一話
おっ、ウサッターにウサリーナじゃないか、久しぶり。最近二匹一緒に顔見せないと思ったら、子連れでやってくるとは……リア獣かっ!
可愛らしい子供たちじゃないか。よっし、畑さんからの出産祝いだ。獲れたての野菜、どれでも好きなの食べていいぞ。いっぱい栄養を取って大きくならないとな。
この羽音は、やっぱり黒八咫か。今日も艶のある見事な黒だな。ん? いつものお礼に虫を取ってきたって。そんな気を使わなくていいんだぞ。だが、ありがたく養分にさせてもらうよ。
ご飯食べていっていいぞ。今日のは、いつにも増してみずみずしくて、食感もいいと思うから、味わってくれ。
っと、ボタンもきたか。黒八咫と対照的な白い体毛が美しいな。
ちゃんと、畑を荒らさないように慎重に歩いてくれているようだ。猪突猛進なのは程々にな。一応、お前さんがみんなのリーダーなのだから、冷静さも重要だぞ。
俺の畑の隅で新鮮な作物を一心不乱に食べている動物たちを眺め、俺は至福の時間を過ごしている。
癒されるわー。やっぱり、動物っていうのは食べるより愛でないとな。
しっかし、あの反抗的な態度は何処に行ったのやら。当初と比べて、この子たちは完全に懐いている。やはり、丹精込めて育て上げた野菜による、懐柔作戦が上手くいったようだ。
皆がいなくなって一週間が過ぎた頃だっただろうか、いつものように畑の作物を狙いに来た獣を駆除しようとしたのだが、その姿を見て俺は土に呑み込むのを躊躇ってしまった。
怪我をしているのか?
ウサギに似たこの動物は確かエシグだったか。骨が浮かび上がるぐらい体も痩せこけて、それも二匹。もしかして、夫婦か恋人同士なのかもしれないな。
これを殺して栄養にするのはちょっとなぁ。歩くのも限界が近いのか、よろよろと不安定な足取りだ。
う、うーーん。散々、畑に吸収しておいて悩むなんて偽善にも程があるが、それでも、やっぱり、人として――体は畑だが、助けてやりたいよな。
ああっ、畑に辿り着く前に体の小さい方が倒れた。おおっ、大きい方が体の下に入り込んで持ち上げたっ!
く、くそぅ、そんなものを見せつけられたら、黙っていられるわけないだろ!
一番美味しそうなのは……いや、ここは栄養が豊富で、水分を含んでいる野菜がいいか。噛む力もあるか怪しいな。だとしたら、実の柔らかい物がいいよな。
念の為に四種類の野菜を選び、土の手でもぎ取ると、殆ど動かなくなった二匹のウサギもどきエシグの前にそっと置いた。
あー、毛を逆立てて威嚇しているぞ。まあ、土の腕が現れて野菜を置いたら、そりゃ怖いよな。食べて欲しいけど、警戒して口にしようとしない。
少し離れてみるか……やっぱり、食べないか。
安心させるにはどうしたらいいのか。身振り手振りでアピールしても伝わらないよな。となると、腕を消したら安心するかな。
暫く待ってみたが食べないな。
どうしたら食べ……あっ、簡単な方法があるじゃないか。頭――土質が固くなっていたようだ。俺は話せないが意思の疎通は可能じゃないか。
畑に触れているのなら、強く想えば俺の感情は伝わる筈。
すうううぅ。息は吸えないが深呼吸をするイメージで精神を統一しろ。
俺はキミたちを助けたいんだ。だから食べてくれ、お願いだから。
心からその事だけを思い、畑にいる二匹に優しく語り掛けるイメージで強く頭に思い浮かべる。
二匹は辺りをキョロキョロと見回すと、見つめ合っている。
どうやら、想いは届いたようだが……おっ、少しだけ元気が残っている方が、野菜に鼻を近づけ匂い嗅いでいる。
よっし、そのまま、そのまま、食べてくれ。
警戒はまだ完全には解けていないようだが、背に腹は代えられないのだろう。小さく口を開いて、熟れた実に噛り付いた。
ど、どうだ。
一口齧った後、エシグは目を大きく見開いた。そして、背負っていたもう一匹を背から降ろすと、自分が口にした野菜を相手の口元へと運んだ。
かなり弱っている方はもう一匹が食べて安心しているようで、何の迷いもなく口にした。
そこからが圧巻だった。二匹は凄まじい勢いで野菜へ喰らいつき、瞬く間に口の中へと消えていく。
限界だったのだな。物の数分で全て食べ終えた二匹は緊張の糸が途切れたのだろう、その場に崩れ落ち深い眠りへと落ちていった。
このまま寝かせてやってもいいのだが、今日は夜雨が降りそうなんだよな。土が少し湿っているし。
決めた。寝床を作ってやろう。
俺は畑内の作物ゾーンから少し離れた場所に浅めの穴を掘り、以前作っておいた泥状の土に枯れた作物の葉や蔦を混ぜ、雪で作るかまくらのような御椀状の屋根を作った。
これだけでは未完成だ。ここから昔のイラッとする経験を思い出して、泥を程よく乾かすと、浅い穴に被せておく。
あとは穴の中に枯れた雑草を敷いて、二匹を起こさないようにそっと運び入れておいた。
お疲れ様、ゆっくり休んでいいからね。
俺は手作りの土の家で眠る二匹を、ずっと飽きずに見つめていた。
あれ以来だよな。動物を安易に殺せなくなったのは。
畑に入り込んだ動物にはまず、心から語り掛けることにした。
野菜が欲しいなら上げるから、畑を荒らさないでくれ、と。
こちらの想いが伝わっても、無視して突っ込んでくる相手は強制的に排除させてもらったが、理解して大人しくなる動物も少数だが存在した。
そうこうしているうちに、完全に懐いたのかこの子たちだ。毎日畑にきて餌をねだる動物たちにはちゃんと名前を付けている。
三本の足と、三つの目を持つカラスに似たキリセという動物には、黒八咫。
額に一本角が生えた猪とそっくりな純白のウナススには、ボタン。
きっかけとなったウサギもどきの茶色く短い体毛のエシグ夫婦には、ウサッター、ウッサリーナ。
夫婦の子供たちにも今度名前を付けてやるか。
あれから、何年かの時が流れたが思ったより充実した、楽しい日々を過ごしている。
畑の手入れは行き届いているし、加護もかなり上手く発動させられるようになった。
動物を吸収しなくなって、栄養の補充に困るのではないかと心配したのだが、それは意外な抜け道を発見して、今では昔よりも栄養補給が効率よくできるようになった。
っと、熟れ過ぎて地面に落ちている野菜が結構あるな。
みんなはお腹一杯でこれ以上食べられないようだ。なら、いつものようにこの野菜たちを――吸収しておくか。
そう、丹精込めて作り上げた野菜を自ら吸収することにより、育てるのに消費した栄養が数倍になって返ってくるのだ。
これこそ究極のリサイクル。動物たちにご飯を与えても、野菜はまだまだある。余った野菜の殆どを俺が吸収するので、無駄に腐らせ捨てることもない。
栄養を溜め込めば溜め込む程、体の調子が良くなってきて加護の操作もかなり楽にこなせるようになっている。
感情による土質変化も場所と範囲の絞り込みも狙い通りにやれるし、感情の起伏の幅が小さくても以前より変化が大きく、範囲を狭めて威力を上げることも可能となった。
いやー、順風満帆な日々だな。
この子たちもいずれは寿命を迎え、死んでいくことになるだろう。だが、ウサッター、ウッサリーナ夫婦のように新たな生命を育み、世代は変わっても俺の畑にきっと来てくれる筈だ。
永遠の生も寂しくはない。強がりではなく心からそう思う。
それに――
「クカアアアッ!」
黒八咫が天に向かって鳴いている。これは、また誰かがここに向かっているのか。
何の音も聞こえないが、黒八咫の察知能力は優れているので間違いはないだろう。しかし、黒八咫も他の子も立派になったよな。
うちの野菜を食べているこの四匹は当初と比べかなり体が大きく逞しくなっている。体長は二回りほど大きくなり、身体能力もかなり向上しているようだ。
以前、黒八咫が自分より大きな緑魔の死体を持ってきたのにも驚いたが、それを見たウナススのボタンが対抗意識を燃やしたらしく、次の日に2メートル以上はある角の生えた体が赤黒い鬼のような死体をドヤ顔で持ってきたのには、度肝を抜かれた。
決して仲が悪い訳ではないのだが、ライバル視しているようで、何かと張り合うことが多い。まあ、喧嘩していても俺が頭を撫でると、途端に落ち着くからいいんだけどね。
「クアッカークアッカー」
っと、物思いにふけっている場合じゃなかったな。
黒八咫は近くの木の上で待機。
ボタンも家の影にでも隠れていて。
ウサッターとウッサリーナは危なくなさそうな人なら、ここまで道案内してあげてくれるかな。
心で語り掛けると地表にいる全匹に伝わり、各自持ち場へと散っていく。
俺の栄養を送り込んだ野菜の成果なのか、そもそも動物は感情を感じ取りやすいのか、理由は定かではないが、この子たちは俺の考えていることを理解して行動してくれる。
さーて、今日の客人はどんな人かな。
畑に危害を加えるような人なら、強制的に撤去させてもらうが。
一時期、ここに住んでいたキッチョームさんたちから情報が広まったのか、どうかはわからないが、時折、ここに人が訪ねてくるようになった。
厄介事を持ち込む人や、畑の野菜を狙う盗人も結構やってくる。
でも、それ以外の思わず助けたくなる人が来る時もある。
今度はどっちなのやら。
俺は土の腕をひっこませ、その人が現れるのを静かに待つことにした。




