三話
あんっ、やめて、そんなとこほじらないでえええっ!
巧みな指捌きが俺の中に入り込んでくる。
はうううぅ、そ、そこはらめええええっ!
あ、そんなの入れないでっ、俺の初めてが初めてが奪われていくううぅ。
現在、お婆さんの手により種が植えられている。
体に何かが埋め込まれるというのは妙な気持ちになるが、痛覚や性感は無いので取り敢えず、気分だけ盛り上げてみた。こうすることにより、土が柔らかくなるので種も埋めやすいと考えての事だ。
決して楽しんでいるわけではない。
「何や、今日の畑は機嫌がええようやねぇ。種も楽に入りよるわ」
お婆さんも喜んでくれているようで何よりだ。
俺の体を蹂躙し尽くした翌日、今度は種蒔きをしている。
季節は春の終わりらしく、今から夏に収穫する作物を育てているらしい。
この畑の大きさなのだが、どうやら結構な広さらしく100メートル×100メートルぐらいはある。土地の単位は一坪とかヘクタールとかいうらしいが、正確な数値がわからないので例えようがない。馬鹿なもので!
こういう時、パソコンでもあればぐぐって終わりなのだが、そんなことを今更言ってもどうにもならないよな。
「今年は雨が少のうてあかんなぁ。雨がもうちょっと降ればええんやけど」
雨不足か。でも、まあ、余程のことが無い限り水不足になるということは無いだろう。
現代日本において、ダムの水が枯渇することは滅多にない。数年前はかなり水が無くて、うどん国の人が、うどんが茹でられない! と嘆いたことはあったが。
確か、天気予報では今年は雨が結構多い年だと言っていた。俺が転生したのが、死んで直ぐなら水不足はそんなに心配しないでもいける。
と思っていた時期が俺にも……もう、この下りはいいか。
転生三日目。今日、新たな事実が判明した。どうやら、ここは俺が死んで直ぐの日本ではないらしい。
というか、日本どころか地球でもない。俗に言う異世界というくくりになる。
何故、それに気づいたのか。今思えば怪しいところは結構あった。
お婆さんの素朴過ぎる服装。古ぼけたじょうろと無骨な造りの鍬。それだけでも、おかしかったのだ。今の時代、ホームセンターに出向けばもっと良質で、造りのいい農耕具は山ほどある。
服だって量販店で安く質のいい物があるだろう。だというのに、手作り感あふれる服に、決して精巧とは言えない農耕具。怪しさ抜群である。
それに加え、本日、我が視界に新たな登場人物が現れた。人物と言っていいのか、はなはだ疑問ではあるが、お婆さんに続いての飛び入りのゲストが登場したからだ。
そう、あの時はほんと驚いたな。
早朝、俺は何をするでもなくぼーっと空を眺めていると、視界に影が差した。
お婆さんにしては、ちょっと早すぎないか。まあ、お年寄りだからいつもより早く目が覚めたのかもしれないな。もう少し、体休めた方がいいと思うけど。
ん、お婆さん、ちゃんと服着た方がいいよ。誰もいないからって、そんな上半身剥き出しにして。一応女性なんだから、深緑色の筋肉質な体を露出プレイは……深緑?
あれ、白髪が消え失せているぞ。んんっ? 八重歯長いっすね。昨日までは普通だったのに。
ああ、うん、なんだ。誰だお前。
てか、何だお前!
つるっぱげの頭に、ぎょろぎょろと大きな目。瞳孔が猫のように細い。
お婆さんと同じぐらいな身長だが、腕には結構筋肉が付いている。腹は少しでているが。
腰に獣の皮を巻いているだけで、他は何も着ていない。下から眺めている俺からは、腰に巻いた皮の下に潜んでいる凶悪な代物が丸見えで、軽く吐き気がする。
下着ぐらい履けよ……。
この謎の人型生物はどうみても人間じゃない。百歩譲って体が緑の剥げたちっちゃいオッサンだとしても、危険な存在であるのは確かだ。その証拠に、手には棍棒が握られている。
やばい。お婆さんの危機だ!
このまま、家に入られたら……どうにかしないと!
今、この緑のオッサンは畑の上を歩き回っている。何かを探しているようだが、まさか農作物狙いか。だとしたら、今、何も育っていない。
諦めて帰ってくれればいいが、もし、食料を求めて民家に侵入したら。その光景を想像してしまい、冷汗、は出ないが心が冷たくなった。
俺がどうにかしないと! どうにかって、どうすんだ!?
土壌を柔らかくすることしかできない俺には対抗手段が無い。だが、何とか、何とかしないと!
緑のオッサンは作物が無いと理解したようだ。小さく息を吐いた姿は、残念がっているようにも見える。よっし、そのまま帰れ、帰れ。
俺が念を飛ばすが、何の反応もない。それどころか、視線がお婆さんの住む家へ向けられている。
やばい、やばい!
どうする、どうしたらいい!
危険を知らせたいが、術がない!
感情の変化で土質を変えたところで、この状況が打開されるとは思えない。柔らかくして、歩きにくくするか……でも、少し柔らかくした程度で……どうにか、もっと土質を変化する方法は。どうにか歩くことすら困難にできないか?
緑のオッサンは今、お婆さんの家と正反対の位置にあるが、狙いを定めたようで、ゆっくりと畑を横断して家へと向かっている!
感情で土質の変化。柔らかくするのは無駄。理想なのは歩くこともできなくすること。その為の手段。歩きにくい……泥状へ変化させられたら、相手の足を封じられる!
泥状って感情的には何だ!?
気持ちが軽くテンションを上げれば、土は柔らかくなった。
逆に、真面目に考え、真剣に悩むと土は固くなる。
だとしたら、泥にするには水分……そうか!
俺は――あることを思い出していた。
そうあれは、中学生の頃だ。クラスにとても気になる女生徒がいた。
クラス一の美人というわけではないのだが、明るく誰とでも分け隔てなく接する、気持ちのいい女子だった。当時の俺はそれなりに友達もいて、クラスの人気者とまではいかなかったが、それなりに充実していた方だったと思う。
そんな俺は、ある日、彼女に思いを告げようと机に手紙を忍ばせ、放課後の体育館裏へと呼び出した。ソワソワと落ち着かない気持ちで、待ち続けていた俺の前に最後まで彼女は現れなかった。
学校を追い出される20時まで待っていたのだが、誰もその場に来ることは無く、翌日を迎えた。学校の校門を通り、下駄箱付近まで来たところで俺は周囲の空気に違和感があった。
どうにも、皆が俺を見て笑っているような気がしてならない。
気にし過ぎだと思ってはいるのだが、ニヤついた笑みと、小さな笑い声が教室に入ってからも続いていた。思い当たる節はあれしかないのだが、あのことは彼女しか知らない筈。
気のせいだ、気のせいだと自分に言い聞かせていた俺の元に、複数の生徒がやってきた。先頭に立つのは、意中の女生徒。そして、周りにいるのは友達らしき女生徒と、不良グループらしき男子たちだった。
「畑くん、お手紙貰ったのだけど……正直、こういうの、キモいからやめてくれる?」
「こいつ、俺の女でな。昨日は面白かったぜ、ずっとうろちょろしながら待っていた姿が、面白くてよ、思わず動画を撮っちまった」
そう言って爆笑する生徒たちに囲まれ、俺は驚きや悔しさを通り越し、ただただ、悲しかった――
「ゴジュルグウウウ!」
はっ、過去のトラウマを抉り出し過ぎていたようだ。緑のオッサンの叫び声で現実世界に呼び戻された。
そうか、肉体は無く土だというのに胸が締め付けられる感覚はあるんだ……そっか。
あっ、緑のオッサンが膝下まで畑に埋まっている。
狙い通りだな。悲しみの感情を抱けば畑の土は泥と化す。
過去のトラウマを思い出すことにより、嫌な汗と涙が湧き出る代わりに土に水が湧く。
「ゴシュルゥ? ゴウルウウア!」
いきなり足元が液状化したら、そりゃ驚くよな。
ダメージは全く与えていないが、緑のオッサンが取り乱している。ダメージ的には俺の心の方が大きいがな!
足を引き抜くのにも苦労しているようだ。よっし、このまま硬さを調節はできるのか? いや、できるのかじゃないくて、やらなくちゃダメだ。
緑のオッサンの背後は土が硬くなるイメージ。悲しみを持続しながら、硬く、硬く、真面目に考えるんだ。そう、落ち着いてあの頃を思い出すと……怒りが湧いてくるなああああっ!
あの女、俺を馬鹿にして、あの後、手紙の写メを取ってLINEやトゥイッターで、拡散しまくっていたらしいな。
あああもう、思い出しただけでも腸が煮えくり返る!
「ゴフルウウゥッ? ゴフウウウウゥ!?」
あ、ゴブリンが泥から抜け出して、慌てて走り去っていく。何か、地面を飛び跳ねながら逃げているのは何故だ?
足を地面につける度に、微かにジュウッという異音が。あれか、もしかして土が異様に熱くなっているのか。なるほど、怒ると地面の温度が上がるって寸法なのか。
まあ、何にせよ。お婆さんを守れてよかったよ。自分へのダメージは軽くなかったけどな……。
「なんや、今日は地面が妙に湿っとんなぁ。夜雨でも降ったんかねぇ」
ごめんな、お婆さん。今日はテンション上げられそうにないや。