第6話:国家反逆者に指定されたので、戦場で堂々と反逆してみた
──帝国、王都・極秘会議室。
「本件は、機密指定“黒”。対象は元侯爵令嬢アメリア=セレフィーヌ。
“帝国の制御を外れた危険人物”と認定する」
老いた貴族たちの顔に、陰鬱な影が走った。
「和平交渉で敵国王子と私的接触、さらには帝国の暗殺部隊を返り討ち……。
もはや、彼女は“国家にとっての変数”では済まない」
「処分すべきだ。今のうちに」
彼らは知っていた。
アメリア=セレフィーヌは、ただの令嬢などではない。
──元・隠密騎士《影狼》
──帝国が裏から操作してきた歴代の作戦をすべて知る、“内情の証人”であり、“記録そのもの”だった。
「生かしておくには危険すぎる」
ついに、帝国の中枢が“抹殺”を正式決定した。
一方、ローデリア砦。
副官レオンが読み上げた通達に、騎士団の面々は一斉にざわついていた。
「副団長が……反逆者……?」
「そんな、嘘だろ……俺たちは一緒に戦ってきたのに……!」
「副団長、なにか言ってください!」
アメリアは、静かに一歩前へ出た。
「……みんな、落ち着いて」
その声は、震えていなかった。
しかし、その裏にある“覚悟”が、全員の背筋を凍らせた。
「この通達は本物よ。私は帝国から、“切り捨てられた”」
「じゃ、じゃあ……これからどうするんですか?」
誰かが震える声で問いかけた。
そして──
「答えは簡単よ。やられるくらいなら、先にやる」
アメリアは、背中の長剣を抜いた。
その刃に、夕陽が鋭く反射する。
「今ここで、はっきり決めておくわ。私は“帝国に反旗を翻す”」
沈黙。
誰もが息を呑んだ。
「それでも、ついてきたい者だけ、来なさい。無理にとは言わない。命の保証はない」
その言葉を聞いて、一人の騎士が、剣を抜いてアメリアの隣に立った。
「……俺は、副団長に命を救われた。その恩を返す番だと思ってます」
続いて、また一人。さらにもう一人。
「帝国より、副団長のほうが信用できる!」
「副団長がいなきゃ、この砦は今ごろ魔獣に飲まれてました!」
「俺たちの“誓い”は、国じゃない。あんたに捧げたんだよ!」
次々に剣が抜かれる音が響く。
そして、アメリアの目の前に整列する、百人以上の騎士たち。
それは、まるで“新たな軍”の誕生だった。
──その夜。
作戦室の地図に、新たな色のピンが立てられる。
それは、帝国からの離反地点。
そして、これから向かう“独立陣営”としての拠点。
「まずは、帝国軍の西部補給拠点を叩く。あそこは王都との連絡線だし、動きも鈍い」
「物資を確保しながら、退路を潰すつもりですね。さすが姐──副団長」
「ちょっと今“姐さん”って言いかけたでしょ」
「言ってませんよ? まさか“革命軍の姉御”なんて呼び方される時代が来るなんて思ってもいませんでしたけど」
「……いやほんとよ、何この展開」
アメリアは額に手を当てた。
しかし、どこか楽しそうでもあった。
「本当に、やるんですね……国家への反逆」
レオンの言葉に、アメリアは微笑んだ。
「ええ。やっと“自分のために”剣を振るえるのよ。誰の命令でもなく、私自身の意志で」
その言葉に、作戦室の空気が静かに燃え始める。
そして翌朝──
ローデリア砦から、ひとつの“黒い旗”が掲げられた。
それは、帝国の象徴“白鷲”ではなく、アメリアのかつての紋章《双剣の狼》。
かつて“影狼”と呼ばれた伝説が、再び動き出したことを意味する。
帝都・内務省。
「ローデリア砦の一部が、完全に“独立軍”化しました」
「……本気で、叛旗を上げたか。あの女……!」
高官たちは青ざめ、そして怒りに震える。
「これより、討伐命令を出す。反逆者アメリア=セレフィーヌとその部隊、見つけ次第“無条件殲滅”とせよ!」
──数日後。西部補給拠点・カルナス峠。
「攻撃開始!」
アメリアの号令と同時に、黒い軍団が山の陰から現れた。
矢が雨のように降り注ぎ、魔導火器が咆哮する。
その中央を、赤い外套のアメリアが突き進む。
帝国軍が慌てて陣を立て直すも、混乱は広がる一方。
「誰だあれ!? 帝国の騎士じゃない……でも動きが……速い……!」
「“影狼”だ……! あれが伝説の──!」
その声を聞きながら、アメリアは一気に砦の門を蹴破る。
「退きなさい。そこはもう、“帝国の物”じゃないわ」
剣を振るい、誰一人殺さず、敵兵を無力化していく姿は、まさに圧倒的。
そして、補給拠点は陥落した。
作戦後。
アメリアは高台に立ち、砦を見下ろしていた。
「……これで、帝国に一発ぶん殴ったってところかしら」
「姐さ──副団長。次はどうします?」
横に並んだレオンが尋ねる。
「……しばらくは、戦うわよ。帝国が、わたしたちを“切った”ってなら、今度はこっちが切り返す番」
彼女の目は、どこまでも澄んでいた。
正義のためでも、復讐のためでもない。
これはただ、自分の“自由”のために戦う。
その覚悟を乗せた剣が、帝国の支配を、ゆっくりと崩していく。