表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

2/9

第2話:元婚約者、粘着モード発動。未練たらたら王都編

 ──王都、セレフィーヌ侯爵邸。


「……お嬢様が、突然退去を……?」


 使用人たちは皆、茫然としていた。

 部屋はすでにもぬけの殻。残されたのは、羽ペンと、短く書かれた手紙だけ。


 


《この役割には、飽きました。私、自由になりますわ──アメリア》


 


 それだけの文を残して、アメリア=セレフィーヌは、姿を消した。


 一方そのころ。王都・アルセイン家の居間では──


「はあぁああああああ!? どういうことだっ!!」


 リカルド=アルセインが、机を思いきり叩き割った。


「俺が断罪したんだぞ!? あの女が、自分から破棄を宣言するなんて聞いてねぇよ!!」


 青筋を浮かべ、怒り狂うその姿に、取り巻きの貴族子息たちは言葉を失っていた。


 ──婚約破棄は、リカルドが一方的に“捨てた”つもりだった。

 それがまさか、アメリア本人の計算だったと気づいた瞬間、彼の中で何かが弾けた。


「俺が“捨てた”んじゃない……あいつが“俺を見限った”んだと……!?」


 そのことが、何よりもプライドを傷つけた。


「待っていろ、アメリア……っ」


 憎しみとも、執着ともつかぬ感情が、リカルドの目を濁らせる。


 その男の嫉妬と未練が、後にアメリアの自由を脅かす災厄となることを、この時の誰も知らなかった──


 ──そして場所は、再び辺境ローデリアへ。


「……ったく。リカルドのやつ、まだ王都で騒いでるらしいじゃない」


 アメリアは、野営地の焚き火を前に、紅茶をすすっていた。


 剣は腰に、足元には打ち倒した魔獣の死骸。

 まったく、令嬢らしからぬ構図である。


 彼女の向かいには、副官のレオンが座っていた。


「まあ……騒ぐでしょうね。アメリア様が先に捨てたって、王都中の貴族が知ってますし」


「“様”はやめてって言ったでしょ。今の私はただの副団長よ」


「じゃあ、“姐さん”で」


「却下」


「じゃあ……隊の姫?」


「その呼び方だと私、死にフラグ立ちそうじゃない?」


 ふたりはクスクス笑い合った。


 王都では偽りの仮面を被っていたアメリアだが、ここではすでに打ち解けた関係が築かれていた。


「……でも、本当にいいんですか? 王都に戻らなくて」


 レオンの問いに、アメリアは紅茶を一口すする。


「未練なんて、これっぽっちもないわ。王都には、息苦しい人形劇しかなかったもの」


「でもリカルド様、たぶん追ってきますよ」


「来たら返り討ちにしてあげるわ。戦場で“騎士団長”気取りが通用するなら、の話だけど」


 目元だけで微笑むアメリア。


 冷徹、でもどこか痛快。

 そう、これこそが“彼女本来の姿”だった。


 その夜、砦の監視塔にひとり登ったアメリアは、遠くの空を見上げる。


 夜風が冷たく、鋭く頬を撫でる。


「……ようやく、取り戻した」


 誰にも演じなくていい場所。

 誰にも媚びなくていい生き方。


 自分のままで、強く、自由でいられる世界。


 ──だが、だからこそ。


「ここで終わりにする気は、ないわ」


 アメリアの目が鋭く細まる。


 背後には、国家を揺るがす“新たな戦乱の兆し”が近づいていた。


 そして数日後。砦に届いた一通の急報が、アメリアの運命を大きく動かすことになる。


 


「敵国・ヴァルトリアの若き将軍が、アメリア=セレフィーヌを“指名”してきた」


 


 ──彼女を“軍神”と呼び、彼女との一騎討ちを望むというのだ。


 しかもその将軍は、かつてアメリアが救った孤児だったと知った時、彼女は──


「……はぁ、面倒くさいのが来たわね」


 それでも唇は、どこか楽しげに緩んでいた。


 そう。

 役割から自由になった彼女にとって、“戦うこと”こそが、生きる理由だった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ