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俺は畑で無双する  作者: 昼熊
激震編

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31/58

二話

 空は晴天。日差しも春の訪れを感じさせる暖かさ。

 絶好の引っ越し日和だな。


「ええと、では皆さん柵に捕まるか、畑の中心部で座っていてください。と畑様が」


 キコユの指示に従い、騎士団の隊員たちが畑を囲むように設置された、お手製の木の柵に捕まっている。

 今日、山を下りる予定だった騎士団の人たちを引き留めて、畑に留まってもらっている。


 さてここで、唐突だが自分の体――畑について説明をしよう。

 縦横100メートルぐらいの正方形な敷地の外周に木の柵が設置されている。この柵は全てお手製で、制作時に使用した大工道具は娘の体調が良くなったお礼にと、何度か訪れている鍛冶屋ゴウライさんに作ってもらった。

 畑の柵から内側に10メートル程、何もない更地としている。何故、畑や設備も置かず、土地を遊ばせているのか。それは、ここで害虫や害獣、野盗等の敵を撃退する為だ。

 土質を様々に変化させて、作物や設備、お婆さんの家に手を出させないようにする鉄壁の守りとなる。


 そして、その内側からが開発している区間となる。

 北側は言うまでもなく農作物を育てている一帯だ。

 東側には果樹や変わった植物などを育てている。あと品種改良という名の進化を繰り返させた実験場も完備している。

 西側には台所や食材の保管庫。露天風呂などの設備が整っている。更に南西部にはお婆さんの家とお墓があり、急な来客を迎える準備も完璧だ。

 南側は地下室が掘ってあり、いざという時の避難所になっている。今回は騎士団が寝泊まりしていたが、もう少し拡張をしておいた方がいいかもしれない。今後の課題としておこう。


 あ、そうそう。地下室で思い出したが、この畑。深さは10メートル程度まで俺の体という認識になっているようだ。土質変化もそこまでなら影響を与えられるようになった。

 つまり、俺の体は100メートル四方、深さ10メートルの土の塊ということになる。

 さて、何故、この状況で畑の確認をしたのか、それはこれからの行動について理解してもらう為の前振りだ。


 よっし、では出発進行!

 俺は畑の東側と西側に意識を集中して、土の腕を作り出した。

 大人の身長を軽く超える3メートル近くある逞しい土の右腕を10本、等間隔で東側の北から南に配置する。

 更に、西側に土の左腕を東と同じような配置で召喚した。

 空を掴むように伸ばした土の腕を折り曲げ、畑の外の大地をしっかりと掴むように手を当てる。


 さーて、こっからテンション上げてー!

 さああ、よっこいせー!

 どっこらしょ!

 そいや! そいや!

 よっこいっしょっと!


 畑の東側と西側に並ぶ腕が手の平で大地を踏みしめ、その腕をゆっくりと伸ばしていく。


「おおおおおっ! 地面が縦に揺れている!?」


 隊員たちが慌てふためているが、説明は後でさせてもらうよ。

 畑の境界線の土を柔らかく変化させて、畑の地下部分の土が大地とはがれやすくさせてから、腕の力で一気に押し上げた。

 更にここから、一メートル程度、周囲から浮かび上がった畑の側面に腕の根元を移動させる。そして、また腕を一気に伸ばす!


「ふああああっ! 畑が浮かび上がって!?」


 ハヤチさんが腰を抜かしたようで、地面に座り込みながら柵に抱き付いている。

 ちょっと驚かせすぎたかもしれないが、反省は後々。今はテンション上げて、作業を続けるぞ!


 さあ、どっこいせー! どっこいせー!

 はあ、どっこいしょー! どっこいしょー!

 やーれん、そーらん、そーらん、そーらん、はい! はい!


 心の祭囃子にあわせて、腕を更に下へと移動させては持ち上げるを繰り返していく。

 そして、地下10メートル部分を全て押し上げると、側面の両腕を交互に動かして、移動する。

 第三者から今の俺を見ると――高さ10メートルはある四角くて巨大な土の塊に巨大な腕が生えて、山を下りている図。ということになるのか……キモい。


 それは兎も角。俺はとうとう移動手段を手に入れた。畑ごとだが!

 これで世界各地、好きな場所へ行ける。畑ごとだが!

 町や村にも立ち寄ってみたいな。畑ごとだが!


 俺の夢に描いていた移動方法とは若干どころか、大きく異なるが、移動できたことは純粋に喜びたい。そもそも、畑の外に土の腕を出すことすらできなかった俺が、こうやって野山を駆けまわれるのだ――見た目を想像したらダメだ。


 それだけでも大きな進歩。これも、全て雪童であるキコユのおかげ。雪精人は聖なる力が強く、生まれつき破呪の力を持つ一族だそうだ。

 どんな呪いの力をも一切寄せ付けない、聖なる人。18歳の成人になるとその力が跳ね上がることから、成人の儀式を聖人の儀式と呼ぶこともあったらしい。

 まだ成人の日を迎えていないとはいえ、キコユも雪精人。畑にいてくれるだけで、土地に縛り付けられていた呪いが解除され、こうやって動くことが可能となった。畑ごとだが!


「ゆ、揺れる! 揺れる!」


「うあ、うあ、うあ、うあ、うあ、うあああ!」


 叫ぶのは勝手だけど、舌を噛まないようにね。

 畑の上で騒ぐ隊員たちの声をBGMに、俺は一気に山を駆け下りていく。

 何年も同じ景色だけを見てきた俺にとっては全てが新鮮で、逸る気持ちを抑えられないでいる。


 ああ、山はこんな感じになっていたのか。

 みんなはこんなところを上ってきたんだな。

 心が弾む。今、本当に異世界に来たことが実感できているかもしれない。

 ずっと同じ場所で動けなかった日常は今日で終わりだ。


 今日から俺は……活動的な畑になる!

 あらゆる町や村を訪れ、産地直送もぎたてを売りに、行商人をやってもいいな。

 あー、夢が広がる。そうだよ、これこそ異世界転移の楽しさ、面白さだ。

 この熱い気持ちのまま、山の外へと飛び出すぞ!

 もうすぐ木々の切れ目だ。さあ、異世界へダーイブ!


 木々を薙ぎ倒しながら飛び出した先には、薄い緑の雑草が敷き詰められた平野が広がっていた。

 山の麓ってこんな風になっていたのか。話には聞いていたが、なるほど。遠くの方に山があるにはあるが、基本的には起伏も少ない平地。


「しゅ、守護者殿……お、降ろしていただけませんかっ」


 畑酔いしたのかな。ハヤチさん顔が真っ青だ。

 他の隊員も全員気分が悪いみたいだな。ちょっと休憩するか。


「あの、畑様が、このまま王城まで送りましょうか? と仰っていますが……」


「え、遠慮させていただく。お気持ちはありがたいが、下手したら敵と間違えられて攻撃を受けかねない」


 ふむ。遠慮しなくてもいいのに。もし、送った場合を想像してみるか。

 西洋風の立派な城がある城下町に迫る、巨大な土の塊。それには無数の土の腕が生えていて、地響きと地鳴りを巻き起こしながら、疾走してくる。

 ……俺なら逃げるな。子供だったら確実に泣く。


「我々はここで別れようと思う。守護者殿の話も王へしかと伝えておく」


 ハヤチさんは、ちょっとアレなところはあるが、根は優しくて曲がった事が嫌いな人だ。俺の立場が悪くなるような事を報告する人じゃない。それは安心できるが、先に行ったゴルドが問題だな。

 あの人は欲望に素直で、目的の為には手段を選ばないタイプに思えた。何があったのかも完全に伝わっていることだろう。

 雪童であるキコユを簡単にあきらめるとも思えないし、畑である俺に興味を持ちそうなんだよな。まあ、捕まえにきたところで、あるのは四角形の大穴だけだが。

 あ、そうだ。ここで別れるなら、この情報を流してもらっておくか。


「酒場やハンターギルド等、情報が伝わりやすい場所で伝説の畑が消えたという情報を流しておいてほしいって、畑様が言っています」


「了解しました。帰る途中で町や村に何ヶ所か立ち寄りますので、噂話を流布させておきます」


 これでここを一度訪れた人が無駄足を踏まずに済めばいいのだが。

 騎士団の皆さんともお別れか。二ヶ月近く一緒にいたから寂しくなる。


「今までお世話になりました。キコユ殿には多大なる迷惑をかけてしまい、誠に申し訳ない」


 隊長であるハヤチが深々と頭を下げると、後ろに並ぶ隊員たちも同じように謝罪の意を示している。


「いえ、皆さんは皇帝の命令に従っただけですから。こちらこそ、今日まで仲良くしてくださって、本当に感謝しています」


 キコユも立派だな。全員を助けると口にした時は、正直少し甘いかとも思ったが、優しい気持ちを忘れないで成長しているなら、それは純粋に喜んであげたい。

 相手を警戒し、裏切りを危惧するのは俺の役目で良いじゃないか。

 騎士団の面々が手のひらを返して危害を加えてきた時は、畑の農作物に懸けて俺が守り通せばいい。


「うう、ボタンともう会えなくなるのか、寂しくなるな……」


「最後にもう一度、黒八咫さんの美しい御姿をこの目に焼き付けておかねば」


「はあぁぁ、町に帰ったらエシグを家で飼おうかな」


 隊員たちは動物たちとの別れが名残惜しいようで、最後に背を撫でたり、抱きかかえたりしている。黒八咫たちは大人しく身を任して、空気を読める良い子ばかりだ。

 ちなみにウサッター一家は愛玩動物として可愛がられ、ボタンはそのふかふかの毛並と肉厚感が抱き心地ばっちりで人気だった。

 黒八咫だけは、可愛がられるというよりは尊敬の対象らしく、隊員たちの殆どが黒八咫だけ、さん付けで呼んでいる。


「このままではいつまで経っても、出発できぬ。皆の者! 辛いのはわかるが、そろそろ行くぞ! 守護者殿、黒八咫殿、ボタン殿、ウサッター殿、ウッサリーナ殿、ウサリオン殿、ウサッピー殿、そしてキコユ殿。本当に世話になった。また、必ず会おう!」


 眩いばかりの笑顔を見せてくれたハヤチや隊員たちを土の手に乗せ、エレベーターの要領で、地上10メートル上空から地面まで運んでいく。

 全員を下ろしきると、畑の縁ギリギリまで移動した動物やキコユが彼らに嘶きや手を振ることで、別れの挨拶としている。


 俺は畑の縁に腕を20本生やすと、彼らに向けて大きく腕を振った。

 冷静になって考えると感動的というより不気味な光景なのだが、彼らは笑顔を浮かべ大きく手を振り返してくれた。

 何度も振り返っては手を振る彼らの姿が段々と小さくなり、最後には点となって消えていく。皆さん楽しい日々をありがとう。


 キコユを殺し呪いの道具にしようと考えているヌケスャケ帝国と、協力体制を取る気は毛頭ないが、第八王女であるハヤチやその隊員の為なら、何かしてあげたいと思う。


「畑様、これからどういたしましょうか」


 小首を傾げて問いかけてくるキコユは、幼女独特のえも言われぬ可愛さがあり、顔があれば頬が緩んでしまいそうだ。代わりに土壌が柔らかくなっているが。

 これからか。さーて、どうしようかな。各地を見て回るにしても、この状態目立ちすぎるよな。それに、何か目的が欲しいところだ。


 うーん、あっ、そうだ! 鍛冶屋のゴウライに会いに行こう!

 別れの挨拶もしていないし、夏の終わりごろに冬前にもう一度来ますと言っていたのに、あれから全く姿を見せなくて、少し心配なんだよな。

 俺から訪ねられるようになったのだから、丁度いい。住んでいる町の場所は大まかだが、以前教えてもらっている。


「よし、目的地が決まったよ。それじゃあ、全速前進といくか!」


 俺は土の腕を畑の下部に戻し、畑を持ち上げると再び大地を駆けた。

 途中、緑魔やその他の魔物を見かけたのだが、何故か俺の姿を見ると全力で逃げていく。不思議なこともあるもんだ。


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― 新着の感想 ―
[一言] >今日から俺は……活動的な畑になる! なんというか、もののけ姫のタタリ神を想像しちゃった。
[気になる点] 「よし、目的地が決まったよ。それじゃあ、全速前進といくか!」 主人公は喋られないので、ここまで主人公の台詞は全て、鉤括弧なしの地の文のみという書き方で統一されていたと思います。 ここ…
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