現実主義者のスタートライン
窓の外には、3つの月が輝いていた。
ずきずきと痛む頭痛に思わず蹲る。
それと同時にお腹が鳴った。
そういえば、昼から何も食べていない事に気づいた。
しばらくすると、通路の向こう側の扉が開き、中から一人の人物が出て来た。
その人物は、こちらを向いて立ち、舐めまわすように私を見る
嫌な眼だ。
「異世界か~」
口に出して呟いてみた。
言葉は扉の奥に吸い込まれるようにして消えていった。
向こうの部屋の壁には、赤い花が生けてあった。
萎れていた。
「おまえは何者だ?」
そういえば、昔友人に借りた小説や漫画の中で、異世界トリップを題材にしたものがあった。
その中で、異世界にも関わらず、主人公は言葉が通じるというオプションが付いていた。
どうやら、私の場合もそのオプションが付いているらしい。
それにしても、言葉の通じ方っていったいどうなっているんだろう?
まぁ、落ち着いてから考えればいいか、っていやいやいや、何認めてるんだろう?
おかしいから、どう考えても。
それにしても、社会人になってから、小説や漫画を読まなくなった。
毎日のルーチンワークをただ只管にこなし、余計な事をしなくなって7年も経った。
そりゃ老けるはずだわ。
まるで、あの花のようだ。
と思ったところで、顔を歪める。
赤い花を見て、数年前の苦い思い出が蘇った。
その事を思い出すと、漫才を見ながらでも泣ける自信がある。
ふっ切ったつもりなんだけどなぁ。
その考えを振り払うように、頭を振る。
頭の走った痛みに、思わず呻いた。
独りで悶えている様を他人に見られるのは恥ずかしい。
かなり恥ずかしい。
「おい!?」
そういえば、認識すると現実になると、ある人が言っていた。
シュレーディンガーの猫?
その人は風邪を例に出していたが、間違っているような気がする。
激しく間違っているような気がする。
だけど、あえてその人の理論でいけば、私は今、確実に年を取った。
何せたった今、自分が年いった事を認識してしまったからだ。
そしてさっき、認識してはいけないものまで認識してしまった。
思わずあの窓を見て頭を抱える。
「何をしている?」
はぁ~
思わず、目を瞑って溜息をついてしまった。
涼しい風が私の頬をかすめる。
いたわるように、慰めるように。
8月なのにまだ涼しい風が吹くと、無理やり思い込もうとした。
もう一度溜息をついた。
石造りの部屋だからとか、海の近くまで無理やり拉致られたとか、色々言い訳をして思いこもうとしたが、どうにもうまくいかない。
自分の性格の融通の利かなさがここにきて堪える。
「聞いているのか?」
はぁ~
もう何度目かの溜息をついて、ようやく目の前にいる人物に焦点を合わせた。
はぁ~
もう一度溜息をつき、私は初めてこの世界のものに対して言葉を発した。
「ここはどこですか?」
私がここが異世界であると認識した瞬間だった。