猫にトロイメライ
着信あり。一件。平ちゃん。
「平ちゃんから電話来たんだけど」
「え?」
「どう思う?」
「どう思うって? いや、ちょっと、待って。いつ?」
「昨日。俺、昨日は十二時には寝てたから、全然気付かなかったけど、二時くらい。草木も眠る、丑三つ時ってやつだね」
「丑三つ時って、何時から何時のことを言うんだっけ」
「さぁ?」
「いや、それは、いいや。っていうか、本当? 見せてや」
「いいよ」
「……」
「な?」
「うわ、マジだ」
「マジなのでした」
「着信あり。平ちゃん。十七秒。怖っ」
「平ちゃんのおかんに電話で確認してみたけど、とっくに契約解除してるみたいだし、ありえないって」
「ありえないよねぇ」
「だよねぇ」
「……」
「……」
「返信、してみる?」
「マジで言ってんのか?」
まぁ、半分は冗談だけどさ。と俺は頭を掻いて、誤魔化した。
一か月前、平ちゃんが死んだ。
死体はまだ見つかっていないらしいが、死んだ、ということで片づけられた。溺れた猫を助ける為に川に飛び込み、そのまま帰ってこなかったという、なんとも、平ちゃんらしい最期ではあったが、唐突過ぎて、俺はいまだに事実を受け止められずにいる。
いつの日か、いつもの調子で、いつもの、あの、ふざけた調子で、「よう」なんて言って、帰ってくるのではないか。俺はまだ、そんなことを思っている。
葬式の時に涙が出なかったのも、そのせいだ。
●
「あのさ、社会人にもなって、九時に寝るとか、ありえないから。いつまで子供気分なんだよ、お前は」
「社会人の癖に、二時まで起きてるなって」深夜二時、平ちゃんからの電話で、俺は叩き起こされていた。「俺のほうが正しいってば。明日仕事だし」
俺達は、正に、今年の春に社会人になりたての、いわゆる新社会人というなんとも微妙な立ち位置で、社会の荒波と対峙しながら、ちょっと待って、ちょっと待って、と、唐突に安定さを失った足場にうろたえている。
「外、すげぇぞ」平ちゃんは、おかまいなしだった。「台風だ台風。立ってらんねー」
「酔ってる? 平ちゃん」
「酔ってないって」そう言う平ちゃんの声は、明らかに呂律が回っていない。
「今、外に居るの? この、大雨の中?」
九時ごろ、ベッドに入った当初は、星が見えるほどの快晴だったはずだけど、いつの間にか外の様子は違っている。台風が来ている、とは聞いていたが、それにしても、大袈裟な雨風が窓を叩いている。
「そうそう。ここまで濡れたら、逆に気持ちいいな。傘なんて、とうにぶっ飛んでいったし。あははは。あれは、すごかったな、飛んだよ、傘。羽根が生えてるようだったなぁ」
「また課長に怒られるよ」平ちゃんの遅刻癖は、課内でも有名だった。「学生気分が抜けてないんだ、って」
「大丈夫大丈夫。いやさ、そんなことより、いま暇?」
「暇な訳ないじゃんか」俺はそう言い返した。「いま暇なのは、平ちゃんくらいだよ」
「これから遊び行っていい? いや、寝に行っていい? 終電、逃しちゃってさ。帰れないんだ」
「今どこ?」寝に寄るくらいならいいけど、と俺は算段を立てている。「近いの?」
「川だよ川。お前ん家の近くの、川。何川? これ」
「さぁ、俺も知らないけど」俺のアパートから、直ぐ近くに川が流れているのは事実だ。
「洪水だー」と、妙に間延びした声が、携帯電話越しに聞こえてくる。「すげぇよ。これ。溺れたら死ぬなぁ、こりゃ」呑気な声で、言う。
「洪水なんかで騒ぐなって」呆れた。「珍しくないだろ」
「この、力強い濁り水が、一斉に海を目指してるって考えたら、凄いよな。こんなん見てたら、人間ってなんだ、って気になるな」
「ごめん、何を言っているのか、全然判らないんだけど」
「台風が凄いってことだよ」両手を拡げて、台風を全身で浴びている平ちゃんが、眼に浮かぶようだった。
「ま、いいや。とりあえず、これから向かうから、よろ。――あ」
「どした?」
「猫だ」
「猫?」
「猫、溺れてる」
「……川?」余り見たくない光景だな、と思った。「溺れてるの?」
それから、少しの間があった。川で溺れている猫の姿を想像して、なんともいたたまれない気分になる。それでも、俺には何もできない。
「ちょっと、行ってくる」
ほどなく、平ちゃんがそう言った。「え?」
「行ってくる」
「どこにだよ」
「ちょっとさ」
「ちょっとって、なんだよ。どうしたんだよ」
「行ってくる」その声はすでに、俺に話しかけているというよりは、自分に言い聞かせているようでもあった。「ちょっと、行ってくる」と、何度も言う。
「待てって」ちょっと、と言う割には、二度と帰れない旅路を行く旅人のような、そんな力強さを感じて、俺は不安を覚える。「何言ってるんだよ。ちょっと、そこ、動かないで」
「行かないと」平ちゃんは言う。「あとで、掛け直すから」
「平ちゃん?」
「じゃあ、また」
●
夜中、携帯電話の着信音が鳴って、俺は眼を覚ました。見て見ると、案の上というべきか、平ちゃんからだった。これで三回目だ。携帯電話の画面を、じっと眺める。何度見ても、平ちゃんだった。なんだよ、これ。
十秒は鳴っていた。取るべきか、と俺は迷っている。どこから掛けてきてるんだ? と当然の疑問が過ぎる。いや、本当に、平ちゃんなのか? そもそも、平ちゃんの携帯電話は、とっくに解約済みなのだから、これは何かの間違いなのではないか。
逡巡している内に、静寂が訪れた。
血の気が下がって、気が遠くなる。足の震えが、止まらない。
●
「やっぱり、怖いよな。ありえないし。これってさ、平ちゃんがお前のことを引きずりこもうとしてるんじゃないか? お前ら、仲良かったし」
「引きずり込むって」俺は顔を顰めた。「どこにさ」
「あの世だよ、あの世」本気で言っている訳ではないようだ。どこか、不出来な怪談を楽しんでいるかのような、そんな態度だった。「でもさ、どっち道、返信とかはしない方がいいって。あれだ、携帯電話の会社のほうにも聞いてみたらどうだ? 本当に解約済みかどうか」
「それが一番現実的だよね」
「そりゃ、そうだ。本気でさ、あの世から電話なんて来る訳ないんだし、やっぱ何かの手違いで解約されてないとか、そんなんじゃないかね。で、誰かが平の携帯拾って、電話を掛けてるとか」
実を言うと、そこまでは俺も考えていた。携帯電話の会社にも、行った。「解約済み? 確かに?」「ええ」「でも、電話が掛かってきてるんですけど」「それは不思議ですね」こんな調子だった。
「こういうことって、今までにありました?」
「それは……」メガネをかけた社員が、顔をしかめた。「つまり、死んだ筈の人からの電話ってことですか?」
「はい」
「……」
「……」
「ないですよ」
今の間は、なんですか?
●
またか、と俺は飛び起きた。いつも、この時間だ。まさに、平ちゃんが川に飛び込んだ、あの時間だ。午前二時。
携帯電話が鳴っている。意を決し、俺は携帯電話を開いた。開いた瞬間、安堵した。平ちゃんからではない。着信ボタンを押す。「もしもし」
「もしもし。どう、今日は?」
平ちゃんからの電話の件を相談している、会社の同期だ。「電話、来た?」
「まだ」と俺は答えている。「まだ来てない」
「まだって」苦笑交じりの声だ。「来る前提なのかよ」
「来る気がする」実際、三日連続で、電話は掛かってきている。
「平ちゃんも、どういうつもりなんだろうなぁ。いや、平ちゃんとも、限らないか」それは、俺も感じている。「平ちゃんの振りをした、何者か、かな」
「どう、なんだろうね」
「でも、確か、ちょうどこんな怪談はあったな」
「どんな?」
「どんなって、まさに、今のお前の状況と同じだよ」
つまり、死者からの電話、ということか。
「その話って、最後、どうなるの?」
電話の奥から這い出てきた何者かに引きずりこまれて。めでたしめでたし。
そんな声が聞こえる。
着信あり。一件。平ちゃん。
会社の同期と話している内に、平ちゃんからの電話が来ていた。十二秒の着信。
じっと、携帯電話を見つめる。平ちゃん、と確かに表示されている。暗く、狭苦しい部屋の真ん中で、俺は息を整える。動けない。「本当に、平ちゃんなのかよ」俺の声は、暗闇に染み込んで、弱弱しかった。
携帯電話を操作して、「返信」に合わせる。どこに、繋がるだろうか。本当に平ちゃんに繋がるのだろうか。それとも、得体の知れない、別物に繋がるのだろうか。
漫然とした恐怖感がある。部屋の暗さが染み込むような、圧迫感を覚えて、眩暈がする。平ちゃん、そこはどこだよ、と思う。
指が動かない。
歯を食いしばって、押せ、と念じた。だけど、俺の指は、まるで動かない。まるで、自分の指ではないかのように、ひたすら震えるだけだ。
「畜生……」そんな声を出したのが自分だとは、直ぐには気付かなかった。
●
「また台風だってさ。いやんなるねぇ。この間、来たばっかじゃねぇかよ。アイツらも、飽きずに、本当、よく来るよなぁ」
「……」
「もしもし?」
「……え?」
「なんか、魂抜けてたけど、大丈夫かよ」
「抜けてた?」
「完全に」と、肩を叩かれた。「あれか、あの電話、まだ気にしてるのか」
「まぁ、ねぇ。そりゃ気になるさー」なるたけ、明るい調子で言う。「不思議だよね、不思議」
「無視しとけって。平の筈ないんだし」
「やっぱり、違うかな」
「当たり前だろ。なんで、平から電話が掛かってくるんだよ」
「だけど」と俺は言う。若干、ムキになっていた。「だけど、もし、そうだったら、どうする」
きょとん、と眼を丸くして、それから顔が歪んだ。「本気で言ってるのかよ」
「半分は」そう言ってから、自分でも、何を言い出しているのか、判らなかった。「だけど、本当に、平ちゃんだったら」
「おいおい」
「俺はまだ、ちゃんと、別れを告げてないんだよ」
また、って、言ってたじゃねぇかよ。そう、内心で悪態を吐き、それから、その、「また」というのは、あの毎夜訪れる着信のことではないか、とも考えている。
「現実を見ろって」
そんな声が聞こえてきた。「急だったし、ショックなのは判るけどよ。平は死んだ。それは変わらないし、死んだ人間からは、電話はこねぇよ」
だけど、現に、来ている。どこからか、俺に毎夜電話を掛けてきている。それから、もしや、と思った。平ちゃんは、まだ生きているのではないか、と。
「あんまり様子がおかしかったらよ、電話番号を変えたほうがいいぜ」
「それで、解決?」
「別にさ、幽霊とは言わないけど」と、そこで一度言葉を切り「普通にさ、リアルに、詐欺とかさ、そういうのも、怖いし」世の中には、悪意が溢れてるから、と続けて、肩を竦めた。「いや、そうだな、絶対にそうしたほうがいいって。今日にでも変えたほうがいい」
「だけど」だけど、と言って、それから、なんと続けるべきか、判らなかった。だけどそうしたら、平ちゃんからの電話が来なくなるじゃないか、とでも言いだす所だったのか。
「……そうだよね」
結局、俺はそう認めた。確かに、それが一番手っ取り早い解決法に思えた。
馬鹿馬鹿しい、と頭を振る。「まぁ、大丈夫だよ」と、適当に濁した。
●
帰り道。
空を、見る。暗澹とした雲が、叙々に広がっている。
そうか。
台風が来るのか。
●
部屋の電気を消して、ベッドに横になり、漫然と天井を眺めていた。
その内に、雨や風が窓を叩く音が聞こえてきた。その、唐突さに、少しだけ眼が冴える。先程までの静寂が嘘のような、世界中の眠れる人々を叩き起こすかのような、そんな勢いのある、打楽器のような、雨風の音だ。
あの時も、こんな、雨風の音が聞こえていた。
時計を見る。午前の、一時五十七分。今頃はきっと、川が氾濫を起こし、荒れ狂う流れとなって、急ぎ足で海を目指している。その川を、見に行こうかな、とも思った。荒れ狂う川の流れを見れば、平ちゃんの死を確信し、そして、いつもの、あの電話は、何かの間違いだった、と決着を付けることが出来るのではないか、と。
携帯電話を手に取った。一時五十八分。
来るぞ。と、俺は身構える。眼が冴えてきて、暗闇の中、ぼんやりと怪しげに光る携帯電話の画面を眺める。今まで、若干の誤差はあったものの、電話が鳴りだす時間は、全て二時前後だ。もう、いつ鳴りだしてもおかしくない。
上体を起こして、身構えた。それから、俺は、何をやっているんだ。と疑問に思う。
「もし、今日も電話が鳴ったらどうする」俺は、自分でそう問いかけている。「どうするつもりなんだ」
「電話を取る」声に出してから、そうか、そのつもりだったのか、と、自分で驚く。
「何故だ」
「もう一度、話せるかもしれない」
「馬鹿馬鹿しい」
「馬鹿馬鹿しくてもいい。どうせ、誰も見ていない」
「死者からの電話なんて、本気で信じているのか」
「現に、来ている」
「他の可能性がある。もっと、現実味のある、他の可能性が。もっと、暗澹たる、他の可能性が」
「他の可能性なんて、知ったことか」
「考え直せ。この電話は、どこかおかしい」
「平ちゃんがおかしいのはいつものことじゃないか」俺は、自分自身に潜む、何者かを説得するかのような会話を続けた。「あいつは、いっつも突然なんだよ。いきなり死ぬし」
そして、数秒の静寂。雨が窓を叩く音が聞こえる。
「本当に、電話を取れるのか」疑問というよりは、詰問に近い、そんな声が聞こえてくる。「お前はびびってる。電話の向こうがどこに繋がっているのか、電話の向こう側に誰が居るのか確証が持てていない」
電話が鳴った。ハッとして、顔を上げる。眠りに落ちかけていたのか、頭が瞬時には回らなかった。携帯電話を握りしめて、「平ちゃん」の文字を確認する。来たぞ。と俺は身構え、携帯電話を開いた。
そして、「着信」のボタンに、手を伸ばす。伸ばすが、そこで止まる。携帯電話が鳴っている。
体が動かない。呼吸が、うまく出来ない。怖い。どこだ、そこは。誰だ、お前は。
疑問や恐怖が次々に溢れ出てきて、うずくまる。どうすればいい。と誰かに問う。
やがて、どこか寂しげな余韻を残して、着信音が消えた。ふと、二度と、電話が掛かってくることはないのではないか、と不安が過ぎった。本当に、そんな、寂しげな余韻だった。静寂が襲ってくる。
「待てよ」と俺は、静かになった携帯電話を見つめながら声を出している。「待てよ、平ちゃん」ちょっと、行ってくる。そう言った平ちゃんの声が、頭の中で響いた。「ちょっと、待てって!」
そして俺は、「返信」ボタンを押した。
呼び出し音が鳴っている。本当に、呼び出している。二度、三度と、やきもきさせるような間を置いてから、ガチャ、と音がした。
誰かと、何者かと、本当に繋がった。
「……もしもし」暗闇の中、俺の声が弱弱しく響く。「もしもし」
電話越しから聞こえてくる音は、周波数の合わないラジオが出すような、砂嵐の音だけだった。ざー、と雨音にも似た、その音を聞きながら、俺は、「もしもし」と何度か繰り返す。
「……平ちゃん?」返事はない。「平ちゃんなのかよ」
「……」
返事は、ない。返事はないが、砂嵐の音のトーンが、若干、変わったような、そんな気がした。
「平ちゃん、だよね」繰り返す。「そうなんだろ?」
「……」
「……」
「……」
「……」
「……」
「いきなり死んでるんじゃねぇよ。びっくりしたじゃねぇかよ。バーカ」ぽつりと、そんな言葉が零れ出した。
「急すぎなんだよ。八十まで生きるとか言ってた癖にさ。なんなんだよ、そのザマは。まだ、死体も出てないって、どういうことだよ。何、死体が出ないような死に方してるんだよ」
電話越しから聞こえてくるのは、砂嵐の音だけで、それが平ちゃんとも限らないのだが、とにかく、俺はもう止まらなかった。
「そういや、平ちゃん、泳いでる所見たことないけど、実は泳げないんでしょ、そうだろ平ちゃん。こないだ海に行った時も、ずっと波打ち際にいたしさ。その癖、猫を助ける為に川に飛び込むなんて、なんのつもりだよ」
言いたい放題、言う。バーカ、と罵る。返事はない。それをいいことに、一方的に話しかける。「なにが、ちょっと、だ。今、そこ、どんだけ遠いんだよ」
それから、一間を置き。少しの沈黙を感じた後、で、言う。
「……元気?」馬鹿馬鹿しい、と思いながらも、涙が溢れてきて、俺はそれを止めることが出来ない「そっちは、どう?」
「……」
「こっちは、また台風が来てるよ」
「……」
「電話、中々出られなくて、ごめん」
「……」
「俺、まだしばらくは、そっちにいけそうにないけどさ」
「……」
「いつか、だね。いつか、そっちにいくさ。いつかは、判らないけどさ」
「……」
「じゃあ、また」
それから、別れを告げるような、そんな間を置いた後、電話が切れた。不思議なことに、俺は、二度と平ちゃんから電話が掛かってくることはないだろうな、という確信を得て、寂しいような、爽快なような、そんななんともいえない気分になる。
気付けば、窓を叩く雨風の音も消えていた。
●
翌朝は、妙に眼が冴えていた。カーテンを開けてみると、眼を覆いたくなるほど眩しい陽光が差し込んで来て、俺は、台風が去ったことを知る。
いつもより早目に家を出た。まだ、六時にもなっていない。付近の住人もまだ活動していないのか、心地の良い静寂が辺りを包んでいる。
駅に向かう道すがら、川に寄ってみた。台風の影響か、水かさが増していて、歩みもいつもより速い。「平ちゃん、海まで流されたんかな」ぼんやりと呟き、それから、時計を見て、時間に余裕があることを確認してから、河川敷まで下りた。
ランニングをしている老人や、犬の散歩をしている婦人と挨拶を交わしながら、とくに意図もなく、川の流れを追うように歩く。
その内に、猫を見つけた。
頭上でさんさんと大地を照らす太陽から逃れるかのように、木陰で丸くなっている。平ちゃんが助けた猫なのか、それとも、全く関係のない野良猫なのか、もっと言ってしまえば、そもそも平ちゃんは、猫を助けることに成功したのか、その辺りのことすら、まるで判らなかったが、その猫に近づいてみた。猫は、俺の足音に一瞬だけ耳をぴくりと動かし、顔を上げたが、直ぐに興味がなさそうに、また寝込んだ。「なぁ」
「平ちゃん、どうなったんだよ」と、俺は、声を掛けている。「どこに行ったんだよ」
猫が欠伸をした。
頭上の青空を見たようにも見えた。
大人の夏ホラー(予定)です。
同じく大人の夏ホラーに投稿した「侵食」とは全く別のベクトルになりました。




