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俺は畑で無双する  作者: 昼熊
畑の守護者編

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十五話 キコユの場合

 この数か月、私を追いかけていた人たちが全員、畑に埋まっている。

 泣いている人や、悔しそうに睨んでいる人。何故こんな事態になったのか、急展開過ぎて頭が混乱しているが、今は私にできることを頑張ろう。

 助けてもらった恩を少しでも返さないと。

 この不可思議な出会いに感謝しながら、私はここまでの経緯を思い出していた。





 私たち雪精人の一族は希少種と呼ばれている、らしい。

 寒気を操る膨大な力を恐れ、人間や魔物が襲ってきたということもあるが、それ以上に雪精人の持つ不思議な能力を目当てにする人間に乱獲されたことが、絶滅の危惧を招いた大きな要因だ。と父が嘆いていた。

 雪精人の幼少時は雪童と呼ばれることもあるのだけど、私はその呼び名が好きじゃない。

 でも、それは成人を迎える日までとなっているので、もう少しの辛抱だと自分に言い聞かせていた。だって、雪童なんて幼児だと言われているようで恥ずかしいから。

 見た目はこんなだけど、もう17歳。立派な女性なのに。


 雪童時代は碌な力が無く、物を冷たくする程度の冷気を何とか操る程度で、良いことなんて何もない。夏場に冷たいお茶をいつでも飲めるぐらいよね。

 その代わり、成人を迎えた日に膨大な力が溢れ出すらしく、その日を境に雪童は雪精人となる……って言ってた。


 だが、問題があるそうで、成人を迎えたその日。0時を超えた瞬間、体が白銀の光に包まれ、体が幼児から一気に大人へと変貌する。

 成人の日を迎えるまで、雪童は5~7歳児程度の見た目で成長が止まり、18歳になる日まで体形が変わることがない。これは、力のない雪童が自分を弱く見せることにより、相手の油断を誘う為らしいけど、余計な事だと思う。

 私としては、こんな幼児体型じゃなくて、ちゃんと大人に近づいていると実感できる体になって欲しい。だって、そのせいで17歳だというのに未だに、胸もお尻もぺちゃんこだ。


 って話が逸れてしまった。そんな私たちは生き残った20名にも満たない仲間たちと、雪深い山奥で貧しいながらも平和な日常を過ごしていた。

 だがそれも、忘れもしないあの日――16歳の誕生日を迎えるまでのこと。

 私たちの村は所属不明の人間に襲われ、私は着の身着のまま命からがら逃げだした……たった一人で。

 大好きな両親も、いつもお兄ちゃんぶっていた隣のセイウリムも、優しかった村の人たちも私を逃がす為に戦い、死んでしまった。


 あいつらの狙いは私だった。迷惑なあの力を望んでやってきたのだろう。

 雪童が成人の日を迎えるその日、惨たらしく殺すことにより、首は邪悪な存在となり呪いを撒き散らす雪像と成り果てる。

 それが目当てで、私を捕獲し、呪いの道具とするつもりだった。

 その力が今使えるなら、その場で死んで村を襲った奴らを呪い殺したかった。でも、今の私には何もない。魔物から身を隠す能力と少し涼しくできる程度の力で何ができるのか。


 私はいざという時の為に村人が作っていた秘密の隠れ家に潜み、春になるのを待って山から逃げ出した。自分の無力さが情けなく悔しかった。でも、私は生きなければならない。そうじゃないと、命を張って助けてくれたみんなにあわせる顔が無いから。

 それからは、時には普通の幼児の真似をして村や町を訪れ、何とか逃げ延びてきた。

 知り合いや身内は誰もいなかったけど、両親がいざという時に頼れる人を事前に教えてくれていたので、それに縋るしか助かる道は残されてなかった。


「キコユ、いいかい。困ったことがあったら、ここから東の迷いの山と呼ばれる場所に100の加護を持つ女性がいる。あの人は以前うちの村を訪れて、お友達になった人間だ。お父さんとお母さんの名前を出したらきっと協力してくれる。覚えておきなさい」


 その言葉を頼りに、何とかこの山まで逃げてきたのだが、ここで今までとは違う追っ手に遭遇してしまう。

 今までの相手と違い、隊長は人の良さそうな女性で何処か抜けていた。

武器を使用せずに極力傷つけないように私を捕まえようとしていたようだが、捕まってしまえば結果は同じ。


 秋が終わるまで小さい体で潜みながら何とか山頂を目指し、雪が降りしきるようになってから一気に山を登る。この巨体が災いして見つかってしまったが、そこで天の助けがあった。

 見知らぬウナススやキリセが私の前に現れると、導くように私の前を進み始めたの。

 お父さんが、100の加護を持つ女性は動物と仲良くなる力があると言っていたことを思い出し、後を追うことにした。


 その結果、動物たちが自分を導いてくれたおかげで、ここの不思議な畑まで逃げ延びられて、匿ってもらえることとなる。

 畑に掘られた大きな穴に隠れるのは正直怖かったけど、足元から伝わってくる土の温かさが優しく包み込んでくれるようで、不思議なことに心が落ち着いたの。


「大丈夫、大丈夫だよ」


 と語り掛けてくれているかのようで、私は心地よい温かさに満たされた空間で息を潜めていた。

 ずっと大人しくしていたのだが、土から伝わる感情のようなものに焦りに似た感情を感じた私は、そっと地下室の扉を少し開け、外の様子を窺っていた。

 それはとても不思議な光景。人間の大人と変わらない大きさの土の腕が、畑に埋まった追っ手と話し合いをしていたの。思わず目を疑ったけど、畑から微かに伝わる心が私を後押ししてくれたの。

 あの土の腕が畑そのものであり守護者と呼ばれていて、誰か言葉を伝える人を欲していることがわかると、自然と体が外に出ていた。

 そして、私は今に至る。





「もうやめてくれ! 私の部下をこれ以上傷つけないでくれ!」


 はっ、隊長の言葉で意識が戻った。ちょっと、昔のことに思いを馳せすぎていたみたい。

 ええと、守護者様から声が聞こえてくる。その言葉をちゃんと伝えないと。


「止めて欲しければ、何処に所属しているのか、何の目的で雪童を狙ったのか正直に話せ。これが最後のチャンスだ。一つ嘘を吐くごとに、一人ずつ部下を畑の肥やしとしてくれる。覚悟して口を開け」


 脅迫を口にしてはいるが、畑から伝わる感情に冷たさや怖さは無い。

 ただ脅しているだけで、相手が従わなくても危害を加えるつもりはないと思う。だって、少し楽しそうにからかう様な明るさを感じるから。


「わ、わかった、正直に話す! 我々はヌケスャケ帝国の騎士団だ。雪童を捕獲しようとしたのは……」


 そこから先は流石に言い辛そうね。だったら私が代わりに言ってあげる。


「18歳の成人を迎えた日に、酷い目を合わせて首を切り落とせば、その首は呪いの道具となるからでしょ。その力で他国を落す気だった? それともどんな呪いも解除できる体の方が欲しかったのかしら」


 ほら図星みたい。隊長は目を伏せて、無精ひげは忌々しそうに顔を歪めている。


『えっ、死んだらそんなことになるのか!?』


 守護者様が驚いている。このことは知られたくなかったな。これを知ったら、きっと気味悪く思うか、この人たちの様に私を利用しようと――


『無関係な人を殺して道具にしようなんて畑の肥やし以下の奴らだな! 雪童ちゃん、何か言いたいことや、仕返しをしたいことがあれば遠慮なく言ってくれ。出来る限り力になるよ!』


 あっ……不気味だと嫌がりもせずに、そんなこと言ってくれるなんて。本当に優しいんだ、守護者様って。


「守護者様、私の名前はキコユです。これからは雪童ではなくて、そう呼んで欲しいです」


『おっ、そうなのか。わかったよ、キコユ。じゃあ、俺も守護者様じゃなくて、畑って呼んでくれ』


「はい、わかりました畑様」


 何だか嬉しいな。守護者様……じゃなかった、畑様と名前を呼び合う関係になれるなんて。正直、畑さんが何者なのかは今もわからないけど、悪い人……悪い畑じゃない。それだけは確信が持てる。


「さあ、正直に話したぞ。これから我らをどうするつもりだ」


 強気な振りを演じているけど、隊長の人、目に怯えの色が見える。

 身動きが一切取れない状態で、詰問されているのだから当たり前だけど。でも、甘い顔をしたらダメ。この人たちは私を利用して殺そうと考えていた人たち。

 可哀想に思えてしまうけど、そんな感情に流されてはいけない。ここは心を鬼にしないと。


『キコユ、キミはどうしたい? 殺したいほど憎いのであれば、俺はこのまま彼を畑に取り込んで養分にする。許してあげたいと思うなら、逃がしてあげようと思う。判断はキミに任せるよ。俺は実質被害を受けていないからね』


 畑様。私に決断しろと言うのですか。

 この人たちが村を襲った相手なら、私の答えは決まっている。まずはそこを確かめておきたい。


「一つ質問があります。貴方たちは私の生まれ故郷である村を襲った人たちですか? もしくは仲間でしょうか?」


 この答え如何によっては、私は初めてこの手で人を殺すことになる。


「村? いや、そんなことは知らぬ。我は王により、この山中に逃げ込んだ雪童がいると聞き、捕獲せよと命じられただけだ」


 その言葉に嘘は無い……と思う。そもそも、さっきまでのやり取りを見る限り、この隊長は嘘が下手だ。それがもし芝居だとしたら、騎士団なんてやめて劇団員を目指した方が大成するだろう。


「それが本当なら……畑様、私はこの人たちを逃がしてあげたいです」


『そうか、優しいんだなキコユは。キミがいいなら俺はそれで構わないよ』


 私を気遣う言葉が心に沁みる。何で、畑様の心の声は、こんなにも私を癒してくれるのだろう。

 音として発せられない心の声は、心のありようが直接伝わる。それ故に、汚い心や醜い心は、どれだけ心の声を偽り、綺麗ごとで言葉を飾ろうが、不快な気持ちは伝わってしまう。

 畑様は本心で私を労わり、優しく接してくれる。

 その優しさに思わず引き締めていた心が緩み、涙が零れてしまった。


『ど、どうした? 何か変なこと言ったか!? 頭をフル稼働させてカッコいい言葉をチョイスした筈なんだけど! やっぱ、俺には似合わなかったか! 但しイケメンに限るってやつだよな! わかっていたけど、現実って残酷だねっ!』


 そんな私を見て慌ててくれている。チョイスやイケメンというのが良くわからないけど、私が知らないだけで、きっと素敵な言葉なのだろう。

 私が泣いているので道化を演じて笑顔を引き出そうとしてくれているのね。


「大丈夫です畑様。嬉しかっただけですから」


『そうなのか、ならいいんだけど。じゃあ、助けるという方針で構わないね』


「はい」


『よっし、じゃあ、伝えてくれないかな彼らに』


 その内容は私の想像を超えていた。

 えっ、本当にそれでいいの。畑様は本当に心が広い。これを聞いたらこの人たち、かなり驚くだろうな。


「ええと、守護者様からの言葉です。全員ここから無事に返します」


 その言葉が意外だったのだろう、隊長や無精ひげ、その他の隊員たちの表情に少しだけ光が射したように見えた。


「ただし、それはこの冬が空けてからとなる。雪が止み、暖かくなるまではここで全員働いてもらう。もし、誰かが逃げた場合連帯責任として、残った人を処刑するので、その覚悟があるならどうぞ。とのことです」


 最後まで伝え終わると、緩んでいた表情に緊張が戻る。

 命があるだけ得だと考えるか、隙を見て逃走しようとするか、それは私にはわからない。だけど、畑様の優しさを無駄にしてほしくはない。


『さーて、まずは彼らに料理を振る舞って懐柔するとしますか!』


 その声は嬉しそうで、土の腕は力瘤を見せつけるかのような動きをしている。

 この人――いえ、畑様となら私は幸せに暮らしていけるかもしれない。

 そんな淡い期待を抱かしてくれる、素敵な出会いが今日あった。

 何かが変わるそんな気がする。私は未来への期待に胸が弾むのを抑えることができなかった。きっと、上手くいく。畑様の上にいるだけで、何故かそんな風に思えてしまう。


『ふははははははっ! 今日は寒いから、思う存分鍋を喰らわしてくれるわっ!』


 畑様が目にも止まらぬ速度で野菜を切り、それを次々と籠に放り込むと、白いウナススさんや真黒なキリセさんが運んでいる。

 あっ、エシグもその耳を器用に使って食材を切る手伝いしているわ。

 なら私も――


「畑様私も手伝います!」


『おっ、ありがとうキコユ。この子たちも頑張ってくれているんだけど、やっぱり人手があると助かるよ。それじゃあ、そこの巨大な鍋を運んでもらえるかい』


「わかりました!」


 私は指示に従い、私の様な巨体でも小さく感じない巨大な鍋を畑の隅に設置されている、石を積んで造ったかまどへ運んだ。


『いやー、本当に助かるよ。鍋大きく作りすぎて、片腕じゃ運び辛くてね』


 この体の大きさが役に立ったのね。嬉しい。

 かまどに火が入り、土鍋の水がぐつぐつと沸いてきている。それを見た、兵士たちが何故か怯えているような。


『あー、もしかして自分たちが煮られるとでも思っているのかね。まあ、人ぐらいは軽く煮られる大きさあるけど』


 あ、なるほど。助けるとは言ったが気が変わったのではないかと、警戒しているのね。畑様はそんなことしないのに。


『よーし、具材を優しく投入だ。うちの可愛い作物たちを食べさすんだ。美味しく作らないと罰が当たる!』


 そうか、畑様は農作物にも愛情を注いでいるのね。

 私も頑張って、農作物や動物と同じ……いえ、それ以上に愛されるようにならないと。


「次は何しましょう!」


 私の口からは思っていた以上の大声が飛び出し、一斉に全員に見つめられてしまった。ちょっと恥ずかしい。

 でも、楽しいな。ここの一員になれるように、こんな日々が永遠に続くように、やれることをやっていこう。まずは料理のお手伝い、そこからね。





 雪の舞う深夜、山奥では妙な宴が行われていた。

 畑から生えた土の腕が料理の腕を振るい、動物たちがその手伝いをする。

 巨大な幼子が料理を運び、お椀へとよそっていき、畑に生えた生首たちの前へ並べていく。

 人間の頭たちは、そのお椀から立ち昇る湯気を吸い込むと、口内に生唾が溢れ出し、口の端から垂れている者までいた。

 彼らは手が地中にあるので目の前の料理を食べられないで、もがいていたのだが、巨大な幼子と動物、そして土の腕が匙ですくい、人間たちの口へと放り込んでいく。


 料理を口に含んだ生首たちの頬が緩み、至福の表情を浮かべると動物たちは嘶き、幼子は嬉しそうに笑う。

 その中で一番嬉しそうに見えたのは、左右に大きく身体――腕を揺らしている物言わぬ土の腕だった。


第二部終了となります。

予定では第二部で終わる筈だったのですが、第三部も書くことにしました。

もう少し書きたいことができましたので。


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