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俺は畑で無双する  作者: 昼熊
激震編

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33/58

四話

 朝日が昇る前に出立した、ボタンと黒八咫の背が点になるまで見送った。こっちも準備はしておこう。

 二匹が向こうに着いて手紙を渡してくれれば、ゴウライさんから町の住民に話を通してくれるだろう。それには時間が必要だから、あまり速度を上げずにゆっくりと向かわないといけないな。

 今の内に食べごろの野菜を収穫しておいて、町で販売する用意をしておくか。


 季節は初春。旬の野菜と言えば、緑の葉が集まりボール状になっているキャベツに似た、クュボテ。緑の直立したアスパラガスを少し太くしたような、イセピリギセ。この二つは用途が多く料理で良く使われる食材らしいので、売れ筋商品として期待できる。

 栄養を送り込む能力のおかげなのか、別に旬が過ぎていても元気に育っている野菜たちもいるのだが、やはり旬の野菜のおいしさには負けてしまう。


 ガツンとインパクトのある旨味が凝縮された、旬の野菜で勝負だ。

 果物も収穫しておこう。ここは苺にそっくりなウツギで様子見といくか。

 以前、旬は過ぎていたが新人ハンターのナユッキに食べさせたら、


「あんまああああいぃぃ」


 と絶叫を上げ、白目を剥いて倒れていたから味には自信がある。

 砂糖は高価だと聞いているので、甘みの強い苺はうけるだろう。うちの苺は本当に甘いらしく、王女のハヤチですら驚愕して全身を小刻みに震わせていたぐらいだ。


 大量に育てているのもこの三種なので、まずは手始めにこの野菜たちを売り出すことにしよう。売り上げが良ければ、他の野菜たちも需要に合わせて提供していけばいいか。

 この畑で育てている野菜たちはどれもこれも、普通の品種とは比べ物にならない進化を遂げ、一度収穫してから三日も経てば、再び収穫できるぐらいの実が育つ野菜まで存在する。


「畑様、今日はクュボテとイセピリギセとウツギでいいのでしょうか」


 うん、それでいいよ。そんなに慌てて収穫しなくていいからね。ウサッター一家もお手伝いよろしく。俺は少しずつ、揺らさないように歩くから。

 揺らさないと言えば、移動方法については俺としても思うところがある。時間差で腕を動かす方法により揺れは軽減されたが、もう一つ大きな問題があった。

 俺は土の腕に視界を移し、自分が進んできた道を振り返る。


 草原に穿たれた無数の穴、穴、穴。一体誰がこの美しい大自然を汚して、環境を破壊したというのだ!

 はい、私です!


 巨大な土の塊を支える巨大な腕。20本で分担しているとはいえ、その腕にかかる荷重は尋常ではない。

 一歩踏み出すごとに、腕が地面にめり込んでいき、強引に腕を抜き取ることにより地面の穴が大きく歪に変化して、更に悪化する。その結果、通った道に幾つもの深く抉られた穴が存在することになってしまった。

 畑である俺が環境破壊をしてしまうとはっ!


 この事を教訓を胸に猛烈に反省した俺は、新たな移動方法を考案した。

 基本的には今までの動きと同じなのだが、設置した足――腕が大地に深く埋没して、それを抜く瞬間、『土操作』を発動させて、地面を元の平らに均す。

 それを20本の腕の数だけやらなければいけないが、土の操作はお手のものだ。多くの腕を同時に召喚することが可能になってから、畑の土も結構思い通りに操れるようになってきている。

 その成果を見せるチャンスだ。


 周囲に人がいないことを確認しながらのんびり行きますか。畑になってからは視力も異様にいいから、かなり遠くの人や物を確認することも可能だ。人々を驚かして化け物扱いされたら後々厄介なことになりそうだから、警戒しないと。

 それから、出来るだけ畑を揺らさないように心掛け、地面から腕を引き抜く際にも、細心の注意を払い、足跡ならぬ手跡が残らないように注意した。





 のろのろと歩き出して二時間が過ぎた頃、進路方向から砂塵を巻き上げ迫りくる物体が見えた。

 あの猪突猛進な走りは見慣れたボタンのものだ。だが、行きには装着していなかった、荷台を引いているな。誰か乗せてきたのか?

 手紙を無事に渡すことができたのなら、ゴウライを連れてきたと考えられるが、あれは……違うな。見たこともない女性だ。風圧に顔を歪めながら必死になって、荷台の縁を握りしめているのは、十代後半から二十代手前らしき女性。


 赤色の髪を後ろで縛っているのか。時折、後ろから飛び出してくる馬の尻尾のような髪が見える。本当に誰だ?

 結構可愛らしい顔つきっぽいのに、涙目と風圧で酷いことになっている。

 っと、到着したか。歩き続けていた腕を止め、その場に畑を下ろすと、畑の側面に腕を生やしてボタンと荒い呼吸を繰り返している女性を荷台ごと持ち上げて、畑の上へと運んでいく。


「はあはあはあっ、へうっ!? な、何! 地面がどんどん遠ざかって、えっ、これって土の腕!? 噂の畑の守護者様なの……」


 俺の存在を知っているのか。まあ、怪しい人物ならボタンが運ぶことは無いよな。

 畑の端の方だと高さを感じて怖いだろうと、腕で抱えたまま畑の中心部近くまで運送して、そっと地面に置いた。

 風で髪が乱れているが、魅力的な容姿をしている。見ているだけで活動的な感じが伝わってくる。赤髪は現代日本ではなかなか痛々しい感じの髪なのだが、彼女には良く似合っていた。

 目が大きく、くりくりと良く動く。何もかもが珍しくて、恐怖よりも好奇心が疼いているのだろうか。


「大丈夫ですか。宜しかったら、これを飲んでください」


 キコユが冷えた果実の搾り汁を、赤髪の女性に手渡している。その大きさに一瞬、驚いて体を揺らしたが、直ぐに笑みを浮かべて受け取った。


「あ、ありがとう。いただきます!」


 んー、あれは肝っ玉が据わっているのもあるが、事前に知っていたのか。畑になってからは言葉が交わせない代わりに、洞察力が上がった気がする。

 相手の表情や動作である程度、考えが読めている……と自分で思っているだけだが。


「ふああぁぁ。美味しいぃぃ。やっぱり、守護者様の畑で採れた物は格別ですね!」


 やっぱり、知っているのか。となると、考えられるのは――


「初めまして、私は鍛冶屋ゴウライの娘、ナセツです。あの時はお世話になりました! ここのお野菜のおかげで、この通りばっちり元気になりました!」


 そういって腕を捲し上げ、力瘤を見せる女性を見て、ようやく合点がいった。

 野菜不足で悩んでいたゴウライさんの娘さんか。食物繊維が効いて、お通じも良くなったのだろう。体調も万全なようだ。うちの野菜で元気になったのなら、これ程嬉しいことは無い。


「お手紙は読ませてもらいました。本来は父が来るべきなのですが、今はどうしても席を外すことができずに、代理として私が参りました」


 すっと表情を引き締めた彼女の顔に薄らと浮かぶのは……焦り?

 ゴウライさんは代理で手が離せない。そんな状況で、代理に娘を寄越した。悪い予感しかしないぞ。

 キコユ、何があったのか聞いてもらっていいかな。


「はい、畑様。ナセツさん、私は雪童のキコユと言います。私は畑様の言葉を聞き伝える役目を担っています。よろしくお願いしますね。畑様が、ゴウライさんに何があったのか心配されています」


「あ、はい。私たちの住む町、防衛都市は今……魔物の襲撃を受けています。父も町の人々もその対応に追われ、寝る間もないぐらいに切羽詰った状況なのです」


 襲撃ときたか。だから、冬前に来なかったのか。

 魔物の襲撃というと、北の大陸に住む魔物の国からだよな。憶測で物を考えるのは危険すぎる。詳しく聞かせてもらおう。


「畑様が詳しい情報を求めています」


「はい。秋の半ばぐらいからだったと思います。毎年、魔物の群れがちょくちょく北門に現れることはあったのですが、今回は規模が違いました。単発の群れではなく、統率のとれた魔物の軍隊が強襲してきたのです。ギリギリでしたが第一陣は何とか防ぎ、門の守りに集中して何とか凌いではいますが……そろそろ、門が破られてもおかしくない事態となっています」


 そこまで追い込まれているのか。しかし、何故急に動きを見せたのだろうか。今までじっくりと兵力を集め、偶々この時期になったのかもしれないが、何かしら理由があるのではないだろうか。


「守護者様の仰る通りです。一年前に魔物の国を統一した存在が現れたのです。自らを魔王と名乗り、兵を率いて今度はこの国を支配しようと攻め込んできましたっ」


 魔王ってあれだよな……ファンタジーの定番であり最終ボスとして名高い存在。馬鹿げた魔力を有して、凶悪な魔法を操る最強の魔物。

 はぁ……おいおい、畑として動けるようになって浮かれていた気分が一気に冷めていく。俺の異世界プランも練り直さないといけないようだな。


「劣勢なのが街中に伝わると、人々は逃げだし、商人たちも商売道具を抱えて逃げだす始末。食料の補給もままならない状況で……父さんも日々、武具の修理に追われています。物資の全てが不足していて、このままでは、本当に……」


 肉体、精神の疲労。人材に加えて物資不足。

 完全に負け戦だな。昔読んだ歴史物の小説で軍師が口にしていた、籠城戦に必要なものが殆どない。でも、おかしいな。この町は守りのかなめ。帝国からの援軍がありそうなものなのだけど。


「あ、はい。畑様が、帝国の援軍はなかったのかと聞いています」


「今年は稀に見る豪雪で、雪深く救援を求める伝令も時間が掛かり、何とか伝わったとしても、大群がこの雪の中を進むには……」


 あの雪は山奥だからこその積雪かと思っていたのだけど、そうじゃなかったのか。あれだけの雪の中を車もない異世界の軍隊が進むのは辛すぎる。

 おまけに、防衛都市の南が平野だったのが災いしたな。孤立した場所で周囲を囲まれているなら、中の人々も逃げ出すことができず、死に物狂いで防衛に励むだろう。


 だが、後ろに逃げ道が用意されている。戦う術を持たない人は、どういった行動をとるか考えるまでもない。

 戦記物を愛読していた程度の知識でも、それぐらいのことは理解できる。


「父さんは、このまま畑様を頼って逃げろと言っていました。でも、私はっ!」


「畑様どうしましょう」


 俯いて唇を噛みしめているナセツを気遣いながら、キコユがすがるような視線を畑に向けている。

 相手が人間だったとはいえ、村を滅ぼされた経験があるキコユは、自分と姿を重ね合わせているのか。

 その悔しさ、不甲斐なさ。わかる、わかるよ。

 俺だって、キッチョームさんや料理店主の住む村を失った経験をしている。

 あの時の俺は、何もできなくてただ待つことしかできない、無力な畑だった。


 だが今は――違う!


「えっ、畑様。本当に良いのですか?」


 当たり前だよ。

 何もできずに悔やむだけの日々なんて、もう真っ平御免だ!

 救ってやろうじゃないか。

 魔王に挑む畑。中々面白いよな……勇者が世界を救うなんて、ありきたりな物語なんて糞くらえだ!


 畑が魔王を倒して何が悪い。常識なんて、畑に転生した時点で、土の肥やしにしてやった。

 やってやるぞ。この全身全霊――全畑全土を捧げて、この防衛戦に参戦させてもらう!


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― 新着の感想 ―
[良い点] 畑が魔王を倒す。 なかなかなパワーワードだw [一言] 自動販売機から来ましたが、世界観的な繋がりはどこまで有るんだろうか?
[気になる点] 大群がこの雪の中を進むには……」 大軍
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