第3話:敵将、王子で美形で年下って、私聞いてないんだけど!?
「……敵将が、わたしを“指名”してきた?」
ローデリア砦の作戦室。
地図と魔法式が広げられた机の上で、アメリアは眉をひそめた。
「そうです。正式な書簡でした。名前入りで、“アメリア=セレフィーヌに一騎討ちを所望する”と」
副官レオンが、やや困った顔で文書を差し出す。
《貴殿に再び会えるとは、夢にも思わなかった。
剣を交えることを光栄に思う。
──ヴァルトリア王国第三王子・レオニス=エル=ヴァルトリア》
「は?」
アメリアは、文字通り固まった。
「ちょっと待って。“王子”? “美形”? “年下”? ……何それ、なろう?」
「一応、“小説家になろう”っぽい展開ではありますね」
「うるさい」
アメリアは額を押さえた。
レオニス。確かに、その名前には聞き覚えがあった。
──数年前、密命で敵国潜入していた時、戦火に巻き込まれた孤児を救ったことがある。
その子が名乗った名前が、レオニス。
だがまさか、その子が敵国の王子で、軍を率いてくるとは──
「いや、でも……あの時はボロ布着て、魔石泥棒してたような子だったのに……」
「姐──アメリア、まさか拾い食いした猫が将軍になって戻ってきたみたいなテンションで言ってます?」
「正直そんな気分」
アメリアは溜息をつくと、文書の封を指で弾き、魔法で燃やした。
「ふん、来るなら来なさい。返り討ちにしてあげるわ。美形とか関係ないし」
そして数日後。
国境地帯・ザスタの丘陵にて。
帝国軍とヴァルトリア軍が対峙する、緊迫した戦場の空気のなか──
その中央に、白馬にまたがった美丈夫が現れた。
銀髪に淡い緑の瞳。上品な軍装と、凛とした気配。
少女漫画の王子様のような彼が、馬を降りて、地面に片膝をついた。
「──お久しぶりです、アメリア様。あの時の子猫、立派になりました」
「誰が猫ですって?」
アメリアは、歩いて彼の前に立ち、見下ろす。
そして、彼の顔を真正面から見て──
「……え、ちょっと待って。え、ほんとにレオニス?」
「ええ。貴女がくれた干し肉、まだ覚えてますよ」
「情報の思い出が軽すぎる!!」
頭を抱えた。
それでも、どこか憎めない笑みを浮かべる少年──いや、青年になったレオニスを見て、アメリアは不意に懐かしさを覚えた。
あの頃、任務を捨ててでも助けた子どもたち。
アメリアの“仮面の令嬢”とは違う、本来の人格が選んだ行動だった。
その一人が今、自分の前で剣を構えようとしている。
「……まさか、恩を返すのが戦争ってわけじゃないでしょうね」
「いえ。これは“試合”です。貴女がどれだけ強いのか、知りたいだけ」
真剣な瞳だった。
子どものような無垢な感情が、今は戦場の覚悟を帯びている。
「じゃあ、遠慮しないわよ」
アメリアも剣を抜いた。
辺境の風が、二人のマントをはためかせる。
そして、剣戟は交わされた。
──一撃。
──二撃。
──三撃。
戦場が静まり返るほどに、美しく激しい剣舞だった。
互角。いや、それ以上に、アメリアは内心で舌を巻いた。
(……これは、ただの王子じゃない。戦士だ)
レオニスの剣には、教条ではなく“生”の経験が刻まれていた。
泥と血と、絶望のなかでもがいた剣だ。
その瞬間、アメリアの中で何かが共鳴した。
かつて自分も、そうやって強くなったのだから。
──そして十合目。
アメリアの剣が、レオニスの肩にわずかにかすった。
それと同時に、彼の剣も、アメリアの首元へ寸止めで止まる。
二人の息が、重なった。
剣を交えた者だけが感じる、沈黙の余韻。
そして──
「やっぱり、貴女は俺の“光”です」
不意に、レオニスがそう言った。
「……はい?」
「わたしを救ったあの日から、ずっと。今でも、変わらない」
彼の瞳は真っ直ぐだった。
その想いに、アメリアは……まさかの、顔が熱くなるのを感じた。
(ちょっと、何よこれ。……なにこの、少女漫画展開)
「──ったく。王子のくせに、調子乗るんじゃないわよ」
「はい。でも、また会えて嬉しいです」
──まさか、自分の人生で、敵国の美形王子に告白じみたことを言われる日が来るとは。
だが、なぜかその言葉が、アメリアの心にほんの少し灯をともしたのだった。