表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
石燕先生、モノノケでござる!  作者: 玉水ひひな
第一話 春坊の縁談

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

7/32

春坊に、死相

「そこなあなた!

 画妖……、いえ、鳥山石燕先生とお見受けしましたが、なぜ、その女人の画姿を描くのです」


 気がつけば、春坊は画妖先生をそう詰問していた。

 春坊の剣幕に、画妖先生は総髪の下でだるそうに眼を光らせた。



「んん……? 何だ、てめえは。この百魅ひゃくみしょうする逢魔刻おうまがときに、餓鬼が気安く出歩くもんじゃねえぞ。怖ァい目に遭っても知らねえぜ……」



「……」



 こんな奇人中の奇人にまで小童こわっぱ扱いされ、春坊はムッとした。

 だいたい、画妖先生だって、まだまだ若造と呼ばれるようなよわいの男じゃないか。


 眉をひそめて、春坊は、幼く見えないように肩を怒らせて言い返した。


「そ、それがしは小僧ではありませぬ。この町で同心を務める久慈新兵衛が末子、久慈春右衛門と申しまする。無礼は承知でお声かけさせていただきましたが、先生は何ゆえ、その女性を……日下部千代殿をお描きになるのです?」


 声を上ずらせている春坊をちょっと見て、画妖先生は画筆で描いたような柳眉を持ち上げた。


「千代……? ふぅん……。この女、千代というのか」

「は……?」

「なかなかどうして、それらしい名を持ったもんだな」

「……?」


 先生が、頬を持ち上げてニヤリと笑う。

 自ら描いたくせに、彼はその画をしげしげと眺め始めた。


 ……このモノノケ先生は、いったい何を言っているのだろうか?


 さっぱりわけがわからず、春坊はますます顔をしかめた。

 だって、普通、絵というものは画題を知覚して描くものじゃないか。

 何と知らず、こんな抽象性の一切ない千代そっくりの美人画を描けるものだろうか?


 謎めいた独り言に春坊が戸惑っていると、男がさっさと画具を仕舞い始める。

 目を瞬いて、春坊は画妖先生に訊いた。


「先生、どちらへ行かれるので?」

「決まってるじゃねえか。日が暮れたから、帰るンだ。画を描くにゃ、行燈がいる……」

「……」


 春坊が呆気に取られていると、夕日の残光を頼りに画妖先生が濁った目をまん丸にして、春坊の顔を覗き込んできた。

 どこか妖しげな光を閃かせた画師の瞳に、春坊の童顔が映る。



「――ふむ。どうやら、オヌシには死相(しそう)が出ておるようだな。せいぜい気をつけることだ」



「な……」


 脈絡もなくモノノケ先生の口からおどろおどろしい言葉が飛び出て、春坊はつい頬に手を置いた。


「し、死相でござるか?」

「ああ」


 そう頷くと、春坊を放って画師が歩き出す。


「お待ちくだされ! 先生!」


 死相とはどういうことか訊こうと慌てて引き止めたのだが、男が振り返ることはなかった。

 夕暮れに溶けるようにして――、彼の背中は消えていった。




 ♢ 〇 ♢




 奇妙な画師の背を見送って、春坊は眉をひそめた。


 俺の顔に、死相が?


(――あのモノノケ先生は、いったい何を言っておられるのだ……?)


 ……モノノケ先生が人相を視るという話は小耳にも挟んだことがないが、明日からはそんな風聞が噂好きの江戸っ子達の間を駆け巡るのかもしれない。

 

 忍び寄る夜闇とともに賑やかだった行商や大道芸の声もいつしか絶え、野犬の鳴き声が驚くほど側からふいに響く。


「!」


 犬公方と呼ばれた五代将軍が発布した生類憐みの令により、人を咬む凶暴な野良犬の多くがお犬小屋に召された。

 あれからずいぶん経つから、近頃また江戸に野犬が増えてきたのかもしれない。

 

 どこかの寺で、捨て鐘が鳴る。

 声はすれども姿は見えぬ野犬にぞっとし、春坊は足早に辻を立ち去った。


 その背を、いつまでも何かおぞましいものが追ってくるような黄昏であった。




 ♢ 〇 ♢




(……しかし、千代殿は、いつどこで、あの画妖先生と会ったのだろう?)




ここまで読んでくださってありがとうございます!

なるべく毎日更新する予定ですので、続きも読んでいただけたらとても嬉しいです。


また、ブクマや評価やいいねなどなど嬉しい反応をいただけたら活動の励みになりますので、ぜひよろしくお願いします!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ