七話
「失礼しました。ステックとモウダーは能力だけは優秀なのですが、性格に難がありまして。ご迷惑をおかけしませんでしたか?」
「はっはっは。性的にはまともですからな。どこぞの領主よりかは普通ではないかと、自覚しております」
「私だって、度し難い変態ではありませんわ。あの、そろそろボタンちゃんに飛び付いて、モフモフして宜しいでしょうか」
全員笑顔なのだが発言が刺々しい。
何だかんだ言って似た物同士なのか、この人たち。
しかし、どう見ても領主のジェシカさんは可憐な美少女にしか見えない。男だと知ってから改めて観察しても、この場にいる女性と比べて断トツの美しさだ。
よくよく考えたら、俺は畑で土だ。性別を超越した存在。ということは、相手の性別なんてものは些細なことじゃないのか?
そ、そうだ。性格が理想的であれば性別なんて……そう、人は大切なのは中身! 畑も大切なのは土! そりゃ、見た目が良いに越したことは無いが、性別の壁なんて、人間と畑の間に立ち塞がる断崖絶壁に比べたら、気にならない程度だろう。
「二人とも従者として、主を敬うことを覚えては如何ですか? 特にあなたは執事として、館を取り仕切る立場でしょう。それとも、そんなこともわからないぐらい歳で耄碌してしまったのかしら」
「人生経験が豊富になりますと、色々な人と出会う機会がございます。その中でもお坊ちゃまの変態っぷりは際立っていますぞ。心が女性だけならまだしも、最近では守護者様から、お譲りいただいた食材のおかげで、アレが元気になり過ぎて、男女問わず手にかけようとしておられるではありませんか」
「そう、私は守護者様のおかげで新たな世界の扉を開いたのです! 私は男でもあり女性でもある存在。ならば、それを生かし人生を謳歌しなくては! 受け専門ですけど!」
前言撤回。この人、中身もアウトな人だ。
ああ、俺は何て余計な事をしてしまったのだ!
性欲を増強させる食材を渡してしまったせいで、状況が悪化してしまっている。ううううっ、怖いよー、人間怖いよー。
「おまけに、お坊ちゃまは厄介なことに『魅了』の加護をお持ちですからな。それも、同性限定で効果があるという。私の様に経験豊かな者であれば、その効果に抗えますが、童貞の若い男なんて一目で陥落する者が続出する始末……神は何を考えてこのような加護を……はぁ」
ステック執事さん、今、何と?
『魅了』の加護持ちで、効果が同性限定?
妙なぐらいに惹きつけられたのも加護の力だというのなら……ど、ど、童貞じゃないよ! 俺は経験豊かな紳士だし、女性のあしらい方も慣れたものさっ。
そうあれは、中学一年の夏。
初めて同年代の女の子と二人っきりで海に行く約束を取りつけて、念の為に避妊具の準備をしていたのを母に見つかり――
いや、違う! そんな黒歴史を思いだす場面じゃない!
「畑様には黒八咫さんたちや私がついています」
そうだ、そうだよなキコユ。その笑顔が俺の活力だよ。見た目に騙されて、心が揺らいだ俺が馬鹿だった。これからは仲間と農作物一筋に生きよう!
「それがいいです!」
ものすごく嬉しそうなキコユの表情が気にならないと言えば嘘になるが、今はこれ以上余計な事は考えないでおこう。
「さて、雑談はここまでに致しましょうか。守護者様、北門の手前は広場になっていますので、そのお体でも充分な土地を確保できます。そこで宜しければ、いつまでも滞在していただいて構いません」
門の手前となると、防衛戦の要となる場所か。俺としては都合がいい。
だけど、問題はそこまでの移動だよな。
100メートルの巨体で、街中を突っ切れば大問題になるだろう。
町の外壁に沿って北門に回り込めればいいのだが、境界線となっている谷の直ぐ側まで外壁で覆われているので、北側へは行くことができない。
「移動方法ですか。この南門から北門までは一本の大通りで繋がっています。そのおかげで物資の運搬や人員の入れ替えも手早く行えるのですが……流石に、守護者様のそのお体が通るには幅が足りませんわ。およそ、守護者様の半分より少し長いぐらいの道幅でしょうか」
「ジョンお坊ちゃまの仰る通りです」
「ステック。ジェ、シ、カ、お嬢様。間違えては嫌ですわ。もうボケがかなり進行してしまっているのね」
ステック執事の突っ込みに訂正を入れるジェシカ? さんの目つきが一瞬だが、鋭くなったよな。なるほど、本名はジョンなのか。
ええと、道幅は俺の半分より少し大きい。ってことは、60~70メートルぐらいか。
じゃあ、周辺の建物について尋ねておかないとな。
「畑様が、大通りに面する建造物は、どの程度の高さなのかを訊ねています。あと大通りは地面がむき出しかどうかも」
「ふむ、そうですな。基本的に大通りの両脇に並ぶのは店舗ばかりで、軒高は3から4メートル程ですかな。地面は石畳が敷かれておりますぞ」
石畳か。土が露出している地面なら土操作で陥没させながら地道に進むという手も、いや、どっちにしろ幅が足りないか。
ということは、屋根までの高さも考慮すると5メートルぐらいと考えればいいか。
現在、土の腕を最大まで巨大化させて長さ3メートルが限度。だがそれは、最大本数まで腕を分裂させた時の話。
2本の腕を融合させて、一本の腕を作り出せば。5メートル以上の長さを確保できる。その代わり総合計20本まで出せた腕が10本、片側5本ずつが限界になる。
ちょっと強引だがやれないことはないか。
「畑様が、大通りを進もうと思っていますので、人払いをお願いしてもらっていいですか。道に人がいると踏んでしまう恐れがありますので。と仰っています」
あ、キコユの通訳が元に戻った。どうやら、機嫌が直り意訳もやめたようだ。
「あの、ですが、そのお体では周辺の店舗を破壊することに。それに、この門を通ることもままならないと思うのですが」
ジョン、じゃない、ジェシカお坊ちゃんの指摘もごもっともだ。
門の大きさは横30、盾20メートルぐらいの両開きの扉。この体積ではどう足掻いても、門を通り抜けることができない。
だけど、
「ええと、門を抜けた先はどうなっていますか?」
「広場になっていますな。大きさは守護者様がすっぽり入るぐらいの余裕はありますぞ」
ステック執事の説明を聞いて、俺は大きく土の腕を曲げる。一応頷いているつもりだ。
なら、大丈夫だな。
「門の向こうに人がいるなら、一時的に避難させてもらえますか。畑様が今からそちらに行くそうなので。あと、畑様について町の人々へ説明願います。この巨体で町中を歩いたら、魔物扱いされて驚かせてしまうから。と心配しています」
「それはわかりましたが。本当に大丈夫なのでしょうか。お力添えは感謝しますが、ご無理はしないでくださいね。ここで農作物を供給していただくだけでも、我々は大助かりですので」
瞳を潤ませて、俺を心配して覗き込まれたら、惚れてしまうじゃ……はっ、違う、違うぞ!
冷静になれ俺! この感情は『加護』の効果で相手は男だっ!
ほら、あのつぶらな瞳も、赤みがかった少し肉厚で魅力的な唇も、思わず触りたくなる艶やかな髪も――って、また魅了させられかけていた!
ジェシカ坊ちゃん、何て凶悪な男だ。出来るだけ距離を置くことにしよう。
「移動方法には考えがあるそうです。門も閉じたままで大丈夫だと言っています」
「わかりました。信用いたします。では、人払いと説明を……ステック、モウダー、お願いできるかしら」
「……守護者殿。また、ヌワヌケ等をいただけませんでしょうか。若き頃を彷彿とさせる、あの滾りを再び……ジェシカお嬢様、申し訳ございませんが、今、畑様との商談中ですので」
あ、主の頼みごとをきっぱり断ったよ、この執事。
商談じゃないよな。小声で性欲増強となる野菜を要求されているだけなのだが。
「すみません、お坊嬢様。今、手が離せませんので」
モウダーさんは、確かに手が離せない状態だ。右手はボタンの背を撫で、左手はウサッター一家の頭を順番に撫でているからな。
「うふふふふ。今月の給料半額にするわよ」
「はっ、このステック粉骨砕身の心意気でご命令を果たします」
「同じく、頑張ります」
背筋を伸ばして主であるジェシカお坊ちゃんに礼をすると、二人は足早に立ち去っていった。現金だなー。
「まったく、あの二人は。守護者様、暫しお待ちください。その間に、この町の情勢を聞いていただけますか?」
くっ、その声を聞くだけで魂が持っていかれそうになる!
だが、俺は会話に耐えてみせる。男として畑として、妙な誘惑に屈することのない強靭な精神の持ち主だということを、証明してやるぜ。
へえー、そうなんですか。ご苦労なさったのですね。泣かないで、貴方に涙は似合いませんよ。だから、その天使のような微笑みを俺に見せて――
「畑様、畑様、はーたーけーさーまああああっ!」
うおっ! キコユが張り上げる大声で、意識が呼び戻された!
今完全に墜ちかけてなかったか……やばい。本当にヤバいな、ジェシカ坊ちゃんの『魅了』は。畑で助かったよ。人間で転移していたら、今頃……想像するのも恐ろしい事態になっていた。
「畑様、ステック執事さんから、門の前と大通りの人払い、人々への説明がある程度、終わったとの報告がありましたが」
キコユさん、顔怖いです。幼女の顔でそんな表情されると余計に凄味が増すのですが。
よっし、じゃあ、移動を開始しよう。取り敢えず門の前から兵士とジェシカ坊ちゃんたちも離れてもらおう。キコユとみんなは地下室に入ってもらおうか。キコユがいてくれないと、呪いが復活して動けなくなるからね。
門の扉は一応開けてもらうか。大丈夫だとは思うけど。
前方良し! 進路方向に人影はなし!
さて、やってみますか『土操作』を。
進路方向の地面の土を操り俺が通れる幅のトンネルを制作していく。畑の野菜とお婆さんの家があるので、畑の表面を周辺の地面より下にいくように、かなり深く地面を陥没させた。
空がかなり遠く感じるな。門や壁の基礎よりも更に深く潜り込まないとな。
そして、そのまま地面を掘り進んで大通りを進んでいく。
現在、防衛都市の真下を巨大な畑が通っているという、常軌を逸した状況だ。大通りの人払いは必要なかったかもしれないが、万が一、地盤沈下の恐れもあるので。
通った跡の地面は『土操作』で元に戻しておくことも忘れない。
かなり進み、自分のいる位置を確認する為に、上空を飛んでいる黒八咫の脚に付けた土の輪に視界を移す。
町を見下ろしたところで、地下にいる俺の姿は目視できないのだが、見えなくても自分の身体が何処にあるかは伝わってくる。土の輪も畑も同じ俺だからなのだろう。
もう少しで北門の広場だな。このまま、少し右に進路を取りながら進めば問題ないか。
畑の下に腕を生やして、大通りを強引に歩行する手段も考えたのだが、幾ら説明されたところで、その光景が与えるインパクトはかなりのものになる。
頭で理解していても恐怖を覚え、魔物扱いされる可能性は非常に高いだろう。だから、こうやって地下を進む方法を選んだわけだが。
っと、考えている内に北門前の広場に到着したか。
広場に人影はゼロ。広場には石畳はなく土が露出している。
じゃあ、ここに浮上させてもらおう。頭上の土を操作して移動させると、青い空が視界一杯に広がった。
あとは、畑移動の時と同じく、土の腕を出して地面の側面を手で掴み、強引に畑を押し上げていくだけだ。ただ、地面と同じ高さに畑の表面を揃えるのを忘れてはいけない。
勢い余って飛び出すと、門の裏側に巨大な土の塊が発生してしまうからな。それが邪魔になって、誰も門を行き来できなくなってしまう。
ふぬううううんっ!
どっこいせー!
渾身の力を込めて畑を地上へ持ち上げると、遠巻きに眺めていたジェシカ坊ちゃんたちが駆け寄ってきた。
「凄いですわ。地下を移動する何て、思いつきもしませんでした!」
感動と興奮に目を輝かせている姿も素敵で――そんなに驚くことじゃないですよ、ジェシカ坊ちゃん。無だ、彼女と話すときは心を落ち着かせよう。
問題はここからだ。北門付近に居座ることに成功したが、ようやく準備が整ったに過ぎない。
谷風の影響を受けない上空で、警戒している黒八咫に装着した土の輪から眺める眼下の映像には、遠くの大地から行進してくる魔物の群れが映っていた。




