“I, said the Sparrow.” -4-
ウソによると、彼自身、今は探偵事務所に所属するメンバーの一人であった。
「所属と言っても、結局は犬探しから馬泥棒の発見、はたまた痴情の縺れなんていう依頼が多く、あまり私の出番はないのです」
そんなわけでウソは本業である漢方販売のかたわら、教師を引き受けたり探偵業の手伝いをしたりして金を稼いでいた。
彼曰く、あまり子供を探偵事務所に連れて行きたいとは感じていないという。この時代の憧れの職業と言われる探偵であるが、実際は泥臭いことばかりしているらしい。夢と実際は大きく異なるものだ。夢を忘れないでほしいから現実は見せたくないとウソは言った。
「ここです」
たどり着いたのはレンガ造りの古びたアパートだった。最近の流行りをそのままにしたような、横方向に隣家がくっ付いている細長いアパートである。しかしこのアパートは幸いなことに正面から見て左側が十字路に面していたために、右隣にしかお隣さんはいない。
ここの2階と3階を借りており、2階は事務所で3階は事務所長の住居らしい。4階が最上階であるが、実はその先に屋上があり心地よい風が吹き爽やかだという。しかし、その説明とこのアパート自体の雰囲気は異なった。一言で言うなれば、夜には来たくない建物。今が昼間で本当に良かったとカナリアとカワウは心から思った。
アパートは目の前が大通りであるが、入り口は石畳がまばらになっている。階段は螺旋状になっており、ちょうど隣がいない面に外付けされていた。冷たい風が吹いていたが、爽やかとは似ても似つかぬようなジメジメとした暗い雰囲気だ。サビが所々に見受けられ、建物の耐久性が怪しまれた。1階にはどうやらこのアパートの大家が住んでいるようで、階段を上ろうとしたときにその窓が開いた。
「よう、お客さんかい?」
赤ら鼻の陽気な小太りの小父さんという印象を受ける。昼からウィスキーを飲んでいるのか、酒臭い。
「ウソが連れてくるなんて、珍しいなあ」
「ええ、珍しいです」
ウソは短く答えて階段を上る。
「あの小父さんは、話が長いことが有名なんです」
階段を登りながら、小さな声でウソがそう言った。
ギシギシという階段に不安を覚えながらも2階の入り口へとたどり着く。
「戻りました」
ノックもせずにウソが入っていったので、カナリアとカワウは慌てて後を追う。
中はやはり狭い。それでも片面に窓がある分マシなのだろうか。カナリアはこのような建物に入ることが初めてで、じろじろと中を観察してしまう。一応ここがリビングのようで、垂れ幕の奥にキッチンがあるようだ。キッチンからは珈琲の香ばしい香りがする。カワウは比較的落ち着いて、入り口近くの椅子に座った。
「カワウ坊ちゃん、また依頼しに来やはったんか?」
キッチンから顔を出したのは、青みがかったグレーの髪の毛の青年だった。スラリと背が高い。カワウよりは年上だが、成人しているかは分からなかった。彼の手にはマグカップが2つ握られている。
「あんはんホンマ、諦め悪いわア」
そう言って部屋の中央にあるテーブルへとマグカップを置いた。1つはどうやらウソのために用意したらしく、彼はウソに向かってマグカップを差し出し、その近くのソファへ深く腰掛けた。
「ウソせんせも大概や。こないな放っておいて、他ン依頼探したらええに」
「こないなって言うな、このエセ方言マニア。俺はな今日、正式に依頼できる状況で来たんだ」
カワウはそう言ってきょろきょろ落ち着かないカナリアを自分の前に引っ張った。
「こいつが誰かぐらい、あんたなら分かるよな?」
ほぅ、とひとつ青年が言った。
「カナリア少年、か。はじめましいや、わてはアオサギってゆーんや。よろしゅう」
「カナリアはしゃべれないが、事故現場にいた証言者、それも当事者だ。こいつなら依頼できるだろう」
カワウは強気だ。それを見て、アオサギは深くため息をついた。そして目でなんちゅう難儀な奴連れてきたんや、とウソに訴えかける。ウソはそれに気づいているのかいないのか、窓の外の雲をただ眺めていた。
「…ったく、しゃあない。やて、まずはツミさんに報告や。話はそれから進めるで」
「やった!」
カワウは今まで見たことない位に喜び、その場で飛び跳ねた。
「あ、そこの床は抜けるかもしれません、気を付けて」
ウソがそう言った時には、すでに遅く、床がミシリと嫌な音を立てて歪んだ。




