現実主義者と対人距離
対人距離、ほぼ初対面の人物と相対する時の適切な距離は、約120cmと言われている。
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やはりこの通路を三人で並んで歩くのは何か間違っている。
隊長は185cm前後で細身だけど筋肉質。
キースも180cm前後とがっしり系。
特別にカツ2枚挟みましたというぐらい、暑苦しいサンドイッチの出来上がり。
貧相な私は、しなびたレタス並みにへなへな。
もちろん3人横並びに歩くわけも行かず、かといって手を離すわけもいかずで、結局歩く時は皆体が斜めになってくるわけで。
あー、苦しい、なんで私だけがカニ歩きになってんだか。
私が横になることで、位置が安定したのか、その体勢のまま歩くこと3分。
やっと明るい光が見えた。
見えたが階段という難関があった。
私はここまで2人に捕まえられながら何とか歩いてきた。
キースは自分のペースで先頭歩きーの、私は引っ張られーの、隊長は転びそうな私を引っ張り助けーのでここまで何とかやってきた。
だが、この階段、どう見てもただで済むとは思えない。
鍛えられた肉体を持つキースは、おそらく容赦ないスピードでこの階段を登り切るだろう。
断言しよう!私はそれに引っ張られ足が追い付かず、必ずどこかで踏み外す。盛大に。
後にいる隊長はとばっちりを食うだろう。
よし、被害は最小限に、ここは一つ提案してみよう。
「あのー。ちょっといいですか?」
おずおずと話しかける私。
「何だ」
不機嫌も顕わにこちらを振り向くキース。
「階段は危険ですので、腕つかむのはやめた方がいいです。絶対転びます、私が。」
それは自信あるからね。
「そうだな、一理ある。片方だけにしよう。お前が引っ張れ、キース」
相変わらずいい声してるな、隊長。
って、え~!?違う、離すのはキース、キースの方向でお願いします。
「しかし…解りました」
あああ、キースに引っ張られるのは決定事項なんだ。
そうなんだ。
あぁ、怪我決定。
後は未知のウィルスによる感染がない事を祈る。
異世界で死す、なんて笑えねェ。
ああ、どうやって転ぼう。
じゃない。
転ばないようにはどうしよう?だ。
前提から間違っちゃだめだよね。
そして根本から間違って、やっぱり転んでしまいましたとさ。
正解は、集中する。でした。
ホント笑えない。
そしてやっぱり怪我した。
1mm程度の。
地球にいてたら気にも留めない怪我。
むしろ気付かなかったかもしれない。
そんな怪我。
「おい、どうした?」
よほど間抜けな顔をしていたか、隊長が聞いてきた。
「あ、いえ。大した事ですが、大した事ありません」
「はあ?」
そう言ったのはキース。
「いえ、進みましょう」
私がそういうと、二人とも腑に落ちない顔をしたが再び階段を上り出した。
トンネルを抜けるとそこは…
異世界の風景が広がっていると勝手に期待していました。
何がって、外の風景。
街並みとか見てないから、まだ一概には言えないけど、私が今出てきた建物は少なくとも地球で見た事があるような形状だった。
ヨーロッパの建築様式に似ている。
私がヨーロッパの人間なら、日中だけなら異世界だと気づかないのでは?と思うくらいには普通の建物だ。
珍しくもない。
むしろ、人の方が異世界を感じる。
あ、別に人間じゃないものがうようよしているとかではなく、剣を佩いて歩く人がうようよ。
剣って…
「おい、きょろきょろするな。」
怒られた。
いやぁ、それにしてもすがすがしい空気だ。
空気がきれいな証拠だね。
怪我?ははははははは。
最近覚えた、現実逃避のスキルはあまり高くない。
ごまかしたって事実は変わらないのだ。
気休めだけど、唾液は消毒効果があるとか何とか。
とりあえず舐めて消毒しよう。
現実逃避よりかは、幾分現実的で健康的だ。
て事で、怪我の部分である指先を舐めた。
突然妙な行動に出た私は、2人に微妙な目で見られた。
とりあえず社会人の必須スキル、にっこり笑ってごまかすを行使した。
石化されてしまった。
よほど奇怪な行動と見られたのだろう。
二人とも変な顔をして落ち着かない。
そりゃそうだろう。
囚人が妙な行動をすれば警戒もする。
ま、気にしない。
そうして黙って歩く。
今度は普通の歩き方で。
衆人環視の前でカニ歩きはさすがに嫌だしネ。
それにしても、もうこんなに広いのに密着して歩く必要性が?
異世界に来ると対人距離まで変わってくるのだろうか?
せめて個体距離(45cm)をキープしてくださーい。
不快でース、このやろう。