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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

企画もの参加作品

包帯とキズ。

作者: 桜ノ夜月

―何処までも、透明に輝く空が私を見下ろしている。

とても綺麗で、何処までも澄んでいて……。

私は手を何度も伸ばそうとするのに。


「アヤト君……」


私はもう、青空に手を伸ばすことさえ叶いませんでした。

……でも、もしも最後に願いが叶うのなら……。


「貴方が、これから先もずっと永遠に―」


そう呟いたら、何だかとても安心して。

……だから、ねえ。そんなに自分を責めないで?


私は貴方に逢えて、本当に幸せでした。


さよなら。そして……

……ありがとう。

これから先も、私はずっと貴方の事が―



ずっと、永遠に大好きです。



『包帯とキズ。』

「……リ。ねえ、コトリっ!」

お友達のミアちゃんに呼ばれて、すうっ、と意識がこちらの世界へと戻ってくる。

眩しいくらいの『光』が淡く、天国みたいに教室の中を照らす。

「……あ……ミアちゃん。おはようございます。」

すると、ミアちゃんが訝しげに眉を潜める。

綺麗な形の整った眉が、きゅっ、と眉間による。

「……どうかしたの?何回も呼んだのに、全然気付かないんだもの。

……体調でも悪いの?」

「……いえ、体調は大丈夫です。今朝も眩暈はしませんでしたし。」

「そう。」

口調は素っ気ないのに、表情が少し和らいで、安心したように見える。

……優しいんですね、ミアちゃんは。

「……ふふ。ミアちゃんは優しいですね。ありがとうございます。」

すると、ミアちゃんは思い出したようにぎゅっと眉間に皺を寄せて

「べ、別に。……もう、チャイム鳴るから、行く。」

耳が赤くなっています。ミアちゃんも気付いていない、私だけが知っているミアちゃんの癖ですね。

「ねえねえ、ミアっ!これさあ……」

席へ戻ろうとするミアちゃんへ話しかけた友達の霧咲さんの声がします。

霧咲さんは、校内でも美少女で有名だと聞いたことがあります。

何処までも突き抜けるように澄んだ、高い綺麗な声。

艶のある黒髪。ぴしり、と眉くらいで揃えられた前髪。透き通るような、病的なまでに白い、肌。

ただ…少し、『以前の霧咲さん』とは違う気がします。

綺麗、だけれど。『何か』が違う気がします…。

…気のせいなら、良いのですが…。

胸の奥に溜まる疑問を振り払うように、文庫本に目を落とし、読書をしていると

―カタン。

椅子を軽く引くような、ほんの微かな音。耳慣れた、ありふれた音。

視界の隅に映るのは、真っ白で綺麗な左腕に巻かれた白い包帯の色。

「おはようございます、アヤト君。」

ふうっ、と香るのは柔軟剤でもなく、香水でもない不思議と落ち着くアヤト君だけの香り。

心臓が、ぎゅうっと苦しくなる。

……『恋の病』とは、言い得て妙な言葉だと思います。

「……ああ。おはよう、日野。……星野。」

まるで、何処までも澄む青空のような。何処までも澄んでいて、何処までも透明なアルトの声が耳の奥に柔らかく余韻を残して、響く。

不思議ですね。アヤト君の声で聞くと、どんな言葉も素敵に響きます。

……そう素直に伝えられたら、どれだけ幸せでしょうか。

青空は、何処までも澄んでいます。今日はどんな一日になるのでしょうか?

素敵な一日になるといいですね。

そう願いながら、私は一限目の用意をします。

2013年2月9日。

私はこの時、自分がこの『物語』を終えることを知らなかったのです。

彼の『本当の姿』を。『本音』を。『苦しみ』を。


私は何一つ、彼の事を『知りません』でした。


今私はこう考えます。

全てはあの日から始まったのだ、と―。




あの日も、何てことのない普通の一日に『なるはずでした』。

きっと、全ては私の責任です。

あの日、忘れ物を取りに行った私は偶然アヤト君に―



「……では、これで今回の美化委員会の活動を終わりにします。何か連絡のある方はいらっしゃいますか?」

美化委員長の言葉に全員が首を振ります。

やはりみなさん、早く帰りたいのでしょう……。

皆に気付かれないように、そっと委員長が溜息を吐いてから号令をかける。

「……では、これで委員会活動を終了します。お疲れ様でした。」

その言葉を皮切りに、全員が帰り支度を始めます。

「……あ」

筆箱を仕舞い終えた時、鞄の中をみて、教室に文庫本を忘れてしまったことを思い出しました。

「……取りに行かないといけませんね……。」

今日中に読み終わる予定だった、残り後数ページの文庫本の事を思い浮かべながら、私は教室へと足を運びます。一人で、こんな寂しい場所へ取り残されてしまうのは、本が可哀想ですからね。独りぼっちは、誰だって寂しいのですから。

私は慌てて廊下を走ります。

ごめんなさい、先生。

リノリウムの廊下がきゅっ、きゅっと楽しげに音を立て、静かな校舎にやけにその音が響きました。

自分の教室のほうへ足を運んでいると……

「月影って付き合っている人、いる?」

ぶっきら棒な、でも、震えているミアちゃんの声。

熱の籠った声に、思わず足を止めました。

「……いない。」

冷めた口調でそう呟くアヤト君の声を聞いて、私は伸ばしかけた手を引っ込めます。

きっと、その後に続く言葉は―

「そっか……。じゃ、じゃあさ」

―あたしと付き合わない?

衝撃、という言葉は『ショック』と言い換えてしまったほうがいいのかもしれません。

まるで、頭を硬いもので殴られたような『衝撃』。

直後に襲ってきたのは、意外にも『焦り』の感情でした。


……本当は、知っていました。


男性が苦手で、男性に対してはきつい態度をとってしまうミアちゃんが、初めて自分から話しかけた男性。

彼は、冷たくて優しい。いつも包帯を腕にまいている男性。

彼が―月影アヤト。……アヤト君だということに。


「断る。」


いつもの、アヤト君の冷たいアルトの声に、侮蔑の感情が含まれていることに体が震えました。

……こんなアヤト君を、私は知りません。いつも寂しそうで、孤独で、泣きそうな姿しか、私は『知りません』でした。

心が、締め付けられる。知っていたものが、変わっていく。

恐怖で、体が震えました。何が怖いのかも、解らずに。

瞬間。

まるで天使のように果てしなく透明で、澄んだアルトの声が私の耳に、心に届きました。

冷たくて、透明で、とても―とても、綺麗な声。

「オレは偽善者なんて大嫌いだ。」

綺麗で、綺麗で、とても綺麗で……だから、泣きたくなりました。

まるでその声が、傷ついた天使みたいだったから。酷く、傷ついているみたいだったから。

「……そう。でも、あたし諦めないから。」

ミアちゃんはそう言うと、私に気付かずに教室を出て、校舎の外へと消えて行きました。

(アヤト君……)

思わず、教室の扉の取っ手に触れると

「そこに居るんだろう?日野。」

瞬間、アヤト君の澄んだ声が落ちてきました。

どう答えるべきなのでしょうか?暫く考えた末、答えます。

「……はい。居ます。此処に。」

ドア越しに、アヤト君の気配。

扉を開けた方が良いのでしょうか?

取っ手を軽く引こうとすると

―ダンッ……!

強い力で、思い切り阻止されてしまいました。

「……開けるな。」

「……はい。……解りました。」

すると、またドア越しに、今度は寄りかかるアヤト君の気配。

「……もう、お前もオレに近付くな。迷惑だ。」

『迷惑』。

その言葉が頭の中で、何度もリフレイン。リピートして、ぐるぐると思考の中に渦を巻きます。

迷惑。迷惑。

私は迷惑だったのでしょうか?嫌われていたのでしょうか?

……でも、そんなことは問えなくて。

「……はい。」

頭の中に浮かぶのは、昨晩作ったクッキーの事。

……みじめなものです。嫌われているとは知らずに、作ってしまったのですから。

……これは、家で一人で食べましょう。…きっと、これが一番お互いが幸せになる最善の方法なのです。

『昨晩、アヤト君のためにお菓子を作りました。』なんて。

『食べてくださいますか?』なんて。

このようなセリフは、きっと彼の心を深く傷つけるだけの『凶器』に過ぎないのでしょう。

……でも。

「それでも私は、アヤト君の事が好きです。大好きです。」

凶器の言葉ですが。貴方を傷つけてしまいますが。

これが素直な、私の気持ちです。

…これだけは、信じてくださいますか?アヤト君。

「…ああ。ありがとう。」

そう呟いたアヤト君の声。涙で少し震えていました。

でも、と彼は言葉を紡ぎます。

「…オレは、日野を傷つけたくない。…だから、オレには近付くな。

…オレの事を忘れろ。オレ達は明日から、『他人』だ。

『隣の席』の奴でもない。オレ自身を、忘れろ。」

忘れろ。

そう呟いたアヤト君の声が、なんだか泣いているような気がして。

此処で手を伸ばさなかったら、今にもアヤト君が消えてしまいそうな気がして。

…私は、呟きました。我儘な想いを。自分の声を。

誰よりも大切な貴方へと、呟きました。


「…此処で『さようなら』なんて、出来ません。」


気付いたら、そう呟いていました。

「大好きな人に、「さようなら」なんて言えません。…そんなこと、出来るわけがありませんよ…ッ!」

勝手なことを言っているのは、私が一番理解しています。

アヤト君。貴方を傷つけている事も、困らせている事も、誰よりも私自身が一番解っています。

…でも。

「私は…月影アヤト君の事が、世界中で一番大好きです。」

私は、護られる『お姫様』にはなりたくありません。

私は…

「私は、ただ大切な貴方の傍に居られたらそれで良いのです。」

ただ、自分の気持ちを伝えました。

身勝手な想いを。弱い心を。

貴方へ、伝えてしまいました。

「…ありがとう。」

そう呟いたアヤト君の声が、涙声で少し震えていました。


―ガラッ…!


教室の扉が開く音がして、見るとアヤト君が立っていました。

「…オレも、日野…コトリの事が好きです。」

…夢のようでした。ただ、素直に嬉しかった。

軽く腕をひかれて、とんっ、と身体に軽い衝撃。

気がつくと、アヤト君の腕にすっぽりと納まっていました。

「アヤト…くん…?」

思わず見上げると、切なそうなアヤト君の表情があって…


「…コトリ、ゴメン。」


何に謝られているのか、理解が出来ませんでした。

ただ、貴方を護らなきゃ。そんな衝動に駆られて、貴方の寂しそうな瞳を見つめます。

…嗚呼、貴方は今にでも泣いてしまいそうです。

泣かないでください。どうか、そんな寂しげな瞳をしないでください。

私は貴方に出逢えて、こんなにも幸せなのですから。こんなにも、愛おしいのですから。

どうぞ、泣かないでください。

…貴方の辛そうな顔を見ていることが、ただ嫌いなのですから。

―…すると、次の瞬間



―バキッ。



首が、骨が、皮膚が。

裂かれていく感覚がしました。砕けていく感覚がしました。

私の『体』が、目の前の男の子に『食べられていく』感覚。

大量の血が噴き出し、急に目の前が暗くなって…。

「…オレも愛してます。コトリ。」

そう呟いたアヤト君の声が、酷く満たされたものであったことを、きっと私は永遠に忘れません。

―私も、誰よりも愛しています。アヤト君。

…だから、どうぞ、そんな悲しい顔をなさらないで下さい。

私は貴方にこんなにも『愛されて』幸せなのですから―




…音が止んだ。

コトリが裏切ったコトリが裏切ったコトリが裏切ったコトリが裏切ったコトリが裏切ったコトリが裏切ったコトリが裏切ったコトリが裏切ったコトリが裏切ったコトリが裏切ったコトリが裏切ったコトリが裏切ったコトリが裏切ったコトリが裏切ったコトリが裏切ったコトリが裏切ったコトリが裏切った!

コトリが裏切った!

許さないっ!許せない!

コトリは狡い!憎い!

あたしだって!あたしだって、月影の事が好きなのに!

狂ってしまいそうなほどの、醜い『嫉妬心』が顔を出す。

あたしを受け入れてよ!あたしを愛してよ!!もっと、あたしを束縛してよ!!!

醜い―醜いあたしが、叫ぶ。



―いっそ、狂ってしまえば、楽になれるじゃない。



耳元で囁かれた、甘い、甘い誘惑。

ドクン。ドクン、ドクン、ドクン…。

規則的に動き続ける心臓。甘い、果実のような誘惑。

異常な空間。血の臭い。


…あたしは貴方になら、あたしの全てを捧げられるのに。


心臓も、大脳も、あたしの体内で動き続ける全てを捧げられるのに。

なのに、貴方は…

「どうして…あたしを選んでくれないの…?」

好きよ。誰よりも。貴方だけを、ずうううっと。

好き好き大好き愛してる。

誰よりも、貴方だけを愛してる。


―…ネエ、ドウシテ…?


コトリの、血の臭い。キライナ、ニオイ。

教室の前に立っていると、月影が出てきた。

私を見て、酷く不快そうな顔をして。

「…ダイスキ。ツキカゲ…。」

精一杯、月影に向かって呟いた。

意気地無しな、私のキモチを。

…貴方への、『愛情』を。

…ねぇ、月影。貴方が本当にアイシテルのは、あたしでしょう?

コトリだけをアイシテルだなんて、そんなの、不公平でしょう?おかしいでしょう?

虚ろに光る、生気の無い彼女の瞳を見据え、彼は言う。

残酷な『真実』を。狂ってしまいそうな『嫌悪』を。

彼は―伝えてしまった。

「…生憎だが、オレはお前の事が嫌いだ。大嫌いだ。」

そう吐き捨てて、しゅるりと腕に巻いている包帯を外す。

中からは、鈍く光るカッターナイフ…。

それを、苦しそうな瞳で見つめ、床に落として踏みつける。

「…これから、どうするの…?」

歪に微笑む少女。

吐き出しそうな程の、異常な空間。

少年は告げた。

残酷な真実を。狂った少女に。


「姿を消す。…もう二度と、此処には戻らない。」


そう呟くと、月影は校舎の奥へと消えていく。

あたしは教室の中へ入り、コトリの死体と証拠を隠滅してから、姿の見えない月影の後を追いかける。

「月影。あんたがあたしを見てくれるまで、あたしは永遠に追いかけ続けるから…。」

…だから、待っていてね?


次に捕まえたら、絶対に、逃がしてあげないから。



ダイスキヨ、月影…。

血のように赤く染まる街の中、逃げた彼を追ってあたしも走り出した。

赤く寂しい夕焼けが、狂ったあたしの姿を照らしていた。


「…ねぇ、月影?貴方が包帯をしている訳は、貴方自身を『護る』為でしょう?」


常に包帯の中にカッターナイフを隠し持っているのも。

冷たい瞳も、美しい声も、『食す』行為も全て全て。貴方の存在する『全て』が、貴方自身を護る為にする『行為』の理由であり、『価値』であり、『意味』であり、『代償』でもあるのでしょう?

「アイシテイルわ。月影……」

だから、もっともっと私を楽しませてね?

…もしも、貴方が逃亡の最中に『逝ってしまったら』。



「…その時は、私が貴方を『食して』あげる。」



アイシテイルわ。月影。




―永遠に、貴方だけをアイシテル。





感想、アドバイスなど頂けたら嬉しいです。

ここまでお付き合いくださり、誠に有難うございました。


peixe様、この度は企画に参加させて頂き、誠に有難うございました。

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― 新着の感想 ―
[一言] ヤンデレ……、ですかね? 普段この手の作品を読まない私にとっては斬新でした。
[良い点] ・多感で敏感な中学生、と言うのは表現からも強く伝わる。 [気になる点] ・アルトは女性の低い声域を表し、男性の声域としては高すぎる。 この場合、テノールを用いた方が適していると思われる。 …
[良い点] 前半と後半で、コトリとミアの一人称の 入れ代わりがうまく行われていて違和感がない。 コトリとミアの心情がまったく違うので、 読んでいて飽きない。 [一言] 久しぶりのゼロだよ。 相変わらず…
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