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俺は畑で無双する  作者: 昼熊
目覚め編

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十話

二話同時投稿、一話目です。

 オータミお婆さんがここから離れ、一人きりの夜を迎えた。

 いつも一人と言えば一人なのだが、近くの家にお婆さんが居てくれるだけで安心感があったようだ。今になってそれが身に沁みてわかる。

 害獣や害虫が現れ、縁魔と呼ばれる魔物も実際に目撃した。この世界は日本と違い死が隣り合わせの危険なところだと、頭では理解していたつもりだ。

 だけど、何とか対処できてきたことにより、やっていけるのではないかと心に油断があったのを認めないとな。


 俺は畑の土だ。魔物がやってこようが盗賊が現れようが、何の問題もない。死ぬこともなければ痛みも感じない。踏み荒らされたところで、文字通り痛くも痒くもないのだ。

 だが、お婆さんは違う。歳の割に元気だとはいえ、縁魔や猪もどきのウナススを相手にしたら、ただではすまない。

 何故、村から離れたこんな場所で、老人一人で暮らしているのか。


 稀に仕事中、独り言をこぼすことがあるのだが、その言葉を拾い集め解析した感じだと、この家には一、二年前まで息子夫婦と孫と一緒に暮らしていたらしい。

 だが、何か不慮の事故があり、息子が死に、嫁と孫は実家に帰った。オータミお婆さんも嫁の実家で暮らさないかと誘われたのだが、ここに残ることを決断して独り暮らしをしているところに、俺が畑に転生した。


 俺が何とか手伝えるようになった今は、日常生活に少し余裕が出てきたようだが、俺が唯の畑だったら、お婆さんは過労で倒れていても不思議ではない。

 早く帰ってきてほしいと思う反面、キッチョームさんの家でずっと安寧に暮らして欲しいと願う自分もいる。

 せめて会話ができて、お婆さんをもっと手伝えるなら……と、いつも思ってしまう。


 寂しいのかな。色んな事を考えてしまう。こういう時は頭をからっぽにして、夜景を眺めるに限る。

 視界に広がるのは満天の星空。毎日毎日、地表から空を眺めることしかできない俺の、ささやかな楽しみが、この星空だ。

 闇に浮かぶ幾つもの星々が集まり、日本では見られない幻想的な美しさを見せつけてくる。そんな星々の誘惑に毎晩負けて、ぼーっと眺めるのが至福の時間。

 お婆さんも、この星空を見ているだろうか。キッチョームさんの家で、今頃楽しくやっているかな。久しぶりに一人じゃない夜を過ごせて、良かったねお婆さん。


 緑魔がこのまま現れないで、平穏無事な日々が帰ってくるのが理想だが、俺は待つことしかできない。なら、少しでも建設的なことをしよう。

 今は無理でも、一歩ずつ……いや、一ミリずつでもいいから、前に進まなければ。

 お婆さんが戻ってきたとき驚かせられるように、土操作を自分のものにしないとな。

 こうなったら一に鍛錬二に鍛錬あるのみ!

 さあ、気持ちを切り替えて頑張っていこう。





 二日目の朝。

 いつものように軽い悲しい思い出を記憶の棚から抜き出す。

 あれは確か、小学四年生のバレンタインデー。意識して無い振りをしながら、下駄箱や机の中を弄り、放課後、もう一度同じ場所を探っていた時――


 今日も、畑は良い具合に湿っている。

 畑を耕すことも種植えも俺にはできないから、今ある作物を枯らさないように水を供給して、害虫、害獣から畑を守りつつ、栄養を送り込むいつもの作業をこなしていく。

 最近ではお婆さんもかなり余裕が出てきたようで、未だ全く手が付けられていないエリアを、少しずつだが耕し始めている。


 今、利用しているのは畑の北西部。真上から見たら左上の部分。畑全体の三分の一しか使えてないのだ。

 お婆さんは畑を横に広げたいらしく、現在畑の北東部まで耕すのは済んでいる。後は種を蒔くだけといった状態だ。こういう時、土を体の一部として整形して操れれば、種蒔も自分でやれるのだが。

 無い物ねだりをしても仕方がないか。今は自分にやれることをやっておくしかない。


 丹精込めて育て上げた作物の匂いに引きよせられ、多くの虫がやってくる。地面を進む敵は土に埋めて養分と出来るのだが、問題は飛行系だ。

 蝶などの虫は地面に一度も下りずに作物の葉に着地するので、こちらは対処のしようが無い。砂を礫のようにして発射するなりできればいいのだが、土操作はマスターするにはまだ時間が必要となるだろう。

 まあ、今のところ被害が少なく、お婆さんの担当になっていたので放置していたのだが、これから暫くは一人だ、何とか対策を考えたい。


 作物の成長を早めてしまうと、誰も収穫しないまま熟しすぎてしまう。トマトに似たタミタなんて熟れ過ぎると身が破裂するからな。

 栄養を送り込むのは程々にしておくか。

 あと二日もすれば、幾つかの作物が食べごろになるのだが、オータミお婆さんはいつ帰ってくるのやら。


 おそらく相手が村を襲ってきて撃退するか、村を狙わずに離れていくのを待っているのだろうと予想はつく。それだと、相手が様子を暫く見て近くに潜んでいる場合、お婆さんはずっとここへは戻ってこられなくなる。


 う、うーん。正直寂しいけど、お婆さんの幸せを考えるなら……でもなぁ。

 最近考えが堂々巡りをしている。まあ、何を考え想像しようが、現実は変わらない訳だし、俺は待つことしかできないのだが。

 そうだな……うじうじ考えるぐらいなら今日の日課をやっておくか。


 土操作で人型を作ろうと考えたのがそもそもの間違いだったと最近気づいた。

 初めからそれは難易度が高すぎたのだ。まずは地表の土をほんの少しだけ動かし、小さな砂山を作ることから始めよう。

 まず、大事なのはイメージ。土が勝手に動き山を作る。今俺の体は畑だ。それを人間の体に見立てて山を作ればいい。

 人間の体で山を作るって……何だ?


 畑を地面に寝そべっている人間に置き換えてみよう。ええと、仰向けに寝転んでいる状態かな。ふむふむ、イメージはできた。

 そして、仰向けになっている体の一部に小さな山を作る……山を作る……あっ、作れ……るな。仰向けの人間が手足を動かさずに山を作る方法が、唯一だがあった!

 し、しかし、この考えはどうなんだ。今は畑だとはいえ、野外で昼間っから……い、いや、背に腹は代えられない。可能性が1%でもあるのなら試してみる価値はある。

 羞恥心など肉体と共に捨て去ってしまえばいい。


 そうだ、精神が大きく作用する今ならあり得ない話ではない!

 畑になった今なら過去の思い出や映像を鮮明に思い出すことができる。

 ならばやれる筈だ。記憶の蓋を開け、あの映像を思い出せば全てが判明する!

 さあ、我がPCの『受験対策フォルダー』に封印されしお宝動画、写真の数々よ。我が目的の為にその鮮明な映像を再生するのだっ!





 ……うむ、やはり上手くいかなかった。あれだ、この体やっぱり性欲ないな。

何を思い出し、ナニをしようとしたのかは秘密だが、この作戦は失敗した。

 あれだな、昔見た映像を思い出せる能力、転生する前に欲しかったな。そしたら、PCに空き容量がもっとあっただろうに。

 ああ、もう空は暗いな。一日を無駄なことに費やした気がする。

 でも、まあ、あれだ。オータミお婆さんが近くにいる時に試すのはどうかと思うし、試すタイミングは今だった。と自分を納得させておこう。


 土操作のアイデアもコツも未だに掴めないままか。何かきっかけが無いと無理なのかもしれないが、努力だけは続けるぞ。

 下手な鉄砲も数撃ちゃ当たるって言うし。いつか正解を射抜けるかもしれない。

 あと少しでお婆さんのいない二日目も終了か。

 お婆さん元気でやっているかな。俺はいつもと変わらない日々を過ごしているよ。


 さーて、湿っぽいことを考えていると畑に水が浸透してしまう。気分変えていくぞ!

 土を操作しよう、第五弾!

 気持ちの悪い体験を思い出して、鳥肌が立つ感じで地表が動くかの実験を開始します!


 そうあれは、夏休み自営で清掃業を営んでいるところに短期バイトで入った時の話だ。もう何年も使われていない雑居ビルの地下にある、元食堂。

 そこを清掃してくれとの依頼があり、俺も一緒に現場へと足を踏み入れた。

 何年も使われておらず、誰も数年開けていないその部屋の扉を開けると、そこは漆黒の闇だった。


 その時だ。一瞬、闇が蠢いたような気がした。

 気のせいだと自分に言い聞かせ、扉脇の電気のスイッチを押すと、元食堂の床は真黒な絨毯でも敷き詰めたかのようだった。

 油汚れがこびり付いて黒光りしているのかと訝しんだ俺が、その黒い絨毯へ一歩踏み出すと、絨毯全体が動いたのだ。それは絨毯ではなく、床一面にぎっしりと詰まっていたゴ――

 

 ああああっ、今の寒気がして完全に鳥肌が立った! 体があったら絶対に鳥肌が立っている!

 くそっ、鮮明に思い出し過ぎてしまった。だが、俺の目論見は完璧だ。これで、畑の地表にも変化が……あれ、霜が降りてないっすか?

 な、なるほど、寒気がすると地面が冷たくなるのか。冷静になるよりも変化が激しいな。勉強になった、脳内にメモメモ。

 目的とは異なるが進歩はした。いつか当たりを引くまでやり続けるとしようか。


 あー、もう深夜0時回ってそうだな。

 睡眠をとらなくていいというのは便利ではあるが、たまに睡眠したいなと思う時がある。精神が疲れた時や、何かを成し終えた夜。このまま、眠れたら気持ちがいいのだろうなと思ってしまう。

 夢も久しぶりに見てみたい。まあ、この状況が夢の中のようなものだが。

 はああ、慣れてきたとはいえ深夜の虚しさは心にくる。

 草木も寝静まり、聞こえてくるのは風の音と「ゴルウゥゥゥゥ」微かに聞こえる緑魔の声ぐらいなものだ。


 ん?

 緑魔の声?

 なっ、それもこれ、一体や二体じゃないぞ。かなり遠くだが、複数の声が聞こえる。それが徐々に遠ざかっていくということは、この近くを通り過ぎ――村へ向かっているということか!

 くそっ、空を見上げるしかできないこの身では、村の様子を窺うことすらできない!

 頼む、撃退してくれ!

 お婆さん無事でいてください!


 今の俺にできることは無心になって祈るだけだ。俺がこんなおかしな転生をしたんだ。神の一人か二人は存在するだろ!

 こんな状態にされたことは水に流すから、神がいるならどうかお婆さんたちを守ってください。

 必死な祈りが通じたのかどうなのか、それがわかるのは……そんなに遠くない未来だった。


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