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俺は畑で無双する  作者: 昼熊
畑の守護者編

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十二話

 空が段々と闇に染まり始めている。そろそろかな。

 北東方面から複数人の足音が流れてきた。

 雪の降る日は周囲の雑音が消えるので、雪の踏みしめる音が良く聞こえる。


 まず現れたのは、粗末な革鎧の上に防寒対策のマントを羽織った……女性か。栗色の髪を後方で縛っているな。

 服装は野盗っぽいが、どうにも顔つきが野盗には見えない。引き締まった表情からは、何と言うか荒くれ者の雰囲気がない。


「何っ、本当に畑があるだと。それも明かりが灯っているとは」


 やはり、うちの野菜が目当てではないのか。畑の存在に驚いているようだ。

 ん、後方から更に二人の男が出てきたか。一人は金髪のセンター分けで、これも野盗が似合わない爽やか系の坊ちゃんと言った感じだ。

 坊ちゃんと言えば、執事さんところの坊ちゃんは野菜の効果があったのだろうか。少し……いや、かなり気になる。


 って、そんなことを考えている場合じゃないな。もう一人の男は――あ、野盗だ。

 それも、かなりの荒くれ者だ。ぼさぼさの頭に無精ひげ。頬に刃物傷まであるな。理想的な野盗スタイルと言っていいだろう。

 アンバランスな三人だな。女性と金髪は元貴族で落ちぶれたというところか。で、あの厳つい野盗を雇っている。ってのはどうだろうか。

 実際、あの女性がリーダーらしく、後から現れた面々に指示を出しているし。


「取り敢えず、周辺を調べろ。雪童を見つけたら自分一人では手を出さずに連絡をしろ。ただし、何度も言うが傷つけるな。相手は体が大きいとはいえ幼子だ。できることなら、傷つけたくはない」


 雪童か。あの巨大幼女の名前じゃないよな。種族みたいなものか。

 それと、あの女性リーダーは彼女を捕まえに来たと言うので間違いはない。だけど、無暗に傷つける気はないのか。

 んー、俺が話せたら話し合いに応じてくれる可能性もありそうだが、何せ意思の疎通がなー。誰か通訳でもいてくれたらいいんだが。

 無い物ねだりをしてもしょうがないか。やるべきことをしないと。


「お頭。探すのはいいんですが。家や畑には入らないようにしねえといけませんぜ。噂によると、家や畑、そして、そこの大きな石がおそらく墓石。その三つを荒らすと、畑の守護者が怒り狂うと聞いてやす」


 お、無精ひげは情報を仕入れているのか。


「そうなのか。わかった。お前ら、畑とそこの妙な民家、そして墓石には手を出すな!」


 意外と素直だなあの女性リーダー。偉そうな口調としかめっ面の表情から察するに、性格がきつそうなのだが。

 まあ、その三つを荒らさないのであれば、暫くは観察といきますか。

 追っ手の数は全部で10人か。装備は野盗っぽいが、よく見るとどの革鎧も大きな傷がないな。それに、薄汚れてはいるが作りがしっかりしている。

 以前、何度か野盗や冒険者っぽいのが野菜を盗みに来たが、その人たちが着ていた革鎧よりも質が良く新しそうだ。


「南は崖になっております。そこから逃げた可能性はありません」


「なるほど、引き続き周辺の捜索を頼む」


「はっ!」


 やり取りが完全に軍隊だよな。まあ、この世界に詳しい訳じゃないから、ちゃんとした組織として成立している野盗がいる場合もあるだろうが、無理して野盗のコスプレをしているようにしか見えない。

 何処かの軍隊が野盗の真似をしてあの子――雪童を探している。かなり、きな臭くなってきた。


「隊長、西側には誰も」


「お頭だ」


「隊……お頭、こっちにも何もいませんでし……やした」


「ご苦労」


 何と言う三文芝居。野盗の振りをするならもう少し頑張れよ。

 これは完全にどっかの組織が野盗の振りをしていると考えてよさそうだ。全員が女性リーダーの元へ集まってきたな。

 もう太陽が完全に隠れてしまったので、全員がランタンのような物をぶら下げている。うちの畑はど真ん中に立てた長い丸太の先端に、一番光量の強い魔法の灯りをぶら下げているので、畑とその周辺ぐらいなら、問題なく動ける筈だ。

 必死になって雪童を探しているようだが、どれだけ頑張ろうと見つかるわけがない。探し物は俺の中だ……この表現、あれだアウトっぽい。


「となると、この家が一番怪しい訳だが」


「しかし、窓や扉の大きさから考えて、雪童が入れるとは思えないのですが」


「んや、あの巨体、一時的なら小さくできるかもしれませんぜ。冬以外は体が縮むって話が本当なら不可能ではねえでしょう」


 えっ、この子、縮むの!?

 冬以外小さくなるって、意外すぎる体質だな。異世界に慣れてきたつもりだったが、俺の考えなんて到底及ばない、神秘の世界だ。


「確かにあり得るな。ならば、家屋へ侵入せねばならんのだが。畑の存在に謎の民家。この二つが噂通りだった。となると畑の守護者の存在が問題だ」


「今のところ姿を現していませんが」


 女性リーダーと金髪君は決めあぐねているようだ。

 このまま帰るなら、俺も手を出す気はないが。


「お頭。帰るなんて言わねえでくださいよ。噂によれば、守護者は人の言葉を理解するってえ聞きやした。ここは畑に向かって目的を告げてみるのも一興ではありやせんか」


 無精ひげは引く気が無いのか。一応リーダーを立ててはいるが、雪童を捕まえることを諦める気はないようだ。

 リーダーが見てない時に浮かべる表情が、何かを企んでいますと断言できるレベルの悪い顔をしている。一枚岩ではないのか。


「そうだな。無断で押し入って守護者を敵に回すのは得策ではない。んっ、守護者殿聞いておられるか。我々は故あって雪童という大きな体をした幼子を探しておる! 彼女は絶滅が危惧されている種族で、その特殊な力により様々な組織から狙われている。我々はそんな彼女を国で保護する為に探しているのだ。この家屋に逃げ込んだ可能性があるので、中をあらためさせて欲しい! 構わないだろうか!」


 保護ねえ。そんな優しいのりじゃないような。あの子は怯えきっていたし、追いかけてきた連中もまるで狩りをしているかのような必死さだった。

 さーて、どうする。ここは返事をする為にも土の腕を出すべきか。

 無言を貫けば、守護者はいないと判断して家に押し入るだろう。

 うーん。相手は目的を告げ、頼みごとをしてきたのだ。ここはそれなりの誠意を見せておくべきか。


「何も変化が無いか。守護者の噂だけは違ったようだな。ならば、致し方ない。お前ら、玄関の扉を開けてくれ。鍵がかかっているなら、強引ではあるが無理や……うおおおおっ」


 女性リーダーが土の腕を見て、池の鯉の様に口をパクパクさせている。

 この人、リアクションが非常にいい! さっきまで、きりっとした表情とのギャップが萌えポイントだ。目を大きく見開いて、驚いた顔はかなり若く見える。実は20歳にも満たないのかもしれない。


「隊長、後ろに!」


 おっ、女性リーダーの前に抜刀した野盗ごっこ中の仲間が割り込んできた。

 この女性、人望はあるみたいだな。全員が――いや、ほぼ全員が剣を構えている。無精ひげの男だけは構えもせず腕を組んで、動物園の珍獣を見るような目が俺を捉えている。


「ま、待て。皆、剣を下ろせ! こちらが話しかけておきながら、武器を構えるのは無礼であろう。申し訳ありません、守護者殿」


 やっぱり、この女性は話し合いに応じてくれそうだな。

 いいよいいよ、気にしないで。俺は手を左右に振って、そうアピールしておいた。


「許して頂けるのですね。ありがとうございます。では、改めまして。こちらに雪童が逃げてきたと思われるのですが、守護者殿はご存知でしょうか?」


 う、うーん。ストレートな問いかけだな。ここを正直に対応するか、嘘を吐くかで未来が激変しそうだ。さて、どうすべきか。

 俺はいつもの棒を拾うと、野盗ごっこ連中から少し離れた場所に移動して、畑に『はい』と書いた。

 何故、素直に認めたかというと。今、正直に対応しておかないと、後の交渉に悪い影響を与えると判断してのことだ。それに嘘をついても、雪童が通った跡が残っているのでバレバレだしな。


「やはり、ここにきたのですね。今は何処にいるのでしょうか?」


 その問いには『はい』『いいえ』『どうぞ』『すみません』しか書けない俺には答え辛い。地下室の入り口を素直に教えるわけにもいかないし。どうしたもんか。


「お頭。守護者は、はい、いいえ。といった簡単な受け答えしかできねえらしいですぜ」


 ナイスフォローだ無精ひげの人。

 俺がどう対応していいか悩んでいたから助かったよ。


「そうでしたか。では、単純な質問を。雪童を……匿っているのでしょうか?」


 嘘を吐くだけ無駄だな。『はい』と書く。


「やはり。ならば、雪童を引き渡してもらえませんか?」


 ここは即答だ『いいえ』


「何故です! 彼女は我々に必要なのです!」


 お、態度が急変した。声を荒げ、切羽詰った感じだな。

 それに、必要ときたか。この人、嘘が向かない人だ。雪童を保護する為に捕まえようとしていたなら、「必要」なんて言葉は出ない。何かしら利用する気だということか。

 雪童には何か秘密が隠されているのかもしれないぞ。

 俺は足元に雪童が雪を掻き分けて逃げて、後ろから兵士が追う絵を描き、そして、絵の上に大きく×を重ね、相手を批難する。

 その絵の意味を汲み取ってくれたようで、女性リーダーは渋面になり唇を噛みしめている。悪い人ではなさそうだが、だからといって信用できるかは別だ。


 悪事を理解した上で、苦渋の決断をする人もいる。この人は自分の行動が誇れないことだというのは理解している筈だ。言動の端々に躊躇いが見え隠れしていた。ポーカーフェイスが向かない人だ。


「まあ、ガキを大人が追い回しておいて保護するじゃ、相手も納得しねえよな。なら、王からの親書を見てもらえますかい」


 お、無精ひげが懐から巻物を取り出して、畑の上に置いた。

 王様からか。段々大袈裟な話になってきている。正直、若干面倒になってきているが、ここで放り出すわけにもいかない。読ませてもらうとするか。

 その巻物を手にする為に、畑の上を土の腕がすーっと移動する。今、視界は土の腕の手の平辺りに移している。どうせなら紐を解いて中が見えるように畑の上へ置いて欲しがったが、こういうのは勝手に封を解いたら怒られるのだろうな。


 畑の隅に置かれた巻物を土の手に取り、結ばれていた紐を解き、畑の上へ親書を広げる。

 まあ、字が書けない俺が読めるわけもないのだが、一応読んだ振りぐらいしておくのが礼儀だろう。ええと何々、えっ、この巻物中身が書いてな……いっ!?

 驚きもう一度中身に目を通したところで、俺の視界はぐるぐる回り始めた。


 何だ、何だ、視界移動もしてないのに、地面と空が交互に――

 薄れていく視界の端に、ゴルドと呼ばれていた男が剣を振り抜いた格好のまま、口元を歪めたのが映り、俺はようやく理解した。


 土の腕を切り裂かれたことに。


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