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今日滅ぶ世界を看取ります

作者: 新井 穗世

「――残り時間、10時間と34分11秒」



 私はビルの屋上で針が逆転する懐中時計を見つめて呟く。周りを見てみても特に変わりは無い。下を見れば、豆粒みたいな人々の往来が見える。その人たちに焦りや危機感なんてものは存在しない。

 それもそうだ、この世界の住人は、今日で世界が滅ぶなんて知らないのだから。


 あと10時間くらいでこの世界は消える。文字通り、消える。最終戦争が起きるとか、天変地異が起きるとか、そんな話じゃない。今私が居るこの世界そのものが宇宙から消え去るのだ。それは誰にも観測できない。唐突に世界は崩れだし、痕跡もなく消滅する。そして宇宙はそんな世界が最初から無かったかのように平常運転を続ける。生物がそうであるように、世界だって永遠では無い。世界だって輪廻の一部なのだ。でも、だからって人知れず消えていくのは世界だって寂しい筈だ。


 人間が親しい人を看取るように、私たちは世界を最期を看取る。それが私たち――『世界を看取る者(スピラヴィダン)』であり、その世界の最期の観測者でもある。



「ただいま、ラスタ」



 ぼーっと地上を眺めていると、背後から名前を呼ばれる。振り返れば、黒いドレスに、黒い片羽。そして一番目を惹く金髪と、透き通った蒼い瞳。私のよく知る同僚が立っていた。



「リコー、どうだった?」

「記録はしっかりできた。あとは待つだけかな」



 そう言ってリコーは持っていたノートを私に見えるように掲げる。彼女の仕事は殆ど終わったみたいだ。



「お疲れ様。じゃあ、ゆっくり待とうか」



 私がリコーに労いの言葉を掛けると、彼女は私の隣に来て地上を見下ろした。



「みんな、いつも通りって感じ」

「うん……みんな、明日が来るって信じてるもんね」



 今日で世界は消滅します。あの群衆の中でそんな事を訴えても、きっと誰も足を止めない。そんな事、信じられるわけが無い。何人かは不安に思うだろうけど、それも一時的。


 明日が来ることは当たり前じゃない。

 世界がずっと続くなんて、誰にも保証できない。


 当たり前ほど、実は脆い。当たり前すぎて、気づけない。



「ラスタは、可哀想って思う?」



 リコーは私を見ず、私に身体を寄せながら聞いてきた。彼女の黒い片羽が私の白い片羽にそっと触れると、私も自然と身を寄せた。



「思わない。でも、最期の時に幸せでいてくれたら良いな……とは思う」



 私が頭を寄せると、私の白い髪が彼女の金髪と混ざり合う。私たちは数え切れないほどの世界を見送ってきた。逆に言えば、世界が消滅するのも、私たちにとっての当たり前。だから悲しいなんて思わない。


 

「世界が消える時にみんなが悲しんでると、安心して旅立てないから」

「そうだね。最期の日常はせめて穏やかに……」



 逝ってしまうなら、せめて穏やかに。それが私とリコーのただひとつの願い。

 更に私たちは身体を寄せ合い、世界に語りかけた。この世界は望んだ歴史を歩めたかと……その歩みが、たったひとつでも、誰かの心を灯せたのかを。


 風が吹いた。それは私たちにしか聞こえない、世界の言葉だった。風に乗って、世界は語りかける。走馬灯に浮かぶ想い出を語るように、風が吹き続ける。

 


「そうなのね……楽しかったみたいで、良かった」



 私たちは世界が語り終えるまで聞き続けた。風も吹き止み、世界はまた静かに最期を待つ。私もポケットの時計を見てみると、残り時間はかなり減っていた。



「――残り時間、6時間と21分54秒。もっと広く見える場所に行こうか」


 

 時計の針が、世界の心臓のように逆転を続けている。私はリコーともっと世界を見渡せる場所へ移動することにした。世界の看取りは、一番良い場所でするのが良いのだから。



  ●



 山頂から一望できる世界はとても綺麗だった。でも、その景色もあと1時間で消えてしまう。空は黒く、数え切れない星の光に満ちている。まるで黒いシートに宝石をばら撒いたように、世界の最期を彩っているかのように煌めいてる。



「――残り時間、59分43秒。そろそろだね」



 私が時計を確認すると、リコーは隣で何かを探すように辺りを見回す。そしてある一点に視線を定めて、首から提げているカメラを構えた。



「始まったよ。世界の最期が」



 私もリコーと同じ方を見る。星空に、小さな小さな亀裂が入っていた。亀裂は少しずつ広がり、割れたガラスのように破片が落ちて消えていく。でも、これが見えているのは私たちだけ。この世界の人には、普通の星空しか見えてない。


 空に亀裂が広がるにつれて、地上が崩れ始める。砂時計の砂のように、虚無の中へと沈んでいく。ゆっくりと、世界はその構成物を手放していく。リコーはその様子をカメラに収める。かつてこんな世界があたんだという記録を残すために。私たちがやらないと、その世界が生きた証が残らない。だから私たちは看取って、記録して、記憶する。その為に、消え行く世界を巡っている。



「それじゃあ仕上げかな?」



 私は首から提げている小瓶を頭上に掲げる。すると、それに反応するように崩れている地上からおびただしい光が発生し、その全てが小瓶を目指して飛んでいく。光は小瓶の口から次々と入っていくが、小瓶が満杯になることは無い。


 全ての光が小瓶に入ると、それはランプのように闇に落ちようとしている世界を照らす。それはこの世界が育んだ全ての生命が灯す、とても暖かい最期の光。私はこの灯火が愛おしい。世界が、生命が確かにあったんだと実感できるから。



「――残り時間、5、4、3、2、1……世界、終焉」



 時計の針が全て揃い、同時に世界だったものは全て漆黒に消え去った。空の破片も、地上の砂も何も無い。私たち以外に、何も存在しない。ただの虚空だけが広がっている。



「記録完了。これで記録した世界は……7398個目」

「次の世界も健やかなることを……」



 ノートの記録を見ながらリコーは静かに報告し、私は最期の祈りを呟く。世界も輪廻する。だから、また作られる。そしてまた、看取る。それが私たちの役目だから。

 役目を終えて、私はリコーに手を差し出す。次の世界を看取るために。リコーも私の手を繋いでくれる。2人でずっと世界を看取っていく。それが、私たちのたったひとつの幸せだから。



「それじゃあ、次の世界を看取りに行こうか。私たちの行くべき場所は、たくさんあるんだから」

自分の現状の書き方が読む側を意識できてないなと感じ、それを意識して読まれる書き方って何なんだろうと考えてみたものです。

少しでも興味が出た、仮に続きものだったら続きはどうなるのかって思えてもらえたら幸いです。

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