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万引き犯VSおばちゃん

作者: 親方さん

この作品はフィクションです。実在の人物、団体、事件などにはいっさい

関係ありません

この作品中の出来事を実際に行うと刑法により罰則が与えられます

くれぐれも真似を行いませんよう、お願いいたします  


 薄暗い部屋の中、小さな地図を広げる。

 地図には、所々に赤ペンでマークが付けられている。

 マークの横には、数字や文字がズラリと書き込まれている。

「今日はここにするか」

 地図にある一つのマークを見て呟く。

 地図には『轟スーパー』とある。

 万引きを行う舞台だ。

 薄手のジャンバーにジーンズ等の動きやすい服装に着替える。

 かばんは持たないが、代わりにポーチを腰につける。

「準備はできたな」

 準備ができたことを口に出して確認する。

 口に出すことで抜かりがないことを確認できるので、出かける前の習慣になった。

「さて、今日もがんばりますかな」

 意気揚々と家を出た。



 自転車に乗り、隣町までいく。

 本日の舞台になる『轟スーパー』はこの町にある。

 三十分ほど自転車をこぎ、目的の『轟スーパー』に着いた。

 駐輪場に自転車を止め、店に入る。

 すぐに目的の場所に向かうわけではない。

 情報の誤差がないか、怪しまれないように商品を手に取ったりしながら、周りの様子をうかがう。

 情報に誤差がないことを確認し、目的の場所に向かう。

 防犯カメラや店員の配置などは下見の段階ですでに把握済み。

 カメラや店員の守護領域(テリトリー)は、ほぼ完璧なものだ。

 だが、それも絶ではない。

 カメラや店員の死角(デッドスポット)は限りなく小さいが存在する。

 その(デッドスポット)が存在するのが、このお菓子売り場の列、左から二番目の駄菓子棚。

 死角(デッドスポット)が存在する場所(エデン)は、およそ人一人分。

 並の人間ならそこから取るのは至難の業。

――だが、俺ならできる――

 場所(エデン)に入り込もうと足を踏み出そうとした瞬間、空気が変わった。

 強烈なプレッシャー、それも歴戦の猛者が発するものを感じる。

 瞬間的に気がつき、足を引っこめた。

 そのプレッシャーは、すぐそこから発せられている。

 プレッシャーの出所に目をやると、一人のおばちゃんが立っていた。

 見間違いかと思った。

 誰がどう見てもただのおばちゃん。

 しかし出所は、確かにこのおばちゃん。

 ふと、おばちゃんの行動が目に付いた。

 商品を手に取って見ているが、辺りの様子を自然にうかがっているのが分かる。

 おばちゃんが、その目をこの列に向けた。

 すると、互いの目と目が重なった。

 おばちゃんは、俺の存在に気がついたようだ。

 おばちゃんは、俺を射抜くように大きく目を見開く。

 その眼光に気圧され、後ろに下がってしまいそうになるが、堪えた。

――こいつ、何者だ? まさか万引きGメンか――

 万引きGメンかと疑うが、先ほどの様子は万引き犯を探す感じではなかった。

 むしろ、同業者……万引き犯ではないかと推測する。

 この答えに辿り着くのにおよそ二秒。 

 すぐさまこちらも鋭い眼光をたたき返す。

 おばちゃんは、少し驚き後退したが、負けじとにらみ返してくる。

 万引きをするには、あの場所(エデン)を先に取らなければならない。

――だが、先に動けば殺られる――

 本能的に感じ、迂闊に前に出ることができない。

 だが、それは相手も同じこと。

 長い勝負になりそうだった。

 

 

 空調が効いて過ごしやすい筈なのだが、空気が熱い。

 汗が頬を伝い、首元までしたたり落ちてくる。

 それを手で拭うことはできない。

 その小さな動きをするだけで、動作一つ分相手に余裕を与えてしまう。

 そうなれば相手に場所を取られてしまう。

 そうなってしまえば、負けだ。

 おばちゃんの動きを細かく観察していく。

 体の動き、表情、呼吸のペースまで見ていく。

 そこで一つ、気がついた。

 おばちゃんの動きが遅いのだ。

 一つ一つは、ほんの少しだけなのだが、それが重なると動きにキレがない。

――そうか、歳だから動きが鈍いのか――

 この戦いで一つの光明が射した。

 いかに歴戦の猛者でも、動きが遅いのは致命的。

 おばちゃんは、プレッシャーや目で上手くごまかしている。

――うまく隠しているが、俺の目は誤魔化せない――

 この拮抗している状態の中、この弱点の露呈は致命的。

――この勝負、貰った――

 おばちゃんの動きから見て後手に回っても、コンマ数秒先に場所(エデン)を獲れる。

 もちろん、これはおばちゃんの初動を見逃さなければの話。

 初動を見逃さないよう全神経を集中させ、動き出すのを待つ。 



 静寂を打ち破ったのは、おばちゃんだった。

 おばちゃんは、先に場所(エデン)を確保しに動く。

 すぐさまこちらも動き、ほんの一瞬だが、先に場所(エデン)に入り込んだ。

――勝った――

 そう思ったのが失敗だった。

 おばちゃんは失速をせず、そのまま俺に体当たりしてきた。

 その衝撃をもろに食らってしまい吹き飛び倒れそうになる。

 倒れてしまえば、店員に気づかれてしまう。それだけは避けなければならない。

――倒れてたまるか! ――

 根性で倒れようとする体勢を持ち直した。

 だが、おばちゃんに場所エデンを奪われてしまった。

 こうなってしまえば、後は見ているしかない。

――あの動きを鈍く見せたのはブラフ。俺はまんまと引っ掛かったのか――

 悔しさに奥歯に力が入る。

 悔しさをこらえつつ、おばちゃんに目を向ける。

 すでにこちら事は眼中になく、周囲と棚に全神経を集中しているようだ。

 その集中力に鬼気迫るプレッシャーを感じた。

「す、すごいプレッシャーだ。ここまでの物は初めてだ」

 プレッシャーを間近で肌に感じ、冷静さを取り戻した。

 心のどこかで相手がおばちゃんだということで油断していた部分があった。

 それが今回の敗因。

 そう自分で考え、おばちゃんの技をみること徹した。



 おばちゃんは、腕に下げていた大きなかばんの口を開き、広げた。

 そして、かばんとは逆の手を棚に腕ごと突っ込んだ。

――一体、何をする気なんだ――

 おばちゃんは突っ込んだ腕を、商品を巻き込みながら戻し、かばんに入れる。

 その豪快さに唖然とした。

 その行動に文字をつけるなら『ガバッと』だ。

 もう、それ以上にふさわしい言葉はないだろう。

 おばちゃんは、おれが唖然としている間も棚のお菓子をかきいれていく。

 仕舞いには、かばんが数倍に膨れ上がっていた。

 おばちゃんは、かばんを見て満足げに笑い、その場を後にする。

 おばちゃんが去った棚には、お菓子はほとんど残っていなかった。

 まるで、肉食獣のごとく食い荒らしたのだ。

 おばちゃんが去って少し経ってから、俺もその場を後にした。

 


 少しガッカリしながら、店を後にしようとする。

 自動ドアが開くと、なにやら怒鳴り声が聞こえてきた。

 ドアを出て声のするほうに目をやる。

 そこには、警備員とかごを持った若い女性に腕を掴まれているおばちゃんの姿があった。

 怒鳴り声の主はおばちゃんで、何やら激しい口論をしているようだ。

 あまりにも激しく言っているので内容が聞き取れない。

 だが、口論を聞かなくても内容は容易に想像できる。

 レジを通してもいないのに、あれだけ膨らんだかばんを持っていたらさすがに怪しまれるだろう。

 若いお女性は万引きGメンだろう。

 おばちゃんがどれだけ言い訳をしようとも、中身を見られたら終わりだ。

「あれだけの業を持っているのに、最後は無様だな」

 不意に言葉が漏れた。

 あれほどの力量を持ちながら、欲に溺れてしまった。

 その結果が、あのかばんであり、あの状況だ。

 そんなおばちゃんに負けるようでは、俺もまだまだ。

 心を入れなおしてがんばることにした。

「さて、帰って新しい店を探すかな」

 自転車に跨って家へと向かう。



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