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俺は畑で無双する  作者: 昼熊
畑の守護者編

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九話

 あ、メイドさんが気を失った。

 執事さんは全身を小刻みに震わせながらも何とか耐えているようだ。無理やり立ち上がろうとしている姿が、産まれたての小鹿に見える。

 メイドさんが幸せそうな顔をしているな。料理に満足してもらえたようだ。

 前に村の料理店の主人が、食べた人たちが中毒症状に陥り、狂気すら感じる時があるなんて言っていたが、それは過剰な表現だと思っていたのだが、どうやら嘘ではなかったらしい。


 執事さんはウサッター家族に温泉へ案内させて、メイドさんはボタンと黒八咫に家へ運んでもらおう。

 温泉もかなり気に入ってもらえたようで、初め少し熱いという仕草をしていたので、ボタンに温度を下げる為の水を運んでもらったが、実はあれはあまり意味がない。

 俺が水温を調整できるので、ボタンにやってもらったのは俺の力を誤魔化すための行為だ。ああやったら、水で温度が下がったと思ってくれるからな。


 あっ、温泉に入ったところも裸も見えてしまったのだが、別に故意じゃない! たまたま視覚移動させたところが、そこだっただけで、わざとじゃないんだからねっ!

 まあ……性欲全くないから、覗いたところでどうってことないんだが。

 執事さんは何とか温泉にたどり着いたようだ。音声だけは聞こえるようにして、視界の移動はしなくていいか。

 別に深い意味はないが、決して女性ではないから見ても仕方がないとかではない。そこは強調しておきたい。


 黒八咫とボタンが帰ってきたか。ウサッター家族は温泉の周囲を見張ってくれているようだ。執事さんは風呂から上がったら、もう一杯冷えた果汁でも飲んでもらってから、家へ案内することにしよう。

 今のところ危害を与えるつもりはないようだから、一晩泊めたら帰ってもらうか。

 食事場を畑の一角に作ったのは正解だったな。言葉は通じなくても、こっちの歓迎する気持ちをある程度は伝えることができたから。

 見た感じも悪い人たちじゃなさそうだし、万が一悪人だったとしても返り討ちにするだけだ。


 しかし、坊ちゃんの性欲を増す野菜を欲しがるとは。

 うちの野菜は栄養価も高いし、たぶん、野菜に含まれる効能もかなり強くなっている筈だ。初老に差し掛かっていそうな執事さんも、あの食事でかなり元気になったように見えた。

 ……はっ、今、家に二人を入れたら滾っている者同士でとんでもないことにならないか!

 お互いが夫婦か恋人同士なら構わないが、そういった関係には間違っても見えなかった。となると、動物たちも一緒に家で寝てもらうとしよう。この中ではボタンが適任だろう。あとで頼んでおくか。


「素晴らしい料理に、心地よい露天風呂でした。このような山奥でこれ程の贅沢を味わえるとは、感謝の言葉もありません」


 俺がみんなと食器の後片付けをしていると、体から湯気を出しながら歩み寄る執事さんの姿があった。

 また執事服を着ているのか。もっとラフな格好になればいいのに。

 あ、ボタン、黒八咫、ジュース持ってきてあげて。

 俺の頼みごとに反応して、予め用意しておいたジュースを二匹が運んでいる。


「これは、先程と色が違いますが、風呂上がりの一杯をいただけるのですね……今度こそは油断をせぬように……」


 食後の不意打ちで腰砕けになったことを踏まえて、執事さんは表情を引き締めると、中身を一気に煽った。


「くはああっ! 風呂上がりの体に心地の良い冷たさと酸味が染み渡りますな」


 でしょう。やっぱり、風呂上りは冷たい飲み物に限る。

 執事さんも満足したようで、お盆に載せて運んできた二匹に礼を言い、空のコップを返している。


「ところで、モウダーの姿がありませんが」


 周囲をのんびりと見回しながら、その視線は鋭い。

 口調も呑気さがうかがえるが、それは上辺だけで警戒は解かずに、彼女の身を案じているようだ。


「クワックー、クワクワッ」


「ブフォオ、ブフォオ」


 黒八咫とボタンが同時に家の方へ頭を向け、上下に首を振っている。


「おお、家に中に運んで頂けたのですか、ありがとうございます」


 律儀に動物たちに礼を返してくれている。

 これ以上、屋外に引き留めていたら折角、露天風呂で温まった体が冷えてしまう。黒八咫、ボタン、家まで案内してあげて。

 ボタンの上に黒八咫が飛び乗り、ゆっくりと家の扉に向かいながら、執事の方に振り返った黒八咫が手招き――翼招きしている。


「わたくしも屋内で眠ることを許してもらえるのでしょうか」


 ちらっと土の腕に視線を向けた執事さんに『はい どうぞ』と地面に書いて、手の平を空へと向けて、どうぞどうぞと促す。


「何から何まで、お世話になります。それでは、お言葉に甘えさせていただきます。おやすみなさいませ」


 頭を下げる執事さんに、俺は軽く手を振っておいた。

 扉の中に姿が消えたのを確認すると、俺は温泉へと移動する。

 土の腕を硬くして、水を弾く仕様にするとウサッター家族と黒八咫と一緒に、掃除を始めた。ボタンは二人が変なことにならないように、メイドの隣で見張り兼、添い寝だ。

 みんな、床を拭いたら寝床に戻っていいから。

 そう指示をしないと限界まで手伝ってくれる良い子ばかりだ。一生懸命やってくれるのは嬉しいが、俺と違って休養を必要とするこの子たちには根を詰めてもらいたくない。

 脱衣所もそんなに広くないので、三匹と土の腕一本あれば、あっという間に仕事が終わってしまう。みんな、器用に雑巾やお手製のブラシを上手く使ってくれている。


 よっし、終わったぞー。みんなお疲れさん。眠る前に果物一つ食べていいからね。

 清掃の最終確認をした後、風呂場にも設置しておいた集光石の灯りを消した。

 そういや、お婆さんの家にはこの明かり取り用の道具が結構あった。それだけじゃなく、未だに使い道の良くわからない道具も、まだまだある。


 昔、百の加護を持ち、旅を続けていたお婆さんが若い頃に購入した物らしいが、その事実を知るオータミお婆さんから話を聞くことは一生叶わない。

 ただ、結構価値のある物らしく、ハンター崩れの人や、怪しい男たちが何度か野菜と一緒に盗もうとしていた。家の物置と化した部屋にある道具の数々は、人によっては宝の山なのだろう。


 俺はその道具の数々をちゃんと見たことは無い。なんせ畑から動けないから。

 ただ、以前住んでいたキッチョームさんたちや、中の掃除を任せている黒八咫が何度か道具を持ってきたので、それで知っているだけだ。

 いつか畑から出て家に入れるようになったら、家の中をじっくり探検してみたいな。


 あれから数年が経ち、人型に成れるか何度も実験を繰り返したが、人型はおろか腕がもう一本現れることもなかった。せめて、穴を瞬時に掘ったり、土の山を意識的に作れればいいのだが、そういうことも不可能だ。

 穴を掘りたければ土の腕でスコップや鍬を使って掘るしかなく、山を作りたければ土の腕を崩して残土で作るか、土の腕で土を集めて山を作るしかない。

 穴を自由自在にあけられたなら、落とし穴創りたい放題で楽しそうなのだが、今のところ新たな能力が目覚める足がかりすらない。


 でも、正直な話、人型になることに、それ程執着は無い。腕だけでも充実した日々を送っているから。ただ、もう一本腕が欲しいのと、畑からでて世界を見て回りたいとは思っている。

 折角異世界に来たからには、やはり異世界の町や城とかを一度は目にしたい。


 この畑の敷地を取り囲む見えない壁が何なのか、オータミお婆さんからも説明はなかった。一番可能性が高いのは――『呪い』の加護だろう。

 呪いがどういったもので、どんな効果なのかは一切不明だが、畑の敷地に魂が固定され、そこからは一切出ることができない。

 ここは異世界なのだから、そんな呪いがあっていても不思議ではない。


 この100×100メートルが俺の世界。アウトドアな引きこもりといった新ジャンルに絶望しそうなものだが、今のところ楽しんでいる。

 それに、もし『呪い』の効果なら何かしら対処方法があるのではないかと睨んでいる。

 呪いを解く方法。畑に転生するより現実味がある筈だ。

 って、呪いが解けて畑の敷地から腕を伸ばせるようになったところで、どうやって移動するんだという、更なる難関が待ち構えているのだが。


 前途多難だな……。

 だが、諦める気は毛頭ない。嘆き悲しむ暇があるなら努力した方がましだ。

 それに、絶望なんてしたらオータミお婆さんがきっと悲しむ。

 空から見ているお婆さんに、毎日が充実して日々を楽しんでいる姿を見せつけてやるんだ。

 こんなに幸せで、動物たちとはしゃぎまわり、頑張っている。


 そんな俺を見て笑ってくれたらいい。


 よっし、じゃあ、最近深夜の習慣になっている、アレをするか。

 俺の手造りグッズの一つを物置から出してきてと――やるかっ!





「な、何事ですかっ!」


「どこ行くのぉ。ウナススたーん」


 あっ、今日は客人がいるのだった。

 執事さんはまだ寝る前だったようで、驚きはしているが目が冴えている。

 メイドさんは熟睡していたのだろう。寝ぼけ眼でボタンの背に抱き付いたまま運ばれてきた。

 とりあえず地面に『すみません』と書いて、自分が使っていた物を指差す。


「これはこれは、守護者様は多芸なのですな」


「ん、朝じゃないの? ふあああ、もふもふぅ」


 執事さんは納得してくれたようだが、メイドさんはボタンの毛に埋まりご満悦で、もうどうでもいいみたいだな。

 お詫びに果物を一つ渡し――もちろん、ボタンにも渡しておいた。二人に頭を下げるように手首を何度も曲げ、二人と一匹が家に入るのを見送った。

 失敗したな。ここは民家が無いので騒音で苦情を言われることが無い。

 それに動物たちは基本、一度寝ると危険を感じない限り起きてくることが無いので安心していた。一応寝床にはお椀型の屋根があり、冬場は防寒対策で入り口の扉も閉めるようにしているので、土壁は結構防音性能が高い。

 夜中に俺がはしゃいでも、誰に迷惑を掛けることもなかったのだが。


 今日は自重して音の出ない趣味に没頭するか。

 俺も多趣味になってきたもんだ。陶芸もしていれば、ボタンたちが持ってきてくれた木材を加工して家具作りや、絵の練習も欠かしていない。

 ふと思ったのだが、何か芸術家っぽいな。このまま、趣味を続けていればいつかいっぱしの芸術家レベルに到達する日が来るかもしれない。

 そしたら、個展を開くのもありかもしれない。お婆さんの家に作品を飾って展示場にしてもいいし、新たに小屋を造ってもいい。

 案外悪くないかもしれないぞ。有名になったら人が集まって、ここも賑わうかもしれないな。理想的な展開としては――





 会場となったお婆さんの家の前からずらっと並ぶ長蛇の列。

 人々が割り込みや、列を乱さないように見張っているのは、おそろいの帽子を被った黒八咫、ボタン、ウサッター一家。

 そして、ファンにインタビューするマイクらしき道具を持った美しい女性と、カメラのような、そんな魔法道具ぽいのを担いだ男性。


「見てください。現在、畑大先生による個展が開かれている会場に並ぶ人の列を! 近隣の町からだけではなく、大陸中から集まったファンの方々です! では、インタビューをしてみましょう。すみません、何処からいらっしゃいましたか?」


「東の果ての漁村から来ました。今日この日の為に路銀を貯め、憧れの畑大先生の作品をこの目で見たくて見たくて」


「わかります。私も実は大ファンなのですよ」


「貴方もですか! 自らの体を実際に削り創り上げた、陶芸の数々もさることながら、繊細なタッチで描かれた絵画の染料は全て、畑で採れた作物から抽出しているそうですよ!」


「そうだったのですか。知りませんでした。あの柔らかな色彩は、丹精込めて育て上げた野菜があってこそなのですね」


「自然と一体化した畑先生の作品は究極であり至高の芸術。ああもう、楽しみ過ぎて逝きそうです!」


「どうもありがとうございました。このように、熱心なファンが数多く、行列が途切れる気配がありません。更に今回は特別に会場前に設置された抽選で選ばれた100名限定で、畑大先生の手料理が振る舞われるとあって、ファンたちの興奮は最高潮に達しています! もう、我慢できない! 私も並んできますので、後はよろしくお願いします!」


 早々にインタビューを切り上げ最後尾に並ぶ女性。


 うむ、悪くない!

 いいぞこれは……この未来を掴む為に趣味にも力を入れないと。

 栄光の未来に向かって、俺は極めてみせる!

 新たな目標ができたことにより、この冬は芸術活動に邁進することになる――と思ったのだが、現実はそんなに甘くないことを、後に知ることとなる。


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