第三話
ハンスは馬車の御者に目的地を告げる。
「ハインツ殿ならアメリアのことを匿ってくれるはずだ。
フローレンフェルト領では俺の名前を出せ。
そうすればハインツ殿にも問題なく会えるだろう」
御者は話を聞き、頷くとハンスに尋ねた。
「ハンス様はどうなさるおつもりで?
現れた魔物がケインだとすれば、ハンス様のこともきっと狙ってくるはずです。
この馬車に乗り、フローレンフェルトで戦力を整えたうえでケインを討伐するということは難しいのでしょうか?」
ハンスはその問いに首を振り、答えた。
「ケインを殺したのは俺だ。だから現れた魔物がケインなのかも、俺の眼で確かめねばならん。
それに今この地を離れては、ケインによる被害が領民に出過ぎる。
それを食い止めるため、俺はここに残らねばならない」
ハンスが御者に言うと、御者は「なんとお優しい……」と涙を溜めながら言う。
ハンスは馬車に目をやり、アメリアを一瞥する。
アメリアはなにか言いたそうな顔をしてこちらを見ていたが、ハンスは頷きだけで答えると御者に馬車を出させた。
遠ざかっていく馬車を見送ると、邸宅から騒ぎの声が聞こえてきた。
ハンスは腰に下げた剣を抜き、広場へと向かっていった。
庭では一人の人物を包囲する領民兵の姿があった。
ハンスにとって、見慣れた鎧、見慣れた大剣。
中央に位置するのは間違いなくケインそのものであった。ただ、その頭蓋を除いて。
ケインの足元にはすでに二つの死体。
ハンスが辿り着くまでに、立ち向かった者たちのそれだ。
輪に加わり、二体の死体をみた。
どちらも両断されており、ハンスはこのような殺され方は、ケインの手によって行われたものだということを一番知っている。
この魔物は間違いなくケインだ。死体を見たハンスの結論であった。
「ケイン!!」
ハンスはケインの名を叫んだ。
自らに注意を向けるよう叫び、悪魔と対峙する。
ケインの顔は、ハンスに向くと落ち着きを払った声で呟く。
「ハンス……」
そしてケインの感情は一気に膨らむ。
形が変わらぬはずの頭蓋が怒るように歪んだど錯覚してしまうほどの怒気。
復讐者はハンスへと吠えた。
「貴様なぜ俺を殺したっ!!
手柄を奪い、領民を誑かし、あまつさえアメリアをそばに置いているだとっ!?
それほど俺が邪魔だったか!?
それほどこの領地を俺から奪いたかったか!? それほどまで…… アメリアのことがほしかったのか!?」
復讐者の怒気は辺りを支配した。
領民兵たちはその怒りに気圧され、ジリジリと後ずさる。
ハンスは一歩前に出、兵たちを鼓舞するように剣をケインに突きつけ叫ぶ。
「ケイン!貴様は一度は死んだ身、なぜ今更になって戻ってきた!!」
「貴様への復讐のためだ!!」
ケインは足元が爆破したと錯覚するような跳躍でハンスに斬りかかる。
地は爆ぜ、巨大なスケルトンの身体がハンスに肉薄する。
一瞬の間に詰め寄るケイン。
しかし、ハンスはそれを読んでいたかのように半身になり躱すと、ケインの腹を間合いを取る為に蹴り押した。
まともに食らっては、たとえ防ごうと防御ごと切り捨てるほどの斬撃。
ハンスのほうが上手の攻防であったが、額からはドッと汗が吹きで、紙一重と呼べるほど余裕のないものであることが一目で分かった
傭兵時代に何度も見てきたもの。
その経験があってなお、ギリギリの回避であった。
「ちぃっ!!」
ケインは間合いを詰めるため、さらに斬りかかろる。
バシュッという音とともにいくつもの矢が飛んでくる。
それを咄嗟に避けるため、詰めようとした間合いが更に広がる。
矢を放ったのは兵のクロスボウによるものであった。
苛立ちと憎悪の籠もった眼で兵を睨みつけ、吠えた。
「邪魔をするなっ!!」
「ヒッ」と声を上げこそしたものの、兵はそれでもしっかりと答える。
「ハンス様を殺させはしない!この方はおまえの悪政から我々領民を救ってくれたんだ!!」
「黙れ!こいつは手柄を掠め取っただけだ!俺の政策が結果になるその瞬間を見計らってだ!」
領民の言葉がケインを苛立たせる。
守ってきたはずの領民から否定され、自身から全てを奪ったものが崇められているのだ。
いまのケインには領民を殺すことにすら迷いがないほど憎しみにあふれていた。
「俺達にとってはあの頃の苦しみとハンス様の差し伸べてくれた手だけが答えだ!ハンス様に統治された領地は豊かになりつつある!!」
「俺が行った尽力がないものとでも言うつもりか!!」
ケインは怒り、兵に対して斬りかかる。
「させるかっ!!」
今度はハンスが間に割って入る。
「ぐっ!?」
重心に向かって肩からぶつかられたケインは、ハンスと比べ、大柄な体躯であったが大きくバランスを崩した。
しかしケインは踏ん張り、これを持ちこたえた。
「邪魔くさい戦い方ばかりをするな!」
「貴様のような化け物を相手にするんだ、正面から戦うバカがどこに居る!!」
ハンスらはよく連携が取れており、常にそれぞれをかばうような形で戦うことができていた。
領民兵はケインとの距離をしっかり取り、常にクロスボウで狙いを定めていた。
何度も続く攻防。いずれの勝機も領民兵によって阻まれる。
ケインは次第に苛立ちを募らせ、動き自体が荒々しくなる。
「アメリアはどこだハンス!!」
「彼女をどうするつもりだ!」
いまのケインのアメリアへの感情がわからないハンスは、魔物となった彼にアメリアを合わせることなどできないと考えた。
「無論、取り戻す!」
ケインが取り戻すと言ったということは、まだ彼女を愛しているのだろう。
ハンスはにやりと微笑むとケインに言い放った。
「諦めろ、彼女の心はすでに、お前のもとにはない!」
「貴様!!」
ハンスの言葉を聞き、頭蓋は怒りに呼応するように軋み、歪む。
アメリアはすでにハンスと恋仲だと捉えることもできる発言。
怒りの勢いをそのままにハンスに斬りかかった。
「殺すっ!!」
しかし次の瞬間、兵の一人がケインにむかって何かを投げた。
「小癪なっ!!」
投げられたものは瓶だった。スケルトンとの戦いのため、急ぎ用意したものが今届いたのだ。
それは中に可燃性の油が入れられ、瓶の口には火の付いた布が押し込められた火炎瓶。
ケインは投げ込まれたそれがなにかわからず反射的に腕を払う。
割れた瓶に入っていた油は大きく広がりケインに降り掛かった。
「油か!?」
これを躱そうとするも、すでに遅く、全身に引火した油をケインは浴びた。
「ぐおぉぉぉっ!!」
油は凄まじい勢いで全身に燃え移る。
その後も兵らは用意した火炎瓶をケインに浴びせ続けた。
「ハンスっ!!おのれっ!、ぐぅぅっ!!!」
憎しみの声が辺りに響き渡る。
全身に浴びた油と火はケインがどれだけ暴れようとその身体を離すことはない。
炎はケインの身体に痛みを与え続けた。
「ぐああぁぁぁっ!!」
ハンスと兵は距離を取り、クロスボウを構えたままその様子をただ伺っていた。
痛みに耐えられなくなったケインは、火を消すため退却を余儀なくされる。
「ハンスっ!!覚えていろ!!貴様のことは必ず!!この手で殺してやる!!!領民共もだ!!貴様ら全員皆殺しだ!!」
ケインは炎に包まれ、その痛みにのたうち回りながらその場を後にする。
逃走をするケインを見つめるハンスに迷いが出た。
(今ケインを追えば領民たちは俺の身を案じ、ともに来るだろう……
できればそれは避けたい。
フローレンフェルトで一度体制を整えるべきか……)
戦いの経験が少なく、領地の財産である民を率いケインを殺す為危険に晒すより、フローレンフェルトにて準備をし、万全の状態で決着に挑むことに決めたハンス。
炎に身体を蝕まれ、暴れながら逃げていくケインを見る。
(ケインの目的は俺への復讐とアメリアの奪還、しかしそれだけはさせてなるものか……)
炎を纏ったスケルトンの姿は見えなくなった。
戦力を立て直すため、急ぎフローレンフェルト領に向かう。
ハンスは領民たちに、できればケインとの決着が着くまではこの地より離れるように告げ、フローレンフェルト領に向かうのであった。