七話
最近めっきり寒くなってきた。
冬支度と言えば暖房だよな。俺は何があっても平気だが、問題はうちの子たちだ。野菜は冬野菜を既に植えている。長年育て進化させてきたので寒さにも強く、少々の事では枯れないだろう。
だが、動物たちは別だ。
去年までは畑の一角に、屋根付きの土で作った寝床を作り、ほんのり腹立たしい過去を思い出し、常時、室内を暖めておいた。
そして、今年は更なる対策をしている。
ウサッターの子供たち二匹がいるので、念には念を入れておいても損は無い。
何だかんだ言って、畑の西側も充実してきたな。
簡易の台所と土窯。
動物の寝床。
農耕具の道具入れ。
タネや苗を保管する箱。
趣味で作った陶器を入れる食器棚。
あと、暇つぶしで制作したその他もろもろを収納するスペース。
そしてもう一つ、お気に入りの施設がある。俺は使えないが、結構自信のある出来をしている。少なくとも動物たちには大人気だ。
っと、噂をすれば何とやら。森からボタンがやってきたな。もう少し寒くなってきて雪が積もると、ボタンの体毛が保護色となって見分けがつかなくなる。
あれ、ボタンだけか。
ウサッターの子供二匹は始めての冬に戸惑っているようで、寝床で未だに丸まっているけど、両親と黒八咫の姿が見えない。
太陽が沈み始めているから、みんな晩御飯を食べに戻ってくる時間なのだけど。
うーん、これはまた何かあったか。
「クワッ、クワッ、クワー」
黒八咫の鳴き声か。これは客人の訪問を告げる鳴き方だな。
それも敵意のない客人か。数は二人。
ウサッターとウッサリーナも出迎えに行っているのか。
「そろそろ、到着ですかな」
「ああ、エシグぅぅぅ」
落ち着きのある声と色っぽいというか艶っぽい声がする。
男女の二人組か。訪問客としては珍しい組み合わせだ。
森の木々の間からまず飛び出してきたのは、ウサッター夫婦か。続いて黒八咫。そして、客人は――へっ? 何で、こんな場所に執事とメイドが?
あの黒で統一されたスーツみたいなのって、良くアニメとか漫画で見る執事服だよな。オールバックの髪形に口髭なんて定番中の定番だ。
あと隣で鼻息荒く目が血走っている若干壊れ気味の女性が着ているのは、白と黒を基調としたスカートが少し短いメイド服だ。ちゃんとハイソックスを履いて絶対領域と呼ばれる、ちょっとだけ太股の肉を露出しているのはポイントが高い。
頭にフリルのついたカチューシャを付けているのも、この服を選んだ人はポイントを理解している人だ。
はっ、異世界で日本を彷彿とする格好を見て、少し興奮してしまった。落ち着け俺。
「ここが噂の。噂通り、いえ、それ以上に芸術的なセンスをひしひしと感じる、区画整理された美しい畑ではありませんか」
おー、この執事さん、わかってくれている。
陽の光が均等に行き渡るように配置するのは当たり前だが、色づく実や葉の色も考慮して、どこに作物を植えるかにも拘っていた。
この畑に現れる人は北か東側からやって来ることが多い。なので、北東から見られることを考えて色彩豊かな光景になるようにしている。
畑の西側と南側からは未だに誰も現れたことが無い。キッチョームさんたちも口にしていたのだが、南側には切り立った崖があり、畑に隣接する家がある西には大きな山が見える。
そして、南東には廃墟と化した村。
西と南は天然の防壁に守られているので、その分、北と東は魔物や獣、あとは招かれざる客人用に色々と準備はしている。
「あっ、あのエシグのお腹に顔を埋めたい……」
メイドさんは動物好きをこじらせているのか。
ウサッターとウッサリーナが若干怯えているな。う、うーん、悪い人ではなさそうだが、今のところ、この子たちを近寄らせないようにしよう。
「初めまして。名は明かせませんが、私はとある高貴なお方に仕えております。名をステックと申します。以後お見知りおきを。今回は伝説の畑を見守っていらっしゃる守護者様にご相談がありまして、遠路はるばるやってまいりました」
恭しく頭を下げる執事さんの隣で、目を爛々と輝かせてウサッターたちを凝視しているなメイドさんは。
執事さんは礼の姿勢を崩すことなく、メイドさんの頭を鷲掴みにして、無理やり頭を下げさせている。
背中が見えるぐらい腰を曲げているからわかったのだが、メイドは結構な大きさのリックサックのような袋を背負っている。
かなり膨らんでいるので、かなりの重量があると思うのだが、体が全く揺れることなく安定している。実は相当な怪力なのだろうか。
「そして、この馬鹿はモウダーと言うのですが、覚えていただく必要はありません」
「ど、動物が見えないぃぃぃ」
メイドさんは必死になって頭を上げようと足掻いているようだが、執事さんの力が勝っているようで、頭を下げた体勢に固定されている。
「はっ、そうでした。まずは墓参りをさせていただかなければ。モウダー、これ以上、醜態を晒すようであれば……わかっていますな」
「失礼しました」
今、驚くほど冷たい声で命令したな。
メイドさんの態度も一変したぞ。だらしない顔つきが引き締まり、今は無表情に近い。
よくわからないコンビだ。警戒はしておいた方がいいか。
動物たちの寝床にいるウサッターたちの子供に、外に出ないように釘を刺しておく。
「安らかな眠りを妨げてしまい、申し訳ございません。敷地に足を踏み入れることをお許しください」
「お邪魔しております」
丁寧にお参りしてくれている。
メイドさんが手にしているあれは何なのだろう。
背負い袋から細長い筒を取り出すと、その蓋を開ける。すると、中から新鮮な花が顔を出した。
俺が墓石の前に備え付けている手作りの花瓶が二つあるのだが、そこには今、何も花が生けられていない。冬が近くなるとこの辺りで咲いている花を見つけるのが難しい為だ。
その分、野菜のお供え物を充実させているが。
花瓶にメイドさんは白い菊のような花を生けると、水筒から水を注ぎ、墓石を綺麗に掃除してくれている。
今まで来た客人で、ここまで丁寧に掃除までしてくれた人は初めてだ。
頼みごとがあり、その交渉をスムーズに進めるためにやっていることだとしても、悪い気はしない。
「畑の守護者様、改めまして我々の願いを聞いていただきたい」
「お願いします」
そこまでしてもらったのだ、叶えられる願いなら努力させてもらいますよ。
「実は旦那様……の御子息、坊ちゃんについてご相談がありまして。旦那様はできた御方で自身は何の問題もないのですが、坊ちゃんがその何ですな」
ここまで話しておいて何で言い淀んでいるのだろう。目を閉じたまま、願いを口にしているので感情が読み取りにくいが、その指は忙しなく髭をしごいている。
「ぶっちゃけ、女装趣味なのです」
「モウダー。もう少し言葉を選びなさい」
こ、これは予想外だったな。真剣に悩んでいるようだったから、深刻な病気か大怪我でもして後遺症が残るといった事態を想定していたのだが……女装趣味って……。
「まあ、言葉を濁したところで事実が変わるわけでもありませんか。坊ちゃんは幼少の折からとても可愛らしく、よく女性と間違われることがありました。性格も大人しく控えめで、男の服を着ていても男装にしか見えないぐらいでして」
中性的な顔立ちなのだろうか。
これがムキムキマッチョの女装趣味とか言われたら、想像するのもきつかったが、可愛らしいのか。現代日本なら一部の男性陣と女性に大人気になりそうだな。
「幼い頃はそれでも良かったのですが、もう十代も半ば。一粒種の跡取りとして、もう少し男らしくなってもらわねば困るのです」
「私は可愛らしくて好きですが」
お、おう。まあ、あれだ仕える者としては困るよな。このままだと坊ちゃんで家系が途切れそうだし。
でも、そんな相談を俺にされても困るぞ。女性っぽい人が男らしくなる野菜なんて心当たりもない。
「見た目だけではなく心も女性寄りなので女性に興味がなく、まあ、あれです」
「女性に欲情しないのです」
執事さんが言いにくいことを、ズバリ言うメイドさんだ。
あー、心までも、ということは性同一性障害というやつか。
異世界では受け入れられないだろうな。日本でも最近になってようやく、同性愛を認める土壌ができつつあるが、それでも認知には程遠い。
ちなみに俺は性同一性障害で悩んでいる友人がいたので、偏見は全くないが……それはさておき、何となく執事たちが望んでいることがわかってきたぞ。
「そこで、性欲を漲らせるような、そんな食材はありませんでしょうか!」
あ、やっぱり。
あれか、滋養強壮剤という精力増強させる食物を探しているわけだ。
「お坊ちゃまに効果が無ければ、旦那様にもう一度頑張ってもらうという方法も使えますので」
なるほど。跡継ぎが必要ならば、旦那様が何歳なのかは知らないが、あっちが元気になれば可能性は薄くない。
馬鹿らしいと一蹴してもいいような悩み事にも思えるけど、性同一性障害なんてこの世界では受け入れられないだろうし、跡継ぎがいなければ家が滅びる。必死にもなるか。
真面目に考えてみよう。
精力増強剤で真っ先に思い浮かぶのはバイアグラだが、あれって実は心臓病の薬で本来は血流を良くする為の薬だったよな。男のあれって血が巡って勃起するものだから、バイアグラが効く。
ちなみにこの知識は男なら誰しも好奇心が疼いて、一度はネットでググったことがある常識だと思う――あるよね? あるって言ってくれ。
さて、それはさておき、バイアグラは無理だとしても、一般的に知られている精力が増す食べ物か。俺でも知っているのはまず、ウナギだよな。これは魚なので除外する。
野菜となると、ニンニクか?
バイアグラと同様に血液の流れを良くするという考えなら、生姜もありだな。
あとは、ネバネバする食材もいいと聞いたことがある。山芋やオクラといったあたりか。
ニンニクに似た野菜、ヌワヌケは夏に収穫したな。
生姜は発音が難しくて、スャエギ。あれも旬は夏から秋にかけてだった。
オクラっぽい野菜は名前を教わってないからわからないが、あれも夏に採れたな。
となると、丁度旬なのが見た目は山芋とそっくりだが、皮の色が何故か紫のユミウマがベストか。
オータミお婆さんは、この紫山芋を育てていなかったのだがボタンが好物らしく、一昨年だったか山から掘って畑まで持ってきたのだ。
どうやら俺にここで育てて欲しいと訴えているのだと判断して、ダメで元々、育ててみたら意外と簡単に増えて、今では冬の貴重な食材の一つとなっている。
一応、ニンニクとショウガも畑の一角に設置した、保存室に保管はしている。うちで育った野菜たちは、怪しい薬品でも入っているのではないかと不信感を抱きたくなるぐらい、日持ちするので、適度な冷たさを保てれば半年ぐらいは楽に越せる。
ちなみに保存室は畑の土で作った穴を掘った地面に、硬く凝縮した土の屋根を被せただけだが、そこの一帯は俺の身の毛もよだつような怖い体験シリーズのおかげで、常に一定の寒さを保っている。
となると、山芋とニンニクとショウガ渡しておこうか。
ここでの振舞い方は噂になっているようで、執事さんとメイドさんもそれに倣い、目を閉じたまま地面に顔を向けている。
畑の上にいる黒八咫に保存室からニンニクとショウガを持ってきてほしいと伝え、ボタンには山芋を掘り出すように頼む。
俺は土の腕を畑から伸ばすと、目を閉じている二人へと近づいた。
姿を現すかどうか迷っていたのだが、ここの情報収集をかなり真剣にやっていたのは、ここまでの言動で理解できる。
だとしたら、土の腕も知っていることだろう。ここで見せておいた方が、今後の説明も楽だし、面倒が省ける。
ウサッター夫婦が籠を俺の近くに持ってきたので受け取ると、黒八咫とボタンからも野菜を受け取った。
それを籠に入れたのだが、これだけ持って帰らすのは芸が無いな。
他にももう一つ籠を用意して、白菜と大根に似た、ヒケシウとヂウカワも詰めておいた。
それを二人の前にわざと音がするように、豪快に置く。
一瞬びくりと体を揺らした二人だったが、ゆっくりと目を開け土の腕を正面から見据えている。
少しだけ驚いた素振りを見せたが、二人とも冷静だな。やはり、事前に情報を得ていたようだ。
「貴方様が畑の守護者ですか」
俺はいつもの意思疎通の手段で、地面に『はい』と書き込んだ。
「噂通り、言葉が通じる……」
無表情のように見えるが、メイドさんは驚きを耐えているだけのようで、ぽろっと本心が口から漏れている。
俺は籠を土の腕で相手の方向へ少し押すと『どうぞ』と地面に書いた。
「これはこれは、立派な野菜ですなヒケシウとヂウカワは存じておりますが、この植物の根のようなのが二種類と長い芋でしょうか。この三種は見たことがありませんな。モウダーはどうです?」
「芋以外は、おそらくヌワヌケとスャエギの根ではないでしょうか」
そういや、このニンニクもどきとショウガもどきは、葉の部分しか食べないのが一般的だったな。このまま持って帰ってもらっても、食べ方がわからないというオチがありそうだ。
となると、とうとう日ごろの成果を見せつける時が来たか!
「ほう、根も食べられて、精力増強に効果があるという訳ですな。ありがとうございます。では、お礼は後程になりま――ええと、何を?」
帰り支度を始めていた二人を止める為に、俺は地面に絵を描くことにした。
野菜を包丁で切り、お手製の土鍋にそれを入れ、火をかける。そして、中身をお椀に入れてメイド服と執事の服を着た棒人間に振舞う、絵を。
「これは、料理をご馳走していただけるということでしょうか?」
その通り。地面に『はい』と書いた後に指で丸をつくった。
肯定すると流石に二人も驚いた様子で、口を半開きにしたまま俺の腕を凝視している。
まあ、土の腕が自分の畑で採れた野菜を料理したら、そりゃ度肝を抜かれるか。
ふっ、まあ、待っていたまえ諸君。
暇に飽かして毎夜料理に明け暮れた俺の腕――土の腕は相当なものだ……と思う。
さあ、見るがいい!
我が包丁さばきを!
あ、待っている間で暇だろうし、寒いだろうから、そこの露天風呂使っていいよ。
自慢の施設その一、露天風呂に入るように二人を促し、俺は異世界で初めて料理を誰かに食べてもらえることに心――土壌を弾ませながら、料理に没頭した。




