十四話
十四話
雪が静かに降り積もる夜に響く、
「ううああああ、母さんっ」
「帰るから、必ず帰るからっ」
「すまねえ、許してくれぇ」
むさい男たちの泣き声。
彼らは今、首から下が畑に埋まった状態で、俺の悲しい思い出を流し込まれている。ちなみに、今回の悲しい過去は――オータミお婆さんが死んだあの時だ。
俺の悲しみと同調した兵士たちは、自分の過去と照らし合わせ、それぞれの悲しい思い出が鮮明に蘇ってしまったようだな。
それに加えて相手から冷静さを失わす為に流した音楽も効果があったようだ。
お手製の太鼓を使い毎晩、暇つぶしも兼ねて動物たちと一緒に練習を重ねてきた、我ら畑合唱団の日々の努力が報われたぞ。
やはり、聞き手がいなければ味気が無いからな。我々の実力を思う存分見せつけられて大満足だ。
畑の灯りを消してから流したのは、日本の怪談話で幽霊が出る時の定番、ヒュードロドロドロドロを見事に表現した一曲だ。やはり、異世界でもあの音は不気味に感じるようで、効果はてき面だった。
ちなみに、ヒューの部分は本来笛の音なのだが、今回は黒八咫が代わりに奏でてくれた。カラスは声真似が上手いとは聞いていたが、異世界のカラスである黒八咫も同じく芸達者なようで、見事な笛の音の真似だったぞ。
「やめろ、かじるな」
「痛い痛い! 突かないでくれ!」
あっ、黒八咫が埋まっている兵士の頭を嘴で甘噛み? している。血がにじんでいるのは愛敬だろう、うん。
ボタンは角の先で浅く何度も刺しているようだ。地味に痛そうだなあれ……。
「我らが捕まるとは。このような失態……くっ、殺せっ」
女リーダーが畑から頭が生えた状態で、唇を噛みしめている。
気の強そうな美人さんが屈辱に顔を歪めて、悔しがる様は少しそそられるものが……あ、いや、俺にそんな性癖は無いけど!
一応、重要人物らしい、女性リーダーと無精ひげの男は、他の面子とは離れた場所に二人ならんで埋めておいた。
「かああっ、まだ目が痛えなぁ。クソ、手足が動きゃしねえ」
無精ひげはかなり厄介な相手だった。夏場に育てておいた唐辛子と似たタエギリスの粉末を大きな葉っぱに包んでおいた、目潰し爆弾が見事炸裂したおかげで、何とか取り押さえることができたが。
最後、畑に向かって跳ね飛ばしてくれたのはボタンだ。
目が真っ赤で結構辛そうだな、無精ひげ。切りつけられた恨みはあるが、少し優しくしてやるか。
黒八咫、壺の水を汲んで掛けてやってくれ。
切りつけられ腕が切り落とされた瞬間、死んだかと錯覚したが、よく考えれば俺の本体はあくまで畑だ。腕が切り刻まれようが、粉々に破壊されようが何の痛手にもならない。
実際、直ぐに土に戻って、腕を再生するのは余裕だった。
俺は畑になってから精神的に成長して大らかになったので、さっき切りつけられたことも水に流そうじゃないか。
「ぶはああっ! あちっ、あちっ! 熱湯をかけるな!」
あれえええ、めんごめんご、何か水が沸騰してたみたいだー。流石、異世界。不思議なこともあるもんだ。
「くそッたれが。で、守護神様よ。俺たちをどうする気だ?」
顔が真っ赤なのは湯の温度もあるだろうが、怒りで血流が良くなっているのも原因の一つだろうな。
さて、捕獲しておいてなんだが、どうしよう……。
そもそも、会話する手段が無いんだよな。はい、いいえの二つ。それと手振りのみで何処まで意思の疎通が可能なのか。
「任務も果たせず、こうして捕まったのだ、生き恥をこれ以上晒すわけには」
「隊長は黙っていてくれやせんかね」
この隊長、諦めがいいというより、若干投げやりのような。名誉を重んじるのは結構だが、仲間の命も自分の言動にかかっていることを理解しているのだろうか。
「そういや、言葉は理解できるが、簡単な受け答えのみが可能って話だったな。単刀直入に聞くが、守護者様は俺たちを殺す気か?」
この状況でふてぶてしい態度。無精ひげの男は肝っ玉がすわっているな。
殺すかどうかか。正直殺す気はなかったのだが。隊長さんも人道的な扱いを、大きな幼女にするつもりのようだし。全員を捕えたのも無精ひげの男が手を出してきたから、正当防衛を行使しただけだ。
一応、今は殺す気が無いから『いいえ』と書いておくか。
「じゃあ、俺たちを畑から抜いて解放してくれるのか?」
それも『いいえ』だ。
素性が明らかになっていない状態で、切りつけてくるような輩を気軽に開放する気は毛頭ない。
「殺しはしないが解放もしないってか。なら、守護者様は一体何がしたいんだ」
何がしたいか……情報収集と交渉がしたいが、術がない。本当にどうしたもんかね。
んー? 何か急にまた暗くなってきたな。畑の中心に備え付けている灯りはついている筈なんだが、故障……おっ、いつの間に!
「あの、もし良かったら、私が通訳しましょうか?」
思考の海に深く沈み過ぎていたようで、背後に迫っていた巨大幼女の存在に気づいていなかった。
改めて見ると、その大きさに圧倒されそうだ。でも、凄く愛らしい顔つきをしている。
って、それはどうでもいいことだ。今、この子は何て言った。確か、通訳するとかどうとか。それはつまり――
俺の心の声が聞こえているって事なのか?
「はい、そうです。これでも元は精霊の一族なので念話の聞き取りは嗜んでいます」
おおおっ! 思わぬところで通訳をゲット!
そうか、数年ぶりに言葉を交わせる相手がっ。うううう、感無量だ。
今までは動物たちと一方通行の会話は成立していたが、言葉のキャッチボールは無理だった。でも、今日から俺は日常会話ができるのかっ!
人類にとって小さな一歩かもしれないが、畑にとって大きな一歩となる!
あっ、でも、それってつまり心の声が丸聞こえだということに。
はっ、これからエロい妄想とか迂闊にできなくなるというのかっ!
雪童、恐ろしい子っ!
「あの、色々困惑されているようですが、言葉を発する様に強く想っていただかないと、声は聞き取れません。何となく心の乱れは感じますが」
あ、そうなんだ。これで一安心。あ、いや、別にエロい妄想とか、変なこと考えたりは全然してないんだけどな! だ、だって立たないし、性欲ないし!
「それで、どうしましょうか」
にしても、やたらと丁寧な口調だ。見た目は幼女なのに口調がしっかりしている。まるで、テレビで大人びた子役を見ているような感覚に陥るな。
さて、動物たちに語り掛ける時と同じように意識を集中して――ええと、お願いできるかな。色々聞きだしたいことがあるから。
「わかりました、任せてください。助けて頂いた恩を少しでもお返ししたいので」
律儀な幼女だ。
「やはり、匿われていたのかっ!」
屈んで覗き込む幼女と畑から首だけ出して見上げる女性。何とも言い難い絵柄だな。こら、黒八咫。面白い構図だからって絵を描かない。
では、まず野盗もどきの所属と目的を聞いてもらえるかな。
「守護者様は、貴方たちの目的と、どの組織に所属しているかを訊ねています」
「何故、我々が野盗ではないとわかった!」
「隊長……」
これって誘導尋問にもなってなかったのだが、あっさりと野盗じゃないことを認めてくれたな。無精ひげの男がため息を吐きたくなるものわかるよ。
俺を斬った相手だが、少し同情したくなる。
「正直に答えてください。もし、正直に答えなかった場合。部下たちがどうなるか、お分かりですね?」
巨大幼女が俺の言いたいことを的確に通訳してくれている。本当にありがたい存在だ。
これだけでも助けた価値があったな。
「くっ、卑怯な! 部下たちを利用するとはっ」
「……幼い子供を大人数で追い回した貴方たちに言われる筋合いはないです」
これを本人に言わせるのもどうかとは思ったが、一瞬俺の方を見た時、少し嬉しそうな表情をしていた気がするのは、都合のいい考えなのだろうか。
「我らの所属も、目的も明かすわけにはいかぬ。国家の尊厳にかかわることだからな」
何だろうこの人。ツッコミ待ちなのだろうか。知らない振りして内情をバラすスタイルなのか。あーあ、無精ひげの男が目を閉じて天を仰いでいるぞ。
「つまり、国からの命令で動いているのですね」
「なん……だと! まさか、私の心が読めるのかっ!?」
いやいやいやいや! この人に大事な任務とか与えたらダメでしょ!
見事なざるっぷり。情報漏えいをやっておきながら、全く気付かないタイプだ。
「ええ、ある程度は読むことができます。もし嘘を吐いたり、真実を明かさない場合は、もう言うまでもありませんよね」
「ぐぬぬぬぬっ! 心を読まれるのでは、どちらにしろ隠しようがない。そうだ、我々はこの国に所属する騎士団。そして、雪童を捕獲する任務を承り行動していた」
「た、た、うぐぐぐ……」
まさかの騎士団。
流石にそれは予想外だったな。身分が高い人にありがちな物言いだとは思っていたけど、騎士様だったとは。
お、ナイスフォローだ。無精ひげが止めようとしていたから、黒八咫が口に猿ぐつわをしてくれた。
どうにかしようと、無精ひげの男が足掻いているが、進化して異様なぐらいに頑丈になったシテミウマの蔦で作った縄だから、噛み切るのは無理だと思うよ。
「何故、私……雪童を狙ったのですか」
「それは、その、絶滅の危惧がある希少種なので国で保護しようと思ってな」
目を逸らして、顔中から汗を垂れ流して言う言葉の何処に説得力があるのか。こんなの心が読めなくたって一目瞭然だ。
「嘘をつきましたね。約束を破る方には罰を与えなくてはいけません」
「ま、待て、う、嘘では――」
言い訳を聞く気もなかったので、俺は騎士団の兵士たちが埋まっている一帯に意識を集中して、過去のある出来事を思い出していた。
そうあれは、中学二年生の頃。
当時、俺はライトノベルにどっぷりとはまり込んでいた。好きなジャンルは日本ではパッとしない学生が、強い力を得た状態で異世界に飛ばされ活躍する物語。
努力や根性を何処か馬鹿にして、楽して強くなった主人公が鍛え上げられた猛者たちを、ばったばったと薙ぎ倒す話に爽快感を覚えていた。
自分が帰宅部で毎日をだらだら過ごす中、運動部で汗水流して努力している友人たちと比べて、何処か負い目があったのを誤魔化す為だったのだろうな、と今になって思う。
まあ、それはさておき。ただ小説を読むだけだったのなら、まだ可愛げがあったのだが、俺はそこで留まらなかった。先に進んでしまったのだ。
架空の主人公が活躍する物語では物足りなくなり、自分を主人公に据えて強者たちを薙ぎ倒していく――オリジナルの作品を書いてしまったのだ。
自分を200%美化したイケメン設定にして、女性にモテまくりはもちろん、刀の一振りで魔物の群れを薙ぎ倒し、無詠唱の魔法で海を割り、大地を砕く魔法戦士。
そんな痛々しい俺の活躍を描いたオリジナルの小説。ここだけでも、かなりのものなのだが、俺は更なる高みへ到達してしまう。
そう、その小説をクラスメイトに見せたのだ。それも自信満々に。
その結果どうなったかというと――
「もう、もうやめてくれえええっ! ポエムを音読しないで母さあああああんっ!」
「やめろ! 俺の理想の二つ名集を勝手に見るな! 疾風怒濤の黒刃とか口に出さないでええええっ」
「撃滅粉砕轟咢ってかっこいい必殺技だろうが!」
俺の黒歴史に触発され、兵士たちの秘められし香ばしい過去が蘇ってしまったようだ。
ふっ、心に大ダメージを与えてしまったようだな。まあ……俺もだがっ、ぐはっ!
「どうしたというのだ! 部下たちが身悶え、苦しんでいるぞ! くそっ、いったい何をした!」
パンドラボックスを開いてやったのだよ! 己もろともな!
「あの、他に尋問は……」
巨大な幼女が土の腕を覗き込んでいるな。周囲の阿鼻叫喚の地獄絵図に驚き、無口になった俺を心配して声を掛けてくれたようだが、ごめん、立ち直るまでもうちょっと待ってください。
思っていたより自分へのダメージが甚大すぎた。




