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リリーの主様

 

 モンスターとの死闘を終え、リリーは呼吸を落ち着けようとした。

 リリーの顔は真っ赤になっている。吐息も荒い。痛みではないが、鋭敏になった感覚のために、目には涙を溜めている。

「ねえ、ベナド。少し……休ませて」

「リリー! そんなことを言っている暇はないんだ! この先にいるのはダークロード、あの男だ。俺たちが倒そうと思って追ってきて、ついにこの洞窟にまで追い詰めたんだ。それを」

「分かってる。分かってるわ。でも、もう、限界なのよ」

「……まさか」

「ええ、あたしの身体は……」

 リリーが口ごもると、ベナドは悔しそうに拳を握りしめた。

「ここまで来て、引き返すわけにはいかない」

「分かってるわ……少しだけでいいの。そうすれば、我慢出来ると思う」

「……分かった」



 リリーとベナドは、同じ村の出身だった。二人は何も無ければただの村人として一生を送っていたであろうことは想像に難くない。

 もしかしたら。

 その想像は、幸福な日々を思わせるけれども、決してありえない結末の想起でもあった。


 ある日、村は滅ぼされた。

 滅ぼしたのはダークロードを名乗るあの男だった。魔王の部下であると告げ、村に隠されていた秘宝を奪うために村人たちを大量に殺した。

 リリーとベナドが殺されなかったのは運が良かったわけでも、自分たちを守る力があったわけでもない。ただダークロードの気まぐれによるものだった。

「ふはははは! 貴様らは生かしておいてやろう……俺を殺しに来るのも、逃げ隠れてすべてを忘れて静かに暮らしても良い。……しかし、それだけではつまらんだろう? 呪いを掛けてやる。俺を狙いたくなる理由を残してやる」

 残ったのは、まだ十二歳だった二人の子供。

 ダークロードを殺すまで決して解かれることのない呪いをかけられた、哀れな子供。


 その、呪いの内容とは――



「リリー! 大丈夫か……?」

「……ええ」

「どうした」

「思い出していたの、あのときのことを」

「……そう、か」

 ベナドの表情に、リリーは空元気ではあるが、笑顔を見せてやる。

 本心から笑ったことなど、もう何年もない。

 だが、ベナドがいてくれた。それだけで十分だった。

 顔を赤らめながら、ベナドの顔を覗き込む。

 あと少しだ。あと少しで、この旅の終わりが来る。

 少しだけの休憩のつもりではあったが、かなりの時間を浪費してしまった。ダークロードが今更逃亡することなど考えにくいが、それでも心配ではある。

 リリーが決意に満ちた顔で頷くと、ベナドも立ち上がり、先を急いだ。





 そして二人はダークロードの居城へと辿り着いた。

 魔王の配下らしく、無数のモンスターが跋扈する地だ。しかし、リリーは旅の最中、魔物の監視から逃れ続ける力を得た。

 聖地埋没(ディープスロート)と呼ばれるマジックアイテムだ。

 身体の一部分に取り付けることで、一定の魔力と振動を送り続け、モンスターの目に映らなくなる古代魔法文明の遺産だ。

 ただ、身体から離れたり、振動が止まった瞬間、モンスターの近くを誤魔化すことは出来なくなる。このため取り付ける場所には注意が必要だった。

 数万といるモンスターと戦うことは不可能だし、多少歩きにくくなることは仕方がないと割り切ってはいた。

 また、もう一つのマジックアイテムもまた、リリーは常に身につけている。これもダークロードを強襲するためだ。

 幸運の尻尾(フェアリーテイル)

 これもまた古代魔法文明の遺産であり、入手するのは大変だった。自分の感覚を鋭敏にすることで、モンスターや敵対者の行動や表情、仕草から様々な情報を読み取れるようになる。相手が嘘を吐いているかどうかや、本心であるかどうか、あるいは次の行動を前もって把握するなど、使いこなせればこんなに便利な道具はない。

 但し、古代魔法文明の遺産はどれも強力過ぎる上に、取り扱いが難しく、さらに女性専用となっており、その上で身体の決まった場所に配置する必要がある。

 聖地埋没(ディープスロート)幸運の尻尾(フェアリーテイル)を同時に使うことは、リリーの心身に多大な影響を及ぼすこととなったのである。

 また、聖地埋没(ディープスロート)はモンスター相手の隠蔽効果は完璧だが、古代魔法文明を参考に作られた魔導機械と呼ばれる、人間でもモンスターでもない存在には効果が薄い。ベナドとは違い、リリーは戦士としての能力には欠ける。だが、それでも戦うための術を求めた結果、叡智の輪(ルートリング)と呼ばれるマジックアイテムを獲得することに成功した。

 輪っか状ではあるが、これは指輪ではない。身体のとある一部分に取り付けることで、血流に魔力を乗せ、身体の表面に不可視の薄い防壁を作り出してくれるという凄まじい防具なのである。

 身体に直接触れていなければならず、また手足の指に付けてもさほどの効果は望めない。血流に乗せるために心臓の近くに配置するマジックアイテムなのである。

 運良く二つ手に入ったが、これも女性専用であり、ベナドには使えなかった。このためリリーが両方とも付けている。

 また、ダークロードとの最終決戦を前に立ち寄った街で、オークションにかけられていた王女の首輪(プリンセスメーカー)を競り勝てたのは、まさしく僥倖だった。首に取り付ける革製の輪であり、叡智の輪(ルートリング)と似たような効果を持っているのだが、恐るべきダークロードの攻撃は、この王女の首輪(プリンセスメーカー)が生み出す力の前に太刀打ちできないと思われる。

 王女の首輪(プリンセスメーカー)は条件を満たさない相手からのありとあらゆる攻撃をはじき返す力を持っているのだ。

 これだけの古代魔法文明の遺産に身を固めたリリーは、鍛え尽くしたベナドの足手まといになることなど考えられない。

 そしてついに二人は居城を隠れ進み、玉座にもたれていたダークロードを見つけ、襲いかかった!

 ダークロードは奇襲に反応することは出来なかった――






「ああ、ベナド……どうして……」

 ダークロードは健在だった。

 切りつけようとベナドが飛び出し、リリーもそれに合わせた。

 敵は、反応できなかった。

 驚愕した顔、そしてベナドの剣の切っ先がその心の臓を貫く瞬間、リリーの槍も動いた。

 ダークロードの首を狙うはずだった、リリーの槍は。

「どうして、ベナドに」

 槍は、ダークロードのみを見ていたベナドの腹部を、後ろから突き刺していた。

「……あ、ああああ」

「あのときの娘が、よくぞここまで辿り着いた……!」

 そして驚いていたダークロードは、リリーの顔をみとめると、愉しげに嗤った。

「あ、あたしに何をしたのです……!?」

「褒美として、真実を教えてやろう」

「真実……!?」

「そう、真実だ。俺が、お前達にいかなる呪いをかけたのか、それをな――!」


 そうだ、ダークロードがかけた呪いは――


 リリーに、自分の身を差し出させること。

 そのためにはどんな努力も惜しまないようになる。

 そのためなら、どれほど大切だった人間も利用し、捨てることを厭わなくなる。

 そのためにこそ、ベナドを連れたままここまで来て、そして当たり前のように見捨てた。


 邪魔だからだ。

 ダークロードに己の身体を献上するためには、ベナドの存在はもはや不要だった。


 リリーは槍を手放し、服を脱ぎ去り、自らダークロードのもとに召し出された。

 それはもはや絶対的な事実であり、変えがたい運命だったのだ……。

 




 作者はここで打鍵を止めることにする。

 もはや勝ち目のないダークロードに抗うため、リリーが無意識の心さえも従うことを強いられながら、それでもここから大逆転を狙うため雌伏を選び、暇つぶしとのたまうダークロードの手によって意地も身体も弄ばれ、凄まじい快楽と肉体の幸福に翻弄される日々を記そうと思った。

 数ヶ月の蹂躙に耐えながら、身も心も九割方堕とされながら、リリーは反撃のための準備をした。

 ところが、それだけの時間をリリーのために費やしたダークロードの中には、いつしか愛に似た気持ちが生まれつつあり、淫靡と狂喜に満ちた日々の先で何かが変わりつつあった。――とこういう風に書こうと思った。

 しかしこの先を書いてしまうと、さっさとノクターンノベルズに行けと言われてしまうのが明らかであった。それゆえ作者は擱筆という言葉でお茶を濁すことにした。なお、この部分は志賀直哉の小僧の神様の影響を多大に受けているが、それは作者と読者の皆さんとのあいだでの秘密の約束ということにする。



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