導入実験
朝倉結月は、何でもないことを心理学の言葉で説明するのが好きな奴だった。
会話の流れとか、人と人との距離とか、どうしてそんなことが気になるのか分からないようなものまで拾い上げては、得意げに専門的な用語を持ち出して話す。そういうところがあった。
最初、瀬尾はそれをただの雑学だと思っていた。
本人が好きで喋っているだけの、どうでもいい知識の延長だと。せいぜい会話の種で、ついでに少し人をからかうための道具でもあるのだろうと、それくらいに思っていた。
実際、たぶんそれも間違いではなかった。
朝倉はそういう話を楽しんでいたし、瀬尾の反応を見るのも好きそうだった。人のことをよく見て、よく笑って、妙なところで変に真面目になる。そういう、少しだけつかみどころのない奴だった。
だからきっと、始まりというのはきっと案外あいまいだ。
こっちははっきり覚えていないのに、向こうは最初から自然に隣へいる。気づいたときには、会話が当たり前みたいになっている。
朝倉とのやり取りも、たぶんそうだった。
何がきっかけだったのか、いつから特別だったのか、あとから考えようとしても上手くいかない。ただ、振り返ればいつも、あいつは妙に楽しそうに喋っていて、瀬尾はそれに適当に付き合っていた気がする。
そしてたいていの場合、そういう何でもない時間の方が、あとになって妙に残る。
あの頃の瀬尾は、まだそれを知らなかった。
何気ない会話のひとつひとつが、思っているより長く心に残ることも。
どうでもいい顔をして交わした言葉ほど、あとから不意に思い出されることも。
そしてたぶん、自分が思っていたよりもずっと早い段階で、朝倉のことを気になり始めていたのだということも。




