墓を暴く男
この題材は、いつだか見たことがある。
確か、石燕が描き終えたまま無造作に投げてある山の中にあったはずだ。
それはさらさらと筆を走らせただけの下描きだったが、石燕の手蹟による文も添えてあった。
いわく――、
〈去るものは日々にうとく、生ずるものは日々にしたし。
古きつかはすかれて田となり、しるしの松は薪となりても、五輪のかたちありありと陰火のもゆる事あるはいかなる執着の心ならんかし〉
(去った者は忘れられ、今居る者が親しまれる。
古き墓地はいつしか忘れ去られて田畑となり、目印だった松が薪となって燃やされても、五輪塔の姿がはっきりと夜闇に浮き出すように燃え盛る目には見えぬ炎は、いったい何の執着の心なのだろうか)
と、あったはずだ。※
「……」
春右衛門は、まじまじと画を眺めた。
屋根、玉、土台を重ねた、五輪塔という墓に使われる石造の供養塔が、白い炎に巻かれている……まるで、執着されるように。
(〈執着〉、か……)
それはつまり、死霊がこの世に黄泉返ろうと藻掻いている、ということだろうか?
確かに、虚空へ向けて針のように伸びる炎は、まるで誰かに助けを求める手のようにも見えた。
しかし、哀れんで誰かがその火の手を取れば、ともに燃えてしまう……執着とは、何と悲しきものたるか。
だが――その画には、以前目にした【墓の火】とは大きな違いがあった。
石燕が今筆を走らせている画には、人が描かれていたのだ。
それは、ある一人の男の背だった。
罰当たりなことに、どうやらその男は墓荒らしをしているらしい。
夜更けの墓場で、伸びる卒塔婆をかき分け、汗の雫を垂らして男は墓場の盛り土を掘っているようだ。
ザクッ、ザクッ、ザクッ、と、鍬が土を噛む音が、今にも聞こえてきそうだ。
男の顔は見えない。
墓を睨んでいるからだ。
この男が物の怪なのか、それとも人間か……春右衛門の目にはわからない。
だが、画面にはおどろおどろしい迫力が満ち、何かに追い詰められるような、何かを追い求めるような――まさに〈執着〉が刻まれていた。醸造し煮詰められて腐れて匂い立つほどに。
石燕の素晴らしい画術をあらためてまざまざと思い知らされるような出来栄えの怪作だった。
不気味な墓荒らしの画に春右衛門が見入っていると、石燕が突然口を開いた。
「……やはり俺の趣味じゃねえな。こんな画は」
「えっ?」
驚いて、春右衛門がどういう意味か訊こうとすると、その前に石燕が起き上がった。
そして、惜しげもなくその見事な画をビリビリと破り捨てる。
「あっ!」
止める間もなかった。
「ああ、何てことを……」
春右衛門が呆気に取られている目の前で無残に裂かれた紙片をその辺にぽいっと投げ捨てると、石燕は怠け者の猫のようにくわっと欠伸した。
「今日は興が乗らん。寝る」
「はあ……」
畳に放り出されていた逸級品の蒲団に包まった石燕を見て、春右衛門はため息をついた。
相変わらず気まぐれな画師だ。
「何と勿体ない……。これだけの傑作を、あっさり投げ捨てておしまいになるとは……」
彼らしいといえば彼らしいが、石燕は過去にはこだわらない。
過去に描いた画など、記憶の片隅にも残っていないのかもしれない。
横になった彼を余所に、春右衛門は破られた墓荒らしの画を拾い集めることにした。
思案しながら破れた画の破片を組み合わせてみると、……どうも墓荒らしの男は、人間に感じられた。
肌に噴き出す汗の玉や震えんばかりの細い肩に、人の生気が詰まっているような気がする。
「……もしや、この墓荒らしは九郎先生ですか?」
ふと、そんな疑問が春右衛門の口を突いて出た。
もう一度あらためて眺めると――、……やはりそうだ。
画に描かれた墓掘り男の背は、どうやら確かに九郎先生に似ているようだった。
「んー?」
蒲団の中から顔を出して頬杖を着き、石燕がニヤリと笑う。
「知りたいか。この、野次馬め」
いつかのように皮肉られたのはわかったが、今度は春右衛門は、折り目正しく正座して床に両手を着いて素直に頭を下げた。
「はい。知りたいです。石燕先生」
「……」




