十一話 追っ手
「こっちの方向へ逃げているのは間違いないな」
「あの図体ですからね。後はばっちり残っています。私たちも歩くのが楽で助かっていますよ、隊長」
「隊長はやめろと言っている。ここではお頭だ。いいな」
「はっ、隊長!」
びしっと敬礼をしている部下を見て、思わずため息が漏れる。
まあ、数年騎士暮らしをして、いきなり野盗の真似ができるわけもないか。
王の命令とはいえ、この任務を良しとしない者が多いのは理解している。私もその内の一人だからな。
「しかし、体が大きいとはいえ見た目が幼子を、追い回すというのは……」
我が騎士団の中で最も若手である、フォルシは納得できていないようだ。
騎士というのは平民より生まれも育ちも恵まれた者が多い。そんな者たちが粗末な革鎧を纏い、乱暴な荒くれ者を演じているのだ。プライドが傷つけられたことだろう。
「まあ、そういうなや。あの雪童を捕まえれば、俺たちはかなりの報酬と地位の向上を約束されているんだぞ。金も名誉もガキを捕まえるだけで手に入る。万々歳じゃねえか」
会話に割り込んできた男――ゴルドは無精ひげとぼさぼさの頭が野盗らしく、むしろ、騎士だと言われた方が違和感のある男だ。
「そうだ、これは王から直接受け賜わった大切な任務だ。皆、心して掛かれ」
「はっ!」
「へいへい」
ゴルドの対応の方が今は正しいのだが、こいつの態度は素だからな。
厄介な男ではあるが、我が隊で最も腕が立つのも確か。他の騎士たちと違い傭兵出身で、こういった現場に最も適した人材だ。
総勢10名しかいない我が部隊だが、ここで任務を果たし、騎士団での立場を上げる絶好の機会。逃すわけにはいかない。
「しかし、あの魔物……雪童ってのは、そんなに価値があるものなのでしょうか」
フォルシの疑問もわかる。私も詳しくは知らないが、どうやら雪童を所有する者は幸運が訪れるとかどうとか。そういう昔話を幼き頃、ばあやに聞かされた覚えがある。
「おや、騎士様の間ではあんま知られていないのか。雪童ってのは、生き残りが少ない希少な巨人族――雪精人のガキを指していてな。その子が成人、つまり18歳になったその日、首を刎ねると永遠に溶けることのない氷の像となるのさ。その首は世の中を恨み、死んでいる筈の口から呪詛が溢れ出し、そいつがいる一帯は碌な目にあわねえ。その呪いにより壊滅した町や村は数知れないそうですぜ」
えっ、そんな話聞いたこともないぞ。まさか、嘘だ……。
「何だと。ばかな、そんなこと訊いていないぞ! 私は貴重な種族なので捕まえて、国で保護すると――」
「あれ、そんな建前本気で信じていたのですかい? おやおや、なら余計な事を言っちまいましたね」
肩を竦め小馬鹿にした態度を隠そうともしないゴルドの首を、この場で刎ねたい衝動に駆られるが、今は堪えろ……。
「ならば、そんな災いの元を何故、欲しようとするのだ。おかしいではないか」
「全く、もう少し人の裏側を見た方がいいですぜ。その首を何で後生大事に抱えておかないといけないんですかい? 敵対している国にそっと忍ばせておけば、どうなると思いますかい?」
まさか、敵対する国を呪いの力を借りて滅ぼそうというのか。
そんな邪悪なものの力を借りねばならぬほど、我が国は……。
「そんな驚くことですかい? 最小の犠牲で最大の成果を得る。戦術の基本ですぜ」
「そんなことはわかっている! だがそれは、戦うことを生業としている我々で成し遂げるべきことだ! 何のかかわりもない幼子を捕まえ、殺す為に育てるなどっ!」
頭に血が上り、雪山だというのに体が燃えるように熱い。
名誉ある騎士団の一員であることを胸に、どんな任務もこなしてきた。騎士団で最も最下級に与する、たった10名の部隊だが、誇りを捨てたことは無い。
「じゃあ、なんですかい。雪童を見逃し、任務を投げ捨てて帰りやすか? そして、また、任務という名の雑用を押し付けられ、肩身の狭いまま生涯を閉じる気ですかい」
悔しいが、ゴルドの言うことは正しい。それは理解できる。
我々は騎士団とは名ばかりで、町民の揉め事の対応や、土木工事の見張り、どうでもいい雑務だけを押し付けられる部隊。
隊員の殆どが問題を起こして居場所がなくなった者や、能力が低く役に立たず、もしくはゴルドのように地位の低い平民出身者だ。
これは、千載一遇のチャンス。
この任務を成し遂げれば、我々の地位は向上する。
私は弱き立場の者を救いたい。その為には力が必要だ。
そう、そうだ。多くの者を助ける為に犠牲は必要となる。当たり前ではないか……当たり前では……。
「ゴルド様、質問があるのですが」
「おいおい、フォルシ。お頭から命令されたことを、もう忘れちまったのか。ここでは、俺はゴルドの兄貴だろ」
二人のやり取りを耳にして、私の中で渦巻くどす黒い何かが、少し晴れた気がする。
決断を即座に下す必要はない。二人の話を聞きながらじっくり考えるべきだ。
「では、ゴルドの兄貴様。雪童についてなのですが、あれ程の巨体であれば直ぐに見つかりそうなものだというのに、何故我々は数か月も時間を要したのでしょうか」
それは私も疑問に思っていた。この山に隠れているという連絡を受けて、ずっと探索を続けていたというのに、見つかったのは数時間前だ。
急に気温が下がり、雪が積もり始めたこの時期。こちらは機動力も減り、探索する術を失いかけていたタイミングでの吉報。ありがたいことだが、フォルシと同じく、頭に引っかかっていた。
「ああ、それはな。雪童というか雪精人は元々寒い地方に住んでいた魔物で、寒くなり雪が積もると真価を発揮するらしいぞ。寒さが足りない時期は身が縮み、それこそ人間と変わらない姿らしいな」
「なっ、そんな情報聞いておらぬぞ! 何故、今まで黙っていた!」
雪童についての情報は巨人の血を引く一族で、体が大きく子供でも大人を超える上背だということぐらいだ。それを知っていれば、もっと早く捕まえられたことだろう。
「早くも何も、俺がこの部隊に配属されたのは一週間前ですぜ? それに、そんなことも知らないで追っているなんて、予想すらできねえよ」
くっ。確かに情報不足だったのは認めよう。体が大人以上とはいえ幼子相手だ、直ぐに捕まえられると慢心していたのは事実だ。
「なるほど、つまり、今の巨体が本来の姿で、私たちが探索していた夏や秋は体が小さくなっていたのですね」
「そういうこった。小さなガキが山で隠れたら、10人程度じゃ探しきれないだろうさ」
フォルシが感心したように何度も頷いている。
私はこんな男に下げる頭は無いが、その情報は脳内に叩き込んでおくことにした。
「あの、雪童というのは強いのでしょうか? ここは結構魔物が多く、かなり凶悪な種も存在します。我々でも数人でかからねば勝てぬ魔物がいる場所を、生き延びたということは」
「あのな。敵の強さも知らないで捕まえようとしていたのか? 正気かよ……」
呆れ果てたというのを体中で表現して、わざとらしく大きなため息をこれ見よがしに吐いている。くそっ、反論できない自分の愚かさが歯がゆい!
「雪精人ってのは、寒さを操ると言われているそうだ。口からは氷の息を吐き、その手で触れられた者は体の芯から凍り付く」
神妙な顔で淡々と話す言葉に、思わず息を呑んでしまった。
王はさほど危険性のない任務だと仰っていた。その言葉を真に受けて我々は楽観視をし過ぎていたのか。
「ってのは、成人の雪精人だがな。未成年の雪童はちょっと寒い程度だろうぜ。だが、奴らは神に好まれた種族らしくってな、危険を察知する能力や魔物に敵対心を持たせない加護みたいなのが、産まれながらに備わっているって噂だな。で、本来の強大な力は成人を迎えた日に一気に跳ね上がる。だから、その日に殺すと、全ての力が呪いへと変換され、希少な呪いの品が出来上がるって寸法だ」
ゴルドめ、私の反応を楽しんでいるな。わざと危機感を煽るような発言をして、からかっている。文句の一つも言いたいところだが、この男の意見と知識は貴重だ。今は耐え忍べ。
「すみません、もう一つ。首は呪いの品になるのは理解できましたが、首から下はどうなるのでしょうか?」
「おっ、中々鋭いじゃねえか。首から下は氷像となり……」
何故、そこで言葉を区切る。焦らさずにさっさと先を言え!
「どんな呪いをも消滅させる氷像が出来上がるって寸法だ」
「不思議なものですね。首は呪いを与え、体は破呪の力がある」
「そう。貴重で不思議な魔物だ。だからこそ、乱獲され希少種になったわけだがな」
そういうことか。
おそらく体は国が確保しておき、呪いを与えた国が亡ぶのを待つも良し、呪いを解く氷像を交渉の切り札として使うも良しか……。
何と言う汚さだ。醜い国の政治に魔物とはいえ幼子を殺す為に利用する。
私の目指した騎士道とは程遠い、あまりに下劣で濁りきった世界。
だが、だからこそ、誰かが導き正す必要がある。
ここで任務こなし、功績を上げれば私にも機会が巡ってくるだろう。
第八王女である私にも。
「皆の者、良く聞いてくれ! もう少しで陽も落ちるだろう。そうなれば、捜索は益々厳しくなる。その前に、雪童を捕獲する! ただし、殺傷行為は禁止とする。出来るだけ無傷で捕まえるのだ!」
「はっ!」
「おやさしいこってまあ」
ゴルドの嫌味が耳にこびり付くが、あえて無視をする。
最後には死ぬ定めではあるが、それまでは出来るだけ願いを聞いてやり、穏便に平和に暮らさせてやりたい。それに、雪童が成人になるまでにはまだ時間がある。
それまでに国を手中に収めることが叶えば、雪童も逃がしてやれるだろう。
だからすまん。この場はお主を利用させてもらうぞ。
「しかし、隊長。大丈夫でしょうか。これ以上進むと噂の場所に近づいてしまいます」
フォルシが行軍中に隣へ近寄ると、周囲に聞かれないよう小声で囁いてきた。
噂の場所か。ふっ、馬鹿馬鹿しい。
「あのような戯言を信じているのか。山奥に突如現れる畑には美味なる野菜が育ち、土の腕の形を借りた守護者がいる。だったか。あり得ん」
「ですが、そのありもしない噂を聞きつけて、今まで何人もの人々が山の奥へと進んでいったのはご存知ですよね?」
確かに。我々の捜索の邪魔になるので野盗の振りをして追い払ったが、それでも包囲網を突破して山奥へ進んだ者が何人も存在した。
「だが、誰も帰ってきておらぬではないか。先に何もないことが分かり、そのまま反対方向へと下山したのであろう」
「それがですね……見張りを担当していた者が妙な光景を何度か目にしていまして」
「妙な光景? 私はそんな話聞いていないぞ」
「私も今日まで戯言だと信用していなかったのですが、この状況です。一応耳に入れておいた方がいいかと思いまして」
どんなに小さなことでも、怪しいことがあれば必ず連絡しろと、口を酸っぱくして言い続けてきたのだが……まあいい。罰を与えるにしてもそれは後だ。今は話を聞こうではないか。
「話せ」
「はい。幾つかの目撃情報をお伝えします。山の上から白いウナススが引いた荷台に男が乗っていた。ウナススに跨って山を疾走する、女ハンターがいた。四匹のエシグに槍の柄や靴ひもを切られた。真黒なキリセが時折、木の上からこっちを見つめていた。とのことです」
動物たちか。噂によると畑の守護者は僕となる動物たちを、手足のように操っているらしい。噂が本当なら、目撃された動物たちは守護者の僕と考えるとしっくりくる。
「あり得んな。あまりにも荒唐無稽すぎる。だが、凶暴な野生の動物がいる可能性は高いだろう。警戒を怠らないように皆に伝えておいてくれ」
「わかりました!」
守護者に僕の動物か。
その存在が本当だとしたら、我々は山を荒らす余所者ということになる。
できることなら敵対したく無いものだが。




