前段 (キャラ紹介画像アリ)
穢土の都には、真なる闇がある。
昼日中にはにぎやかな町並みが、陽光に朱みが増す頃にはがらりと様子が変わることがあった。
――時は、夕暮れ。
逢魔刻が来るのだ。
影が不気味に伸び始めると、――男は帰路を急いだ。
昼と夜の境目の時間には、不吉なことが起こる。
……というのは、この国では周知の事実だった。
ふと、その時。
「……」
人気のない辻を、血の臭気を乗せた厭な風が吹き抜けていく。
男が顔を上げると、そこは本所の先。男が最近通じている女の住むあばら屋敷がある通りだった。
金もなく、病身で、誰かに男のことを漏らす心配もない……女は、〈理想の愛人〉だった。確か、この隠微な秘めたる恋は、女に古めかしい風流な和歌を贈られたことから始まったのだった。
しかし――何やら不気味な今日は、早々に家に帰ろうと思っていたはずなのに、なぜこちらへ来てしまったのだろう?
女がいつも顔を見せる格子戸からは、今日も黒い石のような一対の瞳が覗いていた。
はっとして、男は目を見開く。
なぜ忘れていたのだろう。
(これは、確か)
男は、闇夜に浮かび出る瞳を見上げた。
(幾度も、夢うつつに見た光景じゃないか……!)
誘うように、恋した女の含み笑いが聞こえている。
「うふ、ふふふふ……」
甘い笑い声が、おいでおいでと手招きをしているようだった。
誘われるように、男はふらふらとあばら屋敷の奥へと足を踏み入れた。
ぎし、ぎし、と、床が厭な音を立てていく。
「さあ、さあ、さあ――」
声が、上から振ってくる。
男は……、ギャアと声を上げたかどうか。
ちょうど丑三つ刻まで、肉を喰み、骨を砕く音が静かに聞こえていた。
やがて、その音も絶え、朝が来て――……。
次の獲物は、江戸のいずこに。
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