“I, said the Sparrow.” -2-
ある日、ウソはカワセミと同じくらいの歳の少年を連れてきた。名前はカワウと云った。
「へえ、これが噂の」
彼はカナリアを見るなりそう云った。どうやら町ではロビン夫妻の孤児院が大火事になったと有名になっているらしい。
「足、包帯グルグルだな。痛くないか?」
カワウはベッドに横たわるカナリアの足を見て、少し顔を歪めた。
「痛みは私の薬で、ある程度は抑えています。ぎこちないですが、もう動くこともできるかと思います」
ウソがカナリアの代わりにそう言うと、カワウはよかったな、と答えた。
「安心しろカナリア、ウソ先生の腕前は確かだから、ちゃんと言う事聞いていれば大丈夫だ」
明るい少年だと思った。姿恰好は全く違うが、どこかカワセミに近い感じがする。人が好きで、それでいて反抗的で。そして優しく、人の心に容易に踏み入る。そんなところがカワセミに似ていた。別段カワセミのことが嫌いだったわけではないが、カワウを見ているとどうしてもカワセミを思い出してしまって、気持ちは暗くなった。
「なあ、お前、文字書ける?」
不意にカワウがそう声を掛けてきた。
「先生と筆談しようとしたんだろ。俺はこっちの人だから、常識程度には文字を書ける。どう、筆談しない?」
少し戸惑ってウソの方を見ると、彼は、やってみたらと頷いた。
なら。カナリアはペンを手に取った。羊皮紙はカワウがたっぷりと持ち込んでいた。ペンをインクに浸す。
“カワウさんは、この家の人?”
カナリアはそう書いた。するとカワウは、呼び捨てでいいよ、と前置きをしてから答えた。
「そうでもあり、そうでもないってところかな。訳ありで今この家に厄介になってる。ただ、この家の人とは血が繋がってる」
“ミセス・ロビンはどんな人だった?”
一瞬カワウの顔が暗くなる。
「彼女は…」
そう言って彼はどもった。何かが咽喉につっかえたような声を上げて、彼は手を握り締める。
「ミセス・ロビンは、俺の初恋の相手さ」
“そうなの?”
「ああ、でも生憎…彼女は俺と従姉弟同士だったから、すぐ諦めたけどな」
“いとこってことは、トウテンコウともいとこ?”
「ああそうだ。あいつは姉さんのいいところを全く受け継いでいないけどな!」
カワウは静かに笑った。そして、可愛げなんてまったくないし人見知りだし、と付け足す。まあ確かに、第一印象は姉弟とは思えない雰囲気だった。カナリアは数日前のトウテンコウの顔を頭に重い浮かべた。
「ほんと彼らは似ていない」
「だよな」
ウソまで会話に入ってきて、一層部屋は賑やかになる。その賑やかさが懐かしくてカナリアは少しだけ辛くなった。
そんな様子を見ていたのか、カワウはカナリアの顔を覗き込む。
「ほかに聞きたいこと、ないか?」
先生にでもいいぞ。カワウは優しく問いかける。心配してくれていることがひしひしと伝わってきた。
“それじゃあ”
カナリアはペンを羊皮紙に走らせた。
“ボクの話、聞いてくれる?”
カワウはどうしたのだろうと戸惑った表情をしたが、すぐに頷いた。カナリアはまたペンを進める。
“あのね”
カナリアの手が止まる。少し震えているように見えた。 何を言いたいのだろう、その場にいた2人は予想がつかなかった。しばらくしても、まだカナリアの手は動かない。何か重い物が腕に乗っかって、カナリアの動きを邪魔しているようにも見える。カワウがそっとカナリアの腕に触れようとすると、その手をウソが静止した。
カナリアは、カナリアなりに考えがあるんだろう。ウソは目でそう訴えた。
少し息を吸い込む音がする。やけに静かになった部屋にその呼吸音が響いた。そしてペンを走らせる重々しい音が聞こえる。
“ボクが…”
“ボクが、ミセス・ロビンを殺した”
カナリアはそれきり何も書かなかった。




