十三話 ゴルドの場合
はっ、甘いねえ。まあ、この王女様が底抜けのお人好しすぎて、こんな暴挙に走るとは思ってもいなかったのだろうな。
「なっ、何をするゴルド!」
やっぱ、取り乱していやがるな。やれやれ、本当に甘ちゃんだ。マジでこのアマ、話し合いで解決するとでも思っていたのかね。脳みその代わりに花でも詰まってんじゃねえか?
「見ての通りですぜ。畑の守護者を切り捨てただけのことでさあ」
無防備な土の腕を横薙ぎの一撃で上下真っ二つ。
まあ、あれだけデカくて無防備な相手なんぞ、俺の手にかかればこんなもんだが。
守護者何て大袈裟に言われているが、あれはただの土の精霊だ。本来精霊はただの武器じゃ斬れないが、王から直々に拝借した魔剣『精霊殺し』の切れ味は流石だぜ。
まるで素振りでもしたかのように何の抵抗も感じねえ。精神体である精霊相手でもこれさえあれば、何の問題なく退治できる。
あとはガキを見つけた後に、畑の野菜も頂けば臨時収入にもなるって寸法だ。噂によると極上の味で、かなりの高額で売り捌けるみたいだしな。
「穏便に事が済みそうだったというのに、だまし討ちのような真似をっ!」
「っと、お頭。勘違いしていやせんか? 我らの目的は雪童の捕獲と王城までの搬送。それ以上でもそれ以下でもありやせん。王も仰っていたはずですぜ、手段は選ぶな。って」
最後だけ低い声でそう告げると、怒りに任せて剣を抜きかけていた王女の手が止まった。ったく、ガキの使いじゃねえんだ。やることやって、さっさと帰ろうぜ。
王が俺を呼んだことも、この甘ちゃん王女を見ていたら良くわかる。
「それに、やっちまったもんは、もうどうしようもありませんぜ。さっさと、家探しして雪童連れて帰りやしょう」
「隊長。ここはゴルド様の仰る通りです。過程ではなく結果を大切にしなければ。倒してしまった相手はもう戻りません。やるべきことをやりましょう!」
おう、フォルシはわかっているじゃねえか。こいつも甘いが、咄嗟に切り替えられるところは王女よりも優れているな。
こいつが指揮官をやった方が上手く事が回りそうだ。
「そう……だな。ゴルド、お前には任務を終え次第、話がある! 覚悟しておけ!」
「へいへい。わかりやした」
おうおう、悔しそうな顔で。まあ、第八王女様の権威も俺には通用しねえんだよ。
王直属の裏仕事専門部隊の一員である俺にはな。
「すまぬ、守護者殿。本意ではないが、家を調べさせてもらう。本当に」
律儀だねえ。死んだ土の精霊ごときに頭を下げて。精霊なんて言われているが、所詮魔物の一種だろうに。人並の知識があって属性に応じた能力は確かに強力だが、頭を使って対応すれば、ほれ、この通りだ。
「お頭、いい加減始め――」
ドン
ドドドドドド ドン ドッド
クワックワー!
ドン ドドドドドド ドン ドッド
ブフォブフォー!
「何だ、この気味の悪い太鼓の音と獣の鳴き声は!?」
「いったい何処から聞こえてくる!」
おいおい、いきなり響いてきたこの音は何だ!
太鼓と獣の声。これはキリセとウナススか。確か、守護者の僕だと言われている獣もそうだったな。まさか、その獣たちがやっているのか。
「しゅ、守護者を殺した呪いじゃ……」
「畑の噂は本当だったんだ……」
ボケ共が取り乱しやがって。クソうぜえ太鼓と獣の声に揺さぶられんじゃねえよ。
この音は何処から聞こえてくる。
耳を澄ませろ。こういう時こそ心を殺して冷静に発生源を探れ。
太鼓の音は畑からか。獣はよくわからねえな。同じく畑のようだが、太鼓の音が耳に残って判断し辛い。
「てめえら、落ち着きやがれ」
ドン ドドドドドド ドン ドッド
「うっせえぞ、太鼓!」
ドッドドドッ ドドドドド ドン ドドドドッ!
くっそ、俺をからかうようにテンポ上げやがった。
ムカつくぜ。獣の鳴き声はわかるが、太鼓は誰が叩いているんだ。誰か人間が潜んでいるか、もしくは雪童が犯人か。にしては、妙に手慣れた太鼓の音だ。今日、匿われたばかりの雪童が出せる音じゃねえ。
んだぁ、今度は音が急に小さくなってきやがった。
「あ、灯りが」
畑を照らしていた異様に明るい魔法の品から光が消えているぞ。
まるで昼間のような明るさから、本来の夜へ戻っただけだ、慌てることじゃない。
しかし、誰があんな高い位置の灯りを消したんだ?
「落ち着け! ランタンの灯りで周りは充分見えるだろうが!」
さっきまでが夜にしては明るすぎただけだ。取り乱すようなこ――
ヒュウゥゥゥゥゥゥゥ
何だ、これは風の音、いや、それにしては少し高い笛の音のような。
ヒュウゥゥゥゥゥゥゥ ドドドドドドドドドドッ
風に太鼓……か?
何だ、ただの音だというのに背中に氷水を垂らされたような、寒気がしやがる。
「な、な、なんだこの音は! や、やめろっ! この不気味な音をやめろっ!」
「た、隊長大丈夫です! ただの音じゃないですかっ」
おいおい、王女様よ。一応隊長なんだ、部下の前で格好悪い真似は程々にしてくれ――
「う、うわあああああああ! だ、誰か、誰かああっ! 何かに足を掴まれて、ひ、ひ」
今度は何だ!
はあっ!? ランタンの灯りに照らされた部隊の一人が、砂埃を上げて地面を滑っているだと!?
畑の中心部にかなりの速度で引っ張られているのか!?
「お、おい、あいつの足元を見ろ!」
おいおい、何の冗談だ。引きずられている奴の足首を小さい赤子のような手が握っているだと?
それに、あの闇夜に浮かぶ赤い無数の目は何だっ。
「やめろ、やめてくれえええ! いやだ、いやだ、助けて、助けてくれええ! 畑に食われる! 足を何かがかじっている! 誰か、助け」
ランタンの光に照らされた奴の顔は恐怖と絶望に染まり、涙と鼻水に濡れている。
男がなさけねえ顔してんじゃねえよ。クソ、助けに行くべきか。
あっ、懸命に手を伸ばして足掻いていたやつが、徐々に地面へ灯りごと吸い込まれていく……だと。
「えっ、えっ」
「畑に消えた……」
何だ、何が起こった。今、畑に人が消えていった。目の錯覚じゃねえよな。
現に他の奴らもあの光景を目の当たりにして、硬直している。
「た、助けにいかないと! あいつを見殺しにできない!」
「そ、そうだ!」
正気を取り戻した部隊の奴らが、消えた付近に走り寄っていやがる。馬鹿どもがっ!
「待て、畑には近づくな!」
俺は声の限り叫び、奴らを止めようとした。だが、その忠告は――遅すぎた。
「うわあああっ!」
「足を斬られたっ!」
畑の上から数名の姿が一瞬にして消えた。
それに、アレは何だ。赤い光が足下を漂っていねえか?
「ああ、泥が、泥がっ、体が埋まっていくっ」
「ぶはっ、顔に何か……何だネバネバして、か、痒い!」
残りの奴らは徐々に畑の中へと沈んでいく。
上から何かが降っているようだが、闇しか見えねえ。
おいおい、冗談だろ。少しの間に部隊が壊滅状態だと。残っているのは俺と王女とフォルシだけか。
「お頭……もう、これはいいか。隊長ここは一先ず固まりやしょう! 各個撃破されているようですぜ!」
「そ、そ、そうだな! ゴルドこっちへ来い!」
強がってはいるが、あれは恐怖で脚がすくんでやがるな。正体不明の相手がいるなら、ここはひと塊になって、相手の動きを見極めるしかねえ。
また襲ってきたら、のろまな二人を生贄にして逃げればいいだけの話。
フォルシは何とか使えそうだが、王女様は無理だな。脚が小刻みに震えて、顔色が真青じゃねえか。この雰囲気に呑まれたか。
枠にはまらない剛毅な姫だと聞いていたが、所詮は温室育ち。これ程度でビビりやがるとはな。
「ゴルド様どういたしましょうか」
「そうだな。ここは撤退するのが一番なんだが……」
「ぶ、部下共を見捨てるというのか!」
フォルシの腕にしがみ付いたまま凄まれてもなぁ。
どう考えても、他の部下は死んでるだろもう。
畑は暗闇に包まれて中の状況を見ることは出来ねえ。ランタンの灯りもそんなに広範囲を照らせねえ。八方塞がりだぜ。
「まあ、逃げたくても逃がしてくれるかは別問題ですがね」
これは土の精霊が生きていたということだよな。となると、俺は集中的に狙われる可能性が高い。やはり、二人を囮にして何とか乗り切るしか。
「何だ、畑に明かりがポツリポツリと灯っているのだが」
「あれはランタンの灯りでしょうか。数は七つぅぅぅぅ! 隊長、ゴルド様、み、見てください!」
だから取り乱すんじゃねえ……よおおおおおぅ!?
ランタンの隣に生首が並んでやがる。あれは全部、部隊の奴らか!
「うおおおおお」
「おおおおおう、ああああ」
「もう、やめろおおっ、やめてくれええええ」
あいつら号泣しながら頭を振り乱しているぞ。いったい、何をされているんだ。
見えない地中でどんな酷い拷問が。手足をじわりじわり何かに食われているのかっ!?
俺も畑に引き込まれたら、同じこと――いや、切り付けた俺はもっと酷い目に遭わされるというのか。やべえぞ。この二人を畑に押し出してその隙に逃げるしかねえ。
「隊長、逃げましょう! もう、逃げるしかありません!」
「し、しかし、あんなに苦しんでいる部下を置いてっ!」
優しい上司ごっこの続きはあの世でやりな!
問答無用で王女様の背中に蹴りを入れる。うまい具合にフォルシも巻き込まれて畑へと倒れ落ちた。
「な、何をするゴルド!」
うっせえよ、馬鹿ども。よっし、今なら――風を切る音!
畑の方向から飛来してきた何かを長年の勘で切り落とす。へっ、その程度の速度なら視界が甘くとも何とでも……何だ顔にかかったこの、粉?
「ぐああああっ、目が目があっ!」
目が焼けるように痛む!
こすってもこすっても、涙が溢れ、痛みが治まらんぞ!
一体全体何が起こっているんだっ!
「ごふううっ!」
今度は背中から何かに吹き飛ばされただと!
何とか受け身を取れたが、何て衝撃だ。腰骨が折れたかと思っちまったじゃあねえか。
目を何とかして早くここから立ち去ら、立ち去ら、たち……体が沈んでいく!?
足下が泥状になっているのかっ。しまった! 跳ね飛ばされた方向は畑か!
「くそっ、くそっ! 俺はこんなところで死ぬわけには、死ぬわけにはいかねえんだあああぁぁぁ……」
泥が腰から更に上へと迫ってきやがる。どうにか、どうにかならないのかっ!
なんとか足掻いてみたが、首まで到達したところで俺は全てを諦めた。




