いの加護を持つ者でなければ支配できませぬからな」
そうなんだ。俺は精霊じゃないってオータミ婆さんが言っていたから関係ないが、魔法と加護関連は中々ややこしいな。
「敵は精霊使いの加護持ちときたか。かなり、希少な加護持ちのようじゃのう。ならば、拾。お主は精霊を操れたはずじゃな」
「はっ、その通りでございます」
今度は十か。一見女性にも見える中性的な感じの人だな。まあ、ジェシカ坊ちゃんと比べたら男らしいと言えるが。
「お主はどう思う?」
「何らかの存在は感じますが、精霊とは少し異なるようです。私の能力にも反応がありませんので」
そんなねっとり考察されると、何か徐々に丸裸にされていくような背徳的な感じがするな。そんなに注目されると照れるじゃないか。
「正体不明の能力。これは一度引いた方がよいかのう。あのベチ野郎のしたり顔を見ねばならぬのは耐えがたいが、相性が悪すぎるようじゃ」
お、あっさり引く決断を出せるとは優秀だな。でも、ちょっと遅かった。
相手がのんびりと考察しているのを、呑気に何もせずに眺めていたわけじゃない。
大量のゾンビとスケルトンを取り込んだ俺は『土質変化』が更なる高みへと進化した。腕の数は増えなかったが、その代わり畑の土をある程度変化移動させることが可能となった。門に土を塗りつけていたのもその力のおかげなのだが。
畑の体積を増やすことは不可能だが、厚さ10メートルを5メートルに変化させて、表面積を倍に増やすことはできる。
つまり、門の前から充分に距離を取っているつもりの、奴らの足元まで土を伸ばすことは可能だということだ!
「このような場所まで、土操作の範囲に入っているというのかっ!」
北門前の広場全域が泥沼と化し、範囲外に逃れさせていたゾンビ軍団も一気に吸い込む。
土操作勝負で負けるわけにはいかない。何せ俺は畑だからな!
「まさか、ここまでやりおるとはっ! お主らも早く逃げい!」
ツギハギ巨大ゾンビの肩にいたキョエテコク? だったか。そのリーダーも背中から羽が生えて、上空へと離脱しているな。
谷の上は風が吹いているがかなり上空まで飛べば、その影響はない。うーん、これは親玉だけ逃げられたか――何てな。
「この屈辱忘れはせんぞ! 力を蓄え、顔も見せぬ貴様を、いつか必ず葬……なっ!?」
蝙蝠のような漆黒の翼を黒い弾丸と化した――黒八咫が貫く。
まさかの伏兵に体勢を崩したクョテクタが地面へと墜落してきたので、土の手でがっちりと掴み取っておいた。




