ニホンゴってむずかしいネー!
日本語には特有の「比喩表現」というモノがある。
長らく海外で生活していたせいもあって、加奈子はそれを読み解くのが苦手だ。
だから啓介は加奈子との会話に回りくどい表現を使うことは、ほとんどない。
言葉が足りないとはよく言われるが、生来――いや、あるいは前世からの性質であったのかもしれない。
「ウーン、お兄チャン……」
「どうした」
「どういう意味カ、よく分からないンだケド……『そう…そのまま飲み込んで。僕のエクスカリバー…』って台詞、どんなときに使うのカナ?」
げふんげふん。
啓介は咳き込んだ。
「……何故そんな日常会話でありえない言葉が出てくる」
「ガッコウの宿題でネ、例題として出てたノ!」
「そうか。加奈子」
「なにカナ?」
「それは例題として不適切だから忘れるんだ」
「……ハーイ」
◇
「くっ、ダメだ……収まれ俺のエクスカリバー……!」
その後、加奈子から遠ざかりトイレへと籠もったのち、腕を押さえ、震えながら唇を噛み締めた啓介は、中二病ではないとだけ記しておく。
啓介には他人に知られてはいけない秘密があった。
妹の加奈子を見るたび、どういうわけか、それが鎌首をもたげ、むくりと起き上がってくる。
分かっている。
加奈子が悪いわけではない。加奈子は何も知らない。
やはり自分がおかしいのだろう。
そう思うたび、啓介は何度となく沸き上がる衝動を受け流そうと、苦心していた。
可愛い妹だ。手を出すわけにはいかないのだ……。
ある日、両親が旅行に行くことになった。
啓介は加奈子と一緒に留守番を任された。加奈子は父の再婚相手の連れ子である。
加奈子は美しかった。
よくテレビに出てくるアイドルと比べても遜色がないどころか、むしろ勝っているだろう。
一年ほど一緒に暮らして、慣れないながらも兄妹として過ごしてきた啓介の本心だった。
身内びいきの評価ではない。
父の再婚相手であり啓介の継母となったエレナはイギリス人であるが、継母の亡夫は日本人だ。
エレナの娘である加奈子はハーフであり、金髪碧眼の美少女だった。
加奈子はまだ中学生ではあるが、外人の血を受け継いでおり、その身体は決して幼くはない。
ほどよく肉付きの良い肢体に、膨らみつつあるやわらかな胸。
大きな瞳は青く煌めき、その頬や肌は白人特有の澄んだ白さで眩しかった。
その仕草の可愛らしさと、イギリスで長らく暮らしていたがゆえの、日本語の少しだけずれたイントネーションも、啓介にとっては好ましかった。
時折、スキンシップと称して押しつけられる白皙の肌のすべすべとした感触も、無造作に触れ合ったときに漂う少女の香りも、上目遣いに潤んだ瞳で見つめられるあの感覚も、何もかもが啓介を惑わせた。
加奈子の行動は妹であるゆえの気安さだ。
そんなことは分かっている。
血は繋がっていなくても、加奈子は妹だ。啓介にとっては可愛い妹なのだ。
「アアッ、ダメっ……こんなの……ダメなのにいっ」
うわずった声に、ドキリとした。
ドアの向こうから聞こえてきた、加奈子の声。
まさか、と思った。
啓介は耳をそばだて、必死に抑えようとしている妹の小さな声に耳を澄ませた。
「トけちゃう……っ、トけちゃうヨォ!」
ある日、妹の部屋から聞こえてきた、くぐもった声。
それさえ聞かなければ。
そして、その翌日が両親の旅行の日ですらなければ……。
そのままの関係が続いていたのかも、しれなかった。
◇
「じゃあ、行ってくるから」
「啓介、加奈子のことを頼んだぞ」
両親が家から出て行くのを見届けた。
それから玄関のドアに鍵を掛け、何か忘れ物をして帰って来たりしないことを確かめたあと、啓介は加奈子の部屋へと向かった。
これからのことを考えると、啓介の手には否応なく力も入る。
誰にも知られてはいけない。
急ぎ、ことを成し遂げねばならない。
◇
両親が出て行ったあと、彼のエクスカリバーはすでに臨戦態勢だった。
加奈子を己の聖剣で攻め立て、破られたことのない防壁を最初に貫く存在になれという囁き。
彼は加奈子のことを大切に思っていた。
その気持ちは誰よりも強かった。
だが、そんな真似をしてしまえば加奈子から嫌われてしまうかも知れない。
不安もまた、強かった。
しかし彼はこの戦闘――いや、戦争に勝たなければならないと考えた。
もはや我慢ならなかったのだ。
加奈子の部屋のドアノブを捻ると、あっさりと開いた。
鍵などかけられていなかった。
それは加奈子から兄に対する信頼の証であると理解することは容易かった。
この事実が啓介の行動を撃肘する助けにはならず、むしろ彼の覚悟を固める後押しとなった。
彼は、加奈子の閉じられた扉を自らの鍵によってこじ開けることを決意していた。
部屋の中で加奈子はだらしなくベッドの上で横たわっていた。
これから、どこかに遊びに行くつもりだったのか、スカートに履き替えており、立てた膝と膝の間には白い布が覗いていた。
寝ていたわけではないのだろう。その証拠に啓介が部屋に入ってきたことに気づいて顔を向け、目を丸くしていた。
あまりに無防備な格好だ。啓介の視線を受けて、加奈子はもちろん、膝は閉じた。
あからさまな動きではなかったが、加奈子なりの恥じらいだった。
一呼吸置くことなく、啓介の剣は震えた。もはやこの激流を止めることは誰にも出来ない。
「あれ、お兄チャン、どうしたノカナ?」
啓介は無言を貫いた。ただ後ろ手にドアを閉め、さりげなく鍵を掛けた。
かちゃり、と小さな音ではあったが、テレビやラジオを付けているわけでもない静かな室内にその音はやけに大きく響いた。
邪魔が入ってしまえば、次の機会はないかもしれない。
一気呵成に終わらせる必要がある。
加奈子は驚いた顔のまま、問いを投げかけてきた。
「ン。パパとママは、もう出かけちゃったんダネ……」
見送ろうと思っていたのかもしれない。
だが、そんなことはもはやどうだって良かった。
啓介の頭の中にあったのは、加奈子の身体をいかにしてこの聖剣の支配下に置くか。
ただそれだけであった。
「キャッ。な、なに。お兄チャン、どうしたノ?」
加奈子が起き上がろうとしたところを啓介は素早く押さえつけ、戦争において素質ある肉体を己の腕によって封じ込めた。
当然、加奈子はわけがわからないままに逃れようとする。
しかし二枚の布の下に隠し持った聖剣は加奈子を貫きたくてたまらないとばかりに、素早く取り出され、加奈子の喉元に突きつけられた。
加奈子は驚き、目に恐怖を滲ませた。
当然だ。今まで見たこともない力強く黒々とした太くたくましい聖なる剣が、兄と信じていた男の身体から突き出されているのだ。
そんなものを見慣れているわけもなく、また、どうしてこんな風に啓介が変わってしまったのかを、ようやく理解したのだろう。
震え、おののきながら、加奈子は言った。
「……お兄チャン、どうして」
「加奈子。……全部、俺のワガママだ。すまない」
「……ウウン。お兄チャンになら、いいヨ。それがお兄チャンの決めたコトなら……」
「本当に、いいんだな」
「ン。……怖いケド。痛くしないでネ……?」
加奈子はまだ怖がりながらも、なんとか浮かべた笑顔で、つぶやいた。
◇
加奈子の聖域を守りし布は、啓介の手によって呆気なく取り払われた。だが、すぐさま聖剣を突き入れることはできなかった。
しかるべく手順を持って啓介は加奈子に残った守りを攻略していった。加奈子の持つ、なだらかな稜線を描く二つの山の頂上では繊細な手つきを用いた。
加奈子の聖域の周辺を探っていると、極めて敏感な部分を見つけてしまった。
乱暴に扱うことなどできるはずもなく、啓介は入り口付近で慎重に弄くり回した。
もちろん、聖域の奥にある膜のような壁、それに守られたものを啓介は聖剣によって破り、奪うことを目的としている。
だが決して加奈子を傷つけたいわけではなかった。
上や下にある穴をも、啓介は確かめるように探った。主目的ではないとはいえ、加奈子の感じる痛みが少しでも少なくなるようにとの配慮だった。
その副作用か、加奈子は顔を赤くして、息を荒くもした。陶然とした顔で啓介を見つめ、やがて訪れる運命の瞬間を待ち望んでいるかのように、その身体を預けてくるのだった。
「お兄チャン、そろそろ……お願いネ」
「……本当に、いいんだな」
「ウン……カナコの、大事な部分を見て……欲しいヨ」
「ああ。ちゃんと、見てる」
「来て、お兄チャン……! カナコのナカに……!」
「……行くぞ!」
そして啓介は、己を、加奈子の体内へと。
やわらかい部分を押し開いていくように、ずぶり、と。
◇
その日から、啓介と加奈子の関係はただの兄と妹ではありえなくなった。
あの出来事については、両親には言えなかった。無用な心配を掛けるだけだからだ。
ただ、ベッドの上に残った血は、誤魔化しようもなく。
旅行から帰ってくるまでのあいだ、二人は必死に言い訳を捜し回るのだった。
◇
啓介は運命に導かれし勇者であり、聖剣エクスカリバーの主だった。
魔王が復活した暁には真っ先に狙われるため誰にも教えてはならなかった。
だが、聖剣は魔王の存在を感じた。
魔王を殺すために存在している聖剣は、彼を無理矢理にでも動かそうとしていた。
彼は妹の体内に滅びたはずの魔王の核が存在していることを知った。
このまま放っておけば、かけられていた強力な封印が解けてしまうことにも気づいた。
加奈子は、魔王をその身に宿している。
彼女もまた、それを他者に知られることを恐れていた。
急げばなんとかなるかもしれない。
ゆえに危険は承知で、啓介は、加奈子のために動くと決めたのだ。
強固な扉となっていた結界を開き、体内へと己の分身を送り込んだ。
そして魔王の核を守っていた壁は破られ、貫かれた。
聖剣を使うにあたり、妹の柔肌を傷つけてしまったことだけは後悔してもし足りないのだが、もはや加奈子に危険はない。
その事実に、兄妹は一筋の涙をこぼし、笑顔を溢れさせた。
あの日まで、自分の身体が変わってしまう、人格が捩じ曲げられてしまう、その恐怖と加奈子はずっと戦っていたのだ。
わけもわからぬまま、自分が自分でなくなってしまいそうなあのとき……颯爽と現れて啓介が自分を救ってくれた。
そのためにか、全幅の信頼を置くようになった。
結果として、加奈子からの好意がそれまで以上に過剰に、過激になりつつあった。
明るい笑顔で、服をはだけつつ、こんなことを言ったりもされるのだ。
「お兄チャンのコト、……大好きダヨ」
「加奈子」
「フフッ。お礼とかじゃないヨ。エッチなコトがしたくなったらいつでも言ってヨネ! カナコはお兄チャンにだったら……全部オッケーだからネ!」
どこまで本心か分からない加奈子の言葉に、啓介は肩をすくめるのだった。