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俺は畑で無双する  作者: 昼熊
畑の守護者編

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三話

 砂埃を巻き上げ荷猪が遠ざかっていく。

 かなり揺れるから確実に酔いそうだけど、大丈夫かね。

 しかし、黒八咫は本当に頭がいい。カラスは賢い動物だとは知っていたが、異世界のカラスであるキリセはもっと頭が良いようだ。

 ウサッター、ウッサリーナ、ボタンも俺の言いたいことを察して行動してくれるが、黒八咫は器用さも兼ね備えているので、頭一つ抜き出ている気がする。


 あの、鍛冶屋の人。確か名前はゴウライだったか。娘さんを心配する、いい親父さんだったな。娘さんの症状を聞く限りでは、あれって野菜不足の人がなるビタミンやミネラル不足でたぶん間違いないよな。

 肌荒れに吹き出物。変な匂いというのは野菜を取らないからだろうし。肉食メインで野菜嫌いの奴ってかなり体臭が酷いからな。

 男性の体臭がきつい原因の一つが肉食メインなのがどうとか、テレビで言っていた気がする。


 トイレに行く回数が減っていたのも便秘だからだろう。野菜の食物繊維を取れば快便間違いなしだ。

 うちの野菜はビタミンも豊富だろうし、食物繊維もばっちりだ。

 もし野菜嫌いだとしても、一口食べたら病み付き間違いなしだからな。

 ただの野菜不足だと侮ってはいけない。この世界では日本よりも体が資本だ。健康でいられないというのは大きなハンディーとなる……と思う。


 そういや、最近雨不足だったから、何処の村も作物が育たず困っているのかもしれない。

 この畑で採れる野菜は成長するまでが異様に早いから、これを売りに出せれば近隣の村も助かるか?

 だが、売り捌く手段が無い。

 いくら頭がいいとはいえ、黒八咫に売買させるわけにもいかないよな。

 荷運びはボタンがいるから大丈夫だとしても、黒八咫が商品を並べて、代金を受け取るのか……何だろう、黒八咫ならやれそうな気がするのが怖い。


 うーん、俺が交渉するにも畑から出られないし、言葉も通じないからどうしようもない。

 文字も以前ここを訪れた察しのいい旅人が、俺の身振り手振りを見て、言葉は通じているけど声も出せないし、文字もわからないことに気づき、簡単な言葉だけは教えてもらった。

 俺が書ける文字は現地語で「はい」「いいえ」「どうぞ」「すみません」だけだ。

 本当は何泊かしてもらって、文字の勉強をしたかったのだが旅人も急いでいたみたいだからな、無理は言えない。

 こうなると迷い込んできた行商人あたりとコネを作って、販売ルートを確保できたら面白いことになりそうなのだけど。


 でも、それに必須なのは会話能力。声に出せないから筆談となるが、文字の勉強か。参考書も資料もないから、どうしようもないんだよな。

 今になって思うのだが、キッチョームさんたちがいる間に、文字教えてもらうべきだった!

 迂闊すぎるだろ俺……。毎日が忙しくて楽しくて日々があっという間に過ぎたのもあったが、身振り手振りと感情を伝える能力で、意思の疎通ができていたというのが大きかった。

 だけど、あれからここを訪れる人は、極力畑に入らないようにしているので感情を伝えることができない。


 もし、感情を伝えられたとしても、細かい交渉や売買契約は不可能だろう。

 う、うーん。こんど、あの鍛冶屋の人が来たら、絵で文字を勉強したいという意思を伝える努力をしてみるか。

 となると、昔、授業中に教科書の隅に書いた、パラパラ漫画の腕を生かす時がきたようだな!

 これからは、日課の一つに絵の練習も加えておこう。毎日一時間程度、地面に枝で絵を描くこと。うんうん、目標があるのは良いことだ。

 今日のノルマは終了しているし、後の時間は絵の勉強に当てるか。





 おっ、羽音と地響きが聞こえるぞ。

 二匹とも帰ってきたか。お帰り、お疲れさん。

 さあ、水分をたっぷり含んだタミタでも食べて喉を潤してくれ。

 無事に送り届けられたようだな。まあ、ボタンも黒八咫も、そこらの魔物より強いから心配はしてなかったよ。


 相変わらず良い食べっぷりだ。うちの野菜を食べ始めてから、体の不調もないようだし、元気そのものだな。たまに喧嘩というかライバル心が疼くらしく、どちらの獲物の方が立派か競い合っているようだが、直接傷つけあうこともないので、悪い関係ではないだろう。

 ウサッターとウッサリーナは仲睦まじい夫婦で争い事もなく、黒八咫とボタンとも関係は良好だ。


 と、噂をすればなんとやら。夫婦が子供を連れてやってきたか。

 二匹の子供の性別は不明だが、どっちも元気でやんちゃなようだ。たまにはしゃぎ過ぎて作物にぶつかったりするが、そこはウサッター夫婦がちゃんと叱っているようだ。

 この子たちの性別が判明したら名前付けてやらないとな。

 ああ、ごめん。お前たちもご飯欲しいよな。今日は好物の人参に似たヌワズワを一本ずつ食べていいから。子供たちはもっと柔らかい野菜の方がいいか――いらぬ心配だったようだ。良い音をさせて食べている。


 ウサギに似た動物であるエシグは、見た目が殆どウサギなのだが耳だけが少し違っている。鋭利な刃物の様に鋭く尖っているのだ。ウサギの丸みを帯びた耳ではなく、頂点が鋭角な二等辺三角形が付いている。

 実際、その耳は刃物の様に鋭く、基本大人しい生き物なのだが、追い詰められるとその耳で相手の足首を切り裂き、足を封じてから逃げるそうだ。

 ちなみにうちの畑では、イネ科の作物等を採集する際に大活躍している。


 体感でだが、あと一時間ぐらいで日が落ち始めそうだ。明るいうちにするべきことはもうないかな。んー、一応念の為に家の掃除しておくか。

 畑の隅に並べておいた壺を土の手で掴むと、いつものように水を溜めよう。


 そうあれは小学四年の頃。

 あの日、俺は家路を急いでいた。昨日、親父が珍しく高価なスイーツを貰ってきたからだ。昨日の晩から今日の三時のおやつにそれを食べる。それだけが楽しみで、うきうき気分で家に帰った。

 母親にただいまという間も惜しみ冷蔵庫を開けるとそこには――


 壺に溢れる寸前まで水が溜まっている。いや、水じゃないな、結構温かい。

 あの時の悔しさと苛立ちが混入したらしく、水がお湯とまではいかないが、かなり温められてしまっている。

 まあ、床掃除をするには、ぬるま湯の方がいいか。


 この壺は畑の土をこねて整形した後に、怒りの炎で焼き上げた一品だ。元々体の一部なので、土の手で持てば温度を上げることも、こうやって水を湧かせることも可能となっている。

 黒八咫。食べ終わったばかりで悪いけど、家の鍵開けてもらえるかい?

 そう伝えると、顔を上げてこっちを見ている黒八咫に預かっている鍵を渡す。


「クアー」


 ひと鳴きして鍵をくちばしで受け取ると、お婆さんの家の前までトコトコと歩いていく。

 そして、三本ある足の真ん中に位置する足を挙げて鍵を掴むと、その場で羽ばたきホバーリングすると、器用に鍵穴に鍵を差し込んで、ゆっくりと扉を開けた。

 壺の中に、ここを発ったキッチョームさんたちから譲り受けた雑巾を四枚放り込む。


 ああ、わかっているよ。ウサッター、ウッサリーナ、ボタンもよろしく頼むよ。家に入る前にはちゃんと足を拭くんだぞ。

 俺の心の声に反応して、三匹が頷く。良く絞った雑巾を頭に乗っけると、落とさないように気を付けながら歩いている。

 家の中に入っていく三匹を追うようにウサッターの子供たちも家の中に入ろうとしたので、俺は手でブロックしておいた。


 お手伝いはもう少し大きくなってからでいいから。お前たちはここで俺と遊んでいような。よっし、何をしたい? 指を虫の足に見立てて追い掛け回す、鬼ごっこするか!

 前にやったときは大好評で、本気で逃げていたもんな。

 あ、何か後ずさりしているぞ。おっ、二匹が俺を無視して畑で遊び出した……ちょっと悲しい。


 独り暇になってしまった。本当は俺も家の中に入って拭き掃除でもしたいが、畑の敷地からどうやっても出ることができない。まるで敷地を囲うように見えない壁でもあるかのように、土の腕を先に延ばすことも叶わない。

 みんな頭がいいからちゃんと拭き掃除をやってくれるだろう。細かいところは黒八咫が担当してくれるからな。

 たまに風を通しておかないといけないし、ここまで来た人に一晩宿を貸すこともあるから、家は清潔に保っておかないと。


 そういや、以前、魔物から匿った新人のハンターは元気でやっているだろうか。

 リアクションが良くて色々からかってしまったが、明るく良い子だったな。

 ああいった不意の客が来るから、おもてなしの準備は万全にしておきたいところだ。しかし、妙な噂が立っているようで、結構頻繁に人が訪れるよな。

 その噂のおかげで、殆どの人がちゃんとお婆さんの墓に手を合わせてくれるから、こちらとしては、ありがたいことだけど。


 みんなが掃除している時に何もしないというのは罪悪感があるな。

 お手製食器を新たに作るか。もう一本手があれば陶器の成形も楽になるのだが、贅沢は敵か。最近では何とかやれるようになってきたし、今日は皿でも作ろう。

 っと、陶器を焼くお手製の釜も確認しておくか。

 どっちかというとオーブン代わりに使うことが多いから、メンテナンスをしておかないと。


 黒八咫たちは野菜を生で食べるので調理をする必要は全くないのだが、俺は最近料理に凝っている。折角、土鍋や土のフライパンも作り、皿もあるのだ。となると、料理を盛りたくなるのが人情だろう。

 それに料理ができると、ここを訪れた人に食べさせて驚かすこともできる。


 あと、もう一つ利点がある。料理をしてから吸収した方が多くエネルギーを吸収できる。味覚というものはないのだが、料理を吸収すると何と言えばいいのか、軽い快感のような物を感じるのだ。

 料理のできによって増えるエネルギーと快感の度合いが違うので、料理に身が入る。


 前は料理をするという発想もなかったので、あの若いハンターに手料理を披露してあげられなかったが、今度来たら振舞ってあげることにしよう。

 また、いいリアクションしてくれるのだろうな。

 驚いた顔を想像するだけで、思わず顔がニヤつく――違った、畑が柔らかくなる。


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