“Who killed Cock Robin?” -5-
不意に額に冷たいものがふれた。湿った、柔らかいタオルのようだ。
そろそろ目を開けなければならないのだとカナリアは悟った。ミセス・ロビンやあの家がどうなったのかを知るために、現実に戻らなければならない。
まず目に入ってきたのは天井だった。目線を下へ向ける。黒い不思議な服を着た青年が背を向けて立っていた。どうやら桶に組んだ水にタオルを浸しているようで、この青年が自分の額にあるタオルを取り替えた主だとすぐに分かった。
ここはどこだろう。雰囲気からして病院ではないと感じた。だとすればあの家よりも豪華だ。裕福な家庭だと容易に想像がつく。
カナリアは額のタオルを手に取ってゆっくりと起き上った。布団はとても軽かった。
気配に気づいたのか、不思議な服の青年が振り返る。驚いた顔を見せ、そして安心したように溜息をついた。
「大丈夫ですか?」
少し通常とは違う発音で彼は質問してきた。痛むところはないですか、苦しくはないですかと彼は熱心にカナリアの様子を尋ねる。
「大丈夫だよ」
カナリアが答えた。しかし次の瞬間、カナリアも青年も首をかしげた。
この言葉は、音を全く発していなかった。
「声が出ないのですか?」
そんなバカな。カナリアは手で喉に触れる。そしてもう一度声を出そうとするが、出ない。青年は困った顔をした。
「煙、そして熱気を吸い過ぎたせいかもしれないです。ショックを受けたからかもしれないです。私にははっきりとした原因はわかることができません」
カナリアはあたりを見回して自分の意思を伝える手段を考えた。ちょうど枕元のサイドテーブルに羊皮紙とペンがあった。孤児ではあったが、フットが文字を教えてくれたことがある。カナリアはペンを手に取った。しかし、それを青年は制止した。
「すみません、私は文字は読むことができません。今、読むことができる人を呼びます」
そう言って彼は駆け足で部屋を出た。戻ってくるまでさほど時間はかからなかった。
彼が連れてきたのはカナリアより少し年上の少年だった。少年はカナリアを睨みつけていた。どうやら歓迎されていないらしい。
「この子は話すことができないみたいです。筆談してもらえますか?」
青年がそういうと、その少年はあからさまに怒りを露わにした。
「なぜ、この恩知らずと話さなければいけない? 姉さんを見捨てたやつと、なんで話す必要がある?」
「…コウ」
「コイツは…コイツは、拾ってもらったのにも関わらず、姉さんを見捨てたんだぞ。こんな薄汚い貧民のくせに、コイツだけ生きてるんだぞ!」
その瞬間、青年はコウと呼ばれた少年の頬を叩いた。怒っていた。
「言っていいことではないです、この子が生きているのは奇跡だからです。あなたのお姉さんが死んでしまったことは、悲しい。でも、この子が生きていることは喜ばしいことです。彼女もそう思っているでしょう」
一息で言い切ると青年は大きく息を吸った。もう何もしゃべるつもりはないようで、口を閉じてコウをじっと見ていた。
「…それが悔しいんだよ」
コウは今にも泣きそうな声で小さくつぶやくと、重い足取りで部屋を出ていった。
青年は、置いてけぼりを食らってぼうっとしていたカナリアを見ると、気まずそうに微笑んだ。そして、とりあえずまだ容体は安定していないのでベッドに横たわるように言うと、カナリアの手からタオルを受け取り、桶の水にもう一度浸して絞った。彼はそれをカナリアの額に乗せると口を開いた。
「さっきの男の子はトウテンコウといいます。この家の主のご子息です。私は彼の家庭教師をしているウソといいます」
そしてどこからかウソは粉の入った紙を取り出した。
「本当は漢方という、薬を作っています」
苦いけど火傷が化膿しないように後で飲んでください。そう言って彼は枕元に薬を置いて、そのまま立ち去ろうとした。
待って、とカナリアは彼の服を引っ張った。
「何か助けが必要ですか?」
カナリアは急いで羊皮紙に“ミセス・ロビン”と書いた。
途端にウソの顔は暗くなった。
「ミセス・ロビンは、トウテンコウの実の姉です」