第4話 しつもん
〜あらすじ〜
少年は自らの境遇を知り愕然とする。
絶望する男に、少年は外の世界に戻してやると
約束をする事になるが───
「ありがとな。」
顔を洗い帰ってきたわたしに、ふいに男が礼を言ってきた。
顔色は少し戻り、落ち込んでた表情も幾分ましになったように見える。
「⋯わたしはわたしの為に動くだけだ。お前のためじゃない。」
「でも俺にとっては唯一の救いだ。」
ニカッと歯を見せて男が笑う。
⋯なんだか調子が狂う。
別に感謝されるような言われは無いのだが。
わたしは本当にわたしの為に⋯。
「ああ、もう、分かったからわたしに話しかけるな。
本当は人間となんか関わりたくないと何度言わせるんだ。」
「お前ってここにずっと居んのか?」
「お前はわたしの話をことごとく聞かないな?」
苛立ちのあまり眉間に皺が寄る。
何故ここまで人の話を無視できるのだろうか。
初めにわたしに礼儀だとか言ってきた奴の行動とは思えない。
「わたしの事について詮索するなと言ったはずだぞ。
それともその質問のためだけに見放されるか?」
「自分のこと守ってくれる奴のことくらい知っててもいいだろー?言いたくねえ事は言わなくていいからさ。教えてくれよ色々と。」
「全て言いたくない。以上だ。分かったら掃除の続きをしろ。」
吐き捨てるように言い捨てて社の方へ向かう。
この男には記憶力というものが欠如しているようだ。
さっき言った事すら覚えてないとは⋯。
深いため息をついて中に入る。
「⋯何をしてるんだ、わたしは⋯。」
人間が嫌いだとずっと思い続けて、500余年ずっと避け続けて来たのに。
この時になって今までよりずっと人間と関わってしまってる。
嫌いなはずなのに。
なんで、見捨てられないんだろう。
自分の居場所で何かが死ぬのは縁起が悪い⋯。
それだけの理由じゃない事はもう分かっていた。
憎みきれない、突き放しきれない。
なんなんだろう、あの男は。
このままずるずるとあらぬ方向に行ってしまうのは良くない。何とかして元の場所へ帰さなければ。
はっと意識が戻り、少しの間床に座り込んでしまっていたことに気づく。
取り敢えずやるべき事をやろうと、箪笥の中から黄金色の巫女服を取り出し、袖を通す。
自ら頬を両手で叩き、今あの男に起きている現象を調べるために書斎に向かうことにした。
部屋の外に出ると、男は真面目に掃除はしていたようで
すっかりと境内の葉っぱは1つの場所にまとめられていた。
「終わったあ〜⋯つっかれたぁ⋯。」
天を仰ぎ床に座り込む男。
にしても仕事が早い。割と使えるのかもしれない。
「⋯ん?着替えたのかお前。」
こちらに気づいた男は、じろじろとわたしの全身に視線を向けてきた。
「な、なんだ。じろじろとこちらを見るな気持ち悪い。」
「見てただけだろ⋯。なんかキラキラしてんな。そんな巫女服初めて見たわ。」
「お前の世界には無いものだからな。当然だ。
⋯いや待て、何を当たり前のように世間話をしているんだ。関わるなと言っただろう。」
「んー⋯。」
わたしの言葉が届いていないのだろうか。
男は少し考えるような仕草をしてまたこちらに視線を向けてきた。
「やっぱお前見た目は可愛いよな。」
「⋯は、はぁっ!?」
「なんつーか、元の世界には居ないような感じっつーか、ここが別世界なのも頷けるわ。」
「な、え、お、お前は何を⋯っ!?」
ここで顔が真っ赤に火照ってるのに気づいて急いで顔を隠す。こんなの見られたらまたこいつのペースに⋯っ!
「やっぱお前の事知りてぇから教えてくれよ。
名前だけでいいからさぁ。」
「う、五月蝿い!黙れ!軟派者が!!
お前に教えることなんて何も無い!阿呆!馬鹿!」
「小学生かお前⋯。」
軽々しく、わたしに対してこんな事を言う奴なんて初めて出会った。わたしの事を知りたいなんて言われたのも初めてだった。
訳の分からない感情に振り回される前に、走ってその場から逃げてしまった。
なんか負けた感じがして悔しいが、あのままあの場所に居てもあの男のペースに飲まれていただけだろう。
「可愛い訳⋯あるか⋯っ!」
言葉とは裏腹に真っ赤になった顔を手で押えてどうにか冷まそうとする。
決して心が揺らいだとかそんな訳じゃない。
初めて言われた言葉に戸惑っただけだ。
深く深呼吸をして、心を落ち着かせる。
あの男の前に行くとわたしのペースが狂ってしまう。このまま真っ直ぐ書斎に向かうことにした。
書斎に向かう足取りがさっきより少し軽くなっていたのは、あの男の言葉のせいなんかじゃなくて。
ただ早く書斎へ行って、1人になりたいだけだと自分に言い聞かせた。