最終話
ハンスはリヴ山の崖上、バルムンクが一望できるその場所でケインを待っていた。
現在は約束の3日後、日は落ちはじめ、辺りは暗くなり始めていた。
座り、バルムンクを眺めるハンスに警戒の色はない。
後ろから襲われでもしたら一溜まりもないが、ケインはそうできないだけの理由があるとハンスは踏んでいる。
(ケイン…… アメリアを弔う間、おまえは答えのでない自問を繰り返すだろう。
アメリアから伝えられた真実、そして彼女の思惑。自身の暗殺の理由。
俺が全て話してやる。そして全ての感情を俺に向けろ。
俺だけを見ろ!ケイン……!!)
崖へと続く茂みからガサガサと木々をかき分ける音がした。
ハンスは立ち上がり、そちらを見る
現れたのはケイン。
スケルトンの身体になってなお、己の復讐を果たすため彼はハンスのもとに来た。
(読み通り憔悴しきっている。
これならば俺にも勝ち目がある……)
「ハンス……」
ケインはゆっくりと口を開く。ハンスは呼びかけには答えなかった。
「なぜ俺は、お前に殺されたのだ……」
「全てはあの女の企みだ」
ハンスは答えた。
「アメリアがなぜ俺を……? ハンス、おまえはその計画になぜ乗ったのだ……?」
「欲にまみれたあの女は、ケイン…… おまえが領民を訓練の際殺してしまったことで焦りでもしたのだろう。
ケインの凶行をなんとしてでも止めねばバルムンクの領地は取り上げられてしまう。
欲深い魔女はなんとしてでも領地を失いたくなかったんだろうな。
そこで暗殺を企てたのさ」
ハンスはアメリアの企みを話す。
この場において偽りはない。
ハンスはもう偽る必要はないのだ。
「ならばハンス、なぜお前はアメリアを止めなかったのだ……!」
「やつは俺が行わねば毒殺すると言ったのだ。
ケイン…… お前の死が毒によるものなどそんなことは絶対にあってはならない。
おまえは戦いの中で死なねばならんのだ!!
しかしあの最後は戦いと呼べるものでは到底なかったがな……」
ケインにはハンスの考えがわからなかった。
「お前は…… 俺から全てを奪いたかったのではないのか……?
領地も、アメリアも、地位も…… 全てを……」
「いらないさそんなもの」
ハンスは答えた。
「俺はそんなもの欲したこと一度もないさ。俺が欲したものはただ一つ。
ケイン、おまえだけだよ」
「どういうことだ……?」
「俺は最初から、出会ったときからずっとだ。
ケイン、お前の戦う姿を横で見ていられればそれだけでよかったんだ。
お前の戦う姿は美しい、そのためだけに生まれてきた戦士だ。
それをあの女が己の欲のために縛り付けたのだ」
「何を言ってるんだお前は……?」
「傭兵として戦場で輝く。
ただそれだけでお前は無二の存在だったのに、領地を賜るという話になったときあの女は飛びついただろう?
思えばあぁなるまえに始末すべきだったんだ」
「俺から奪うためでもなく俺を殺したのか?
なんのために?」
「すべてはこの決着の為だ。
ケインの一度目の死はあのような終わり方になってしまった。
伝説の傭兵があんな終わり方はないだろ?
俺は後悔したよ。
だからケイン、お前が蘇った時俺は心底嬉しかった。
今度こそ最高の終わりを迎えさせてやれる。
そのためにあらゆる事を駒としてこの決着の場を作ったんだ。
伝説の傭兵ケインに相応しい終わりの場をだ」
「駒……? お前はアメリアを利用したのか……?」
「アメリアだけじゃない。ハインツもだ。
全て俺の掌の上だったわけだ」
ケインは震える。
「……許さん!!」
「許しを請うつもりなどない!!」
ハンスは手に持っていたクロスボウをケインに向け射った。
頭部を狙ったそれはケインの腕に防がれる。
受けた感触は殺傷力を求めた矢ではなく、破壊力を重視したそれであった。
ケインは装填の猶予を与えることなく、ハンスに斬りかかる。
ハンスはそれを躱すと同時にケインに小瓶を投げつけた。
「油か!?」
パリンと割れた小瓶の中身がケインにかかる。
ついで火種を投げつけるとケインの身体は燃え上がった。
が、しかしケインはマントで火ごと拭うと、覆っていた炎は跡形もなく消えた。
「二度は通じないか……」
ケインの攻撃を躱しつつ、一瞬の隙をつきハンスは武器を持ち替えた。
相手を拘束するためのスリング。
それを間髪いれずにケインに投げつける。
足を絡め取るように投げられたスリングはケインの動きを一瞬止める。
次の瞬間、ハンスは棍棒でケインの頭部を狙う
。
しかしこれもケインの腕に阻まれた。
足に絡まったスリングから抜け出し、ケインの一撃はハンスを捉えた。
斬ることこそできなかったが、ケインの一撃はハンスの肋を砕き、耐えられずハンスはうずくまる。
「ハンス、お前は一体なにがしたかったのだ」
「ただ…… ただ美しく終えたかっただけだ。
お前の生を…… そして俺の物語は、お前と共に死ぬことによって完成するのだ!!」
ちょうどケインの立ち位置は、崖を背負うような形であった。
ハンスは己の身体ごと、ケインにぶつかり崖から落ちた。
二人は何度も、何度も岩肌にぶつかる。
勢いのまま、地面に打ち付けられた。
ハンスの皮膚は裂け、顔は大きく膨らんでいた。
辺りは雨が降り出した。
急な大雨だ。
ケインと並び、共に逝けないことだけが残念だったが、それでも最後に同じ時間を過ごしたことにハンスは満足する。
ハンスという男の生涯はそこでおわった。
しばらくし、ケインがハンスの傍らに立っていた。
なんの感情もなく、見下ろす。
そしてケインは雨の降る空を見上げ、吠えた。
叫び声は勝鬨にも悲しみにも聞こえた。
髑髏の頭蓋の頬を伝う雨は、ケインが涙しているようにも見えた。
***
誰もいなくなったバルムンク領、その邸宅にて一体のスケルトンは君臨する。
復讐の果ての虚無の魔王には、その時間すら己に与えられた罰なのであった。
***
いつかの時代、いつかの草原にてケインとハンスは並び、馬を走らせていた。
ケインがハンスに言う。
「このまま戦に勝ち続ければ俺達はどこまでいけるのだろうな!ハンス!」
ハンスは嬉しそうに微笑みながら答える。
「どこまで立っていけるさ!俺達なら!
騎士にだって、貴族にだって!それこそ王にだってなれる!」
ハンスの答えを聞き、ケインは答えた。
「くだらん!!俺とお前の居場所はいつだって戰場にある!俺はこのまま進み続けるぞハンス!お前は貴族になるか!?それとも俺とともにいつまでも戦場でその生命を燃やし続けるか!?」
ハンスはハッ笑いながら答えた。
「無論、俺の場所は常にお前の隣だケイン!それはなにがあっても変わらない!だからどこまででも共に行こう!」
二人は笑い合いながら馬を走らせる。
草原の先には何もなく、ただ夕焼けのみが輝いていたのであった。
復讐魔王、完