第4話:婚約破棄された元令嬢に、王子と元婚約者が取り合いを始めた
──ローデリア砦、翌朝。
戦場で剣を交えた翌日、アメリアはまだ眠気の残る目で、朝の報告会に出ていた。
「昨日の一騎討ち、敵国にも大きな影響があったようです。ヴァルトリア軍は暫定撤退、現在休戦状態に入りました」
「……あら、それは結構」
椅子にふんぞり返るようにして、アメリアはあくびを隠した。
昨日の戦いの余韻がまだ身体に残っている。
剣を交えただけなのに、レオニスの言葉が頭から離れない。
『貴女は俺の光です』
「……バカじゃないの、あいつ」
ぽつりと呟く。
それを聞いていた副官レオンがニヤニヤと顔を覗き込んだ。
「おやおや、お顔が赤いですけど?」
「赤くなんてなってない!」
「そういうのを“惚れフラグ”って言うんですよ?」
「うるさい。あれはただの社交辞令よ」
そう言いながら、湯飲みの紅茶を一気に飲み干した。
それでも、レオニスの視線や、あの剣の重みだけは、妙に記憶に残っていた。
──その頃、王都では。
「アメリア様の元に“敵国の王子”が現れたと……?」
金の髪を逆立てるようにして、リカルド=アルセインは震えていた。
部下が差し出した報告書を握りつぶす勢いで読んでいる。
「何が“光”だ……ふざけるな……!」
顔を真っ赤にして激怒するその様子は、恋ではなく、支配欲の壊れた残骸にしか見えなかった。
「アメリアは、俺の婚約者だった女だ。勝手に他国の男に言い寄られる筋合いはない!」
「……リカルド様。もう婚約は破棄されております」
「黙れ!」
リカルドは叫ぶと、剣を抜いて、壁に突き刺した。
その刃の震えと同じだけ、彼の心も、激しく揺れていた。
「──俺が“捨てた”んだ。……なのに、なんで、他の男に取られそうになってる……?」
それは、自分でも認めたくない感情だった。
アメリアに惹かれていたという、愚かで未熟な気持ち。
だが、それを正直に認めるくらいなら、彼は“すべてを壊してでも奪い返す”という選択肢を取る。
「……ローデリアへ向かう。俺自ら、アメリアを連れ戻す」
「ですが……」
「これは“国家機密”として処理しろ。命令だ」
リカルドの暴走が始まった。
──そして、ローデリア砦・その夜。
アメリアは珍しく、騎士団の簡易宿舎にある小さな湯屋にいた。
鎧を脱ぎ、肩まで湯に浸かると、ようやく全身から力が抜ける。
「……平和って最高」
ぽつりと呟いたその瞬間。
ドアが**バァンッ!**と音を立てて開いた。
「……ちょっと副官、入るときくらい──」
「──アメリア!」
「……は?」
その声を聞いた瞬間、アメリアの顔が真っ青になった。
湯気の向こうから現れたのは、金髪の男──リカルド=アルセインだった。
「ちょっ、あんた何してんの!? 女湯よ!? 軍法違反よ!?」
「関係ない。俺は、君を迎えに来た」
「帰れ!! バケツぶつけるわよ!!」
アメリアが立ち上がるのと同時に、宿直担当の女騎士が駆けつけ、リカルドはつまみ出された。
──完全な不法侵入である。
翌朝。
アメリアは頭痛とともに、執務室の椅子に座っていた。
副官レオンが苦笑しながら書類を並べる。
「いやあ……元婚約者の突撃ラブハプニング、見事でしたね」
「笑いごとじゃないわよ……! あいつ本気で攫いに来てたわよ……!」
ローデリア砦の警備責任者も頭を抱え、最終的にはリカルドを“護衛付きで軟禁”することで決着した。
「にしても、まさか王都の馬鹿貴族がこっちに来るとはねえ」
「ほんとよ……この辺境、人気スポットか何か?」
「まあ、次に来るのは敵国王子のほうでしょうけど」
「うわあ。三角関係不可避じゃない」
そう呟いたその時。
再び一通の手紙が届いた。
《次回、和平交渉という名の“再会”を提案する。
できれば私だけで行きたいのですが──
アメリア様の“昔話”をもっと聞かせてください》
「……これは……」
アメリアは頭を抱えた。
「今度は、ラブレターか何かかしら……?」
だがその裏で、王都とヴァルトリアの間には、別の動きが進行していた。
──“王国間の密約”──
──“アメリア=セレフィーヌの抹殺計画”──
──“王族間の秘密の血統”──
彼女を取り巻く恋と戦乱は、ただの修羅場では終わらない。
アメリアはまだ知らない。
この“取り合い”が、やがて帝国と王国の運命を決める戦争へと繋がることを──