第七話
ハンスにとって、ケインという人物は神に等しいといえるほどの人物であった。
12の頃に傭兵団に拾われ、そこでケインと衝撃的な出会いをしたハンスはそれ以降、常に行動を共にし、彼のために自分の持てる全てを捧げてきた。
戦場で圧倒的な存在感を放つケインのために、戦を学び、彼の進む道をハンスは作ってきたのだ。
味方からは英雄、敵からは恐怖の対象とされてきたケインはハンスの誇りであり、憧れであった。
傭兵団の中で誰かを特別視することなどなかったケインだが、ハンスだけはそばに置き、時に意見を聞くことさえあった。
二人の間にはたしかに絆があった。
ある日、連戦連勝のケインの傭兵団は、酒場で酒を酌み交わしていたところ、一人の女と出会った。
それが当時、酒場で給仕をしていたアメリアである。
ケインは気が強いアメリアのことを大層気に入り、戦場以外では常に隣に置いた。
その頃のハンスは(ケインも抱き飽きたらすぐに捨てるだろう)程度にしか思っていなかった。
しかしケインはなかなかアメリアを手放さなかった。
そしてハンスは次第に彼女の強欲な一面に気づき、違和感を覚えだす。
ケインから遠ざけねばならない。
そんなふうにアメリアのことを考えていたが、ケインに転機が訪れる。
戦での功により、領地を承ることになったのだ。
アメリアはこの話をケインから聞き、喜んだ。
しかし、ハンスはケインは戦場でこそ輝く男。 領地を与えるなど彼から牙を抜くようなものだと、その話に反対した。
が、この頃にはすでにケインとアメリアは結婚しており、益々ケインからアメリアを引き離すことは難しくなっていた。
ハンスの声は聞き届けられることはなく、ケインはバルムンクの領主、そしてハンスはその副官として騎士の称号を与えられた。
しかしハンスは領主になったとて戦はできる、ケインの元を離れるくらいならその程度は我慢しようと考え、またケインに仕えるようになった。
ケインは領主になってからというもの、その運営に対して一途であった。
夜は遅くまで政策に悩み、朝は早くから外に出、領内での仕事をしていた。
しかしケインには絶望的にその領地運営の才能がなかった。
付き従うハンスはケインの行う政策をいつも修正して回った。
土地を貧しくさせるものは豊かになるような方向性のものに。訓練による怪我人に対しては金銭による事後対応を行っていた。
フローレンフェルトの領主との関係性も良いものとした。
ハンスの全ての行いはケインによるものだと触れ回っていた。
ハンスは領民などどうでもよく、ケインこそが全てだったので、彼の名がバルムンクに残るように動いていた。
しかし、ハンスは領民からの評価に違和感を覚える。
ケインが嫌われ、自分が慕われているのだ。
これはどういうことだと聞き取りを行うと、アメリアの暗躍ということがわかった。
彼女の意図はその時点では掴めなかった。
そんなある日、事件は起こった。
兵の訓練中、ケインが兵を殺してしまったのだ。
ハンスはケインが領民を殺してしまったということに関してはどうでもよく、ここからケインの評価をどう挽回していくかに頭を悩ませた。
そんなことに頭を悩ませていたら、晩にアメリアに呼ばれた。日中のケインの事件の話らしい。
しかし、ケインの姿はなく、アメリアから告げられたのはケインの暗殺依頼だった。
ハンスはこのとき、見誤ったと思った。
アメリアを始末するタイミングをだ。
ハンスがこの依頼を断ると、アメリアはケインを毒殺するつもりだと聞いた。
ならばアメリアを殺そう、とも考えたがそうすればケインと敵対する。それほどまでにケインの中でアメリアは大きな存在となっていた。
ハンスに後悔の波が押し寄せたが、こうなってしまったのなら仕方ない。
ケインの最後が毒殺なんかであってはならないし、そんな殺され方をするくらいなら自分が殺そう、とハンスはアメリアの話に乗った。
大規模な魔物の侵攻と偽り、ケインを誘い出す。
領民兵にはケイン暗殺の任務と告げると驚くほど彼らはすんなり受け入れた。ハンスは領民が憎かった。
森のそばの沼地でケインを始末した。
領民兵を帰還させ、ハンスはケインの遺体を用意した台車を使い森の中に運んだ。
できるだけ森の深く。
魔物が生息する森だが、ハンスにとってはそのような些細なことはもう関係なかった。
奥地でケインの遺体を横たえると、自身も隣に寝転び、手に持った刃を眺める。
(俺もここでケインと共に死のうか……)
そんな考えが浮かんだが、ふとケインの暗殺を依頼するアメリアの顔が横切る。
(いや、ケインを殺したアメリアはこのままにできない……)
ハンスはそう考えると、ケインの遺体に別れを告げ、邸宅へと戻った。
アメリアに事の顛末を告げ、戻るのが遅れたことを謝罪するハンス。
共に育った兄弟のような人が死んだのだからすぐに戻れないのは仕方ないといたわるアメリアに、ハンスは心底怒りを覚えた。
そこからはハンスは領地の立て直しに尽力し、フローレンフェルト領主と友好的な関係を築き、バルムンクの領主への口添えを中央に行ってもらった。
ケインの没後から始まっていたが、この頃になると特にアメリアがハンスに関係を迫るようになったがことごとくを躱した。
そしてある日、信じられない知らせが届いた。
ケインの姿をしたスケルトンが現れた、という報告だ。
ハンスの中で様々な考えが駆け巡る。
それはケインか?それともただのスケルトンか?
ケインだとしたら俺はどうする?彼と共に行動できるか?
いや、ケインの記憶を持っていたら俺を憎んでいるだろう。共に行動はできない。
ならばどうする…… 俺は、俺の最後はケインと共に在りたい。
ケインを誘導し、俺と殺し合わせるよう動こう。
そうすれば俺はケインと共に死に、俺はケインだけのものに、ケインは俺だけのものとして終われる。
そしてアメリアだ、あの売女だ。こいつも確実に殺さねばケインの名がさらに悪く後世にのこるかもしれん。
ともかく、ケインの死によって暗くなった俺の人生は、ケインと共に死ねる、最高の最後になるのだ。
こうしてハンスはフローレンフェルト領主の死亡を利用し、アメリアに己との婚約をちらつかせ、ケインを挑発するように誘導した。
全てはハンスの思い描いたとおりとなった。