第2話 あさがた Another story
「痛ぇな⋯」
急に後ろから襲ってきた鈍痛に驚きながらも
声の主を確認するために立ち上がる。
原因は⋯目の前に落ちてる石だろうか。
後頭部に少しだけ生暖かい液体が触れるのが分かった。
痛みに耐え、頭をさすりながら表情を歪ませていると
「だ⋯誰⋯⋯っ!この神社にどうやって入ったの⋯!」
後ろから先程と同じ声がした。
ゆっくりと振り返るとそこには少女が立っていた。
じっと俺の方を見つめて何かを確認してるようにも見える。
こいつが原因か。
俺は確信に変わる自信と共に昇ってきた苛立ちを感じつつ、少し威圧的に問う。
「⋯さっき俺に石をぶつけてきたのお前?」
すると少女は、きっとこちらを睨み、少し怒ったような顔をしながら
少しの沈黙の後答えた。
「だ⋯だったら何。そんな事よりわたしの質問に答えて。」
「あ⋯?」
訂正。答えになってない。
どうやら悪びれる様子もないし謝る気もないようだ。
なんか、見下されてるような感じもする。
というか見下されてるだろ。これは。
眉間に皺を寄せ、しっかりと相手の顔を確認しながら
言葉を紡ぐ。
「そんな事ってなんだそんな事って。
こちとら怪我してんだぞ。一言謝るかなんかし⋯?」
さっきは気づかなかったけど、じっと相手の姿を見てみると不思議なものを目の当たりにした。
髪は肩の辺りまで綺麗に伸びた金髪。
今で言うボブというヘアースタイルだろうか。
服は髪と同じ色の輝かんばかりの金の巫女服。
顔立ちは⋯可愛いな。正直クラスにいたどの女子よりも整っている。
ここまでならただのコスプレ少女だと思えたのだが。
頭から伸びる大きなふたつの獣耳。
前から見ても分かるくらいに大きい
腰から伸びた大人用の抱き枕くらいの大きさのしっぽ。
それ以外の見た目は人間なのに、人間では無いとそのふたつの大きな特徴が訴えかけてくる。
大きなしっぽと大きな耳⋯狐の特徴だろうか。
狐っ娘の美少女。正直とても可愛い。
つい少し見とれていると、少女は目を伏せながら、何かを嫌悪するような感じで、不機嫌そうに口を開いた。
「⋯何。」
「お前⋯なんだ⋯?コスプレじゃねえよな⋯?
人間なのか⋯?」
見とれていた事がバレて少し気恥ずかしくなって、どもってしまった。
何が何だか分からないが、とりあえず相手の存在を確認してみる。
「⋯どうだっていいでしょ。お前に関係ない。」
少女は、次は苛立ちを込めたような声でぶっきらぼうに答えた。
またもや訂正。全く可愛くない。なんだコイツは。
思わず大きな溜め息がでた。
何故かは分からないがずっとこちらを睨みつけてくる少女に近づいていき、怒りの目を向ける。
「⋯まあ確かにどうでもいいな。問題は⋯」
近寄っていくと少女の顔がどんどんと嫌悪のものへと変わっていくのが見えたが、正直どうでもいい。
今はただこの怒りをコイツにぶつける。
ゆっくりと手を伸ばし
「な⋯なに⋯っ!?近寄ってこな⋯ぎゃ!?!?」
思いきり、耳を引っ掴んでやった。
そのまま上に引っ張るようにして耳の穴を広げてやる。
聞こえてなかったのなら申し訳ないのでこのまま大きな声で言ってやるとしよう。
「お前が俺に石をぶつけたかどうかだよ。
痛かったんだけど。なぁ。聞こえますかぁ?」
「痛い痛い痛い痛い!!!ひっぱるな!!!やめろ!!
離せ!!!やめろおお!!!」
余程痛いのか、少女が抗議の叫びを上げてくる。
めちゃくちゃうるさい。
この声量何かに活かせるんじゃないのか。
「うるせぇ。俺も痛かったんだよ。謝れ。
怪我させた相手に謝るのは礼儀だぞ。」
「なんでお前なんかに詫びなきゃいけなあああああ!!
ひっぱるな!!ひっぱるな!!とれる!!いたい!!
やめろおおおおぉ!!!!」
なんかとても腹立つ事を言われそうになった気がするので
さらに強く引っ張りあげてやった。
かなり本気で痛いらしく、じたばたと両手足を振り回して暴れ出した。
可哀想になってきたので一旦手を離してやることにした。
「一言謝ったらこんなことしねぇのに⋯頑固だなお前。」
呆れのあまりため息をつく。
「う、うるさい!いきなり耳をつかみあげるお前こそ無礼者だろうが!第一わたしがなぜ人間なんかに詫びなければならなああああああああ!いたい!!いたい!!!」
腹が立つ事を言われる予感がしたので、言い終わるより早く耳を引っ掴んでやった。
悪い事をして怒られている事を思い知れ。
「ごめんな、ごめんなさい!!!いたい!!!
石ぶつけてごめんなさい!!!!!」
少しひっぱりながら遊んでいると少女は泣きそうな目で
謝ってきた。
ちゃんと謝れたし、泣きそうだし、割と本当に可哀想になってきたので手を離してやる。
手触りが良すぎて、あまり離したくなかったのはここだけの話だ。
「よし。許す。」
俺はわざと少女を見下し返すように告げた。
見た目は人間じゃない。
でもとても人間らしい少女に思わず笑みがこぼれる。
少女は余程痛かったのか、ずっと涙目で耳をさすってた。
少しその時間が続き、耳をさすりながら少女がこっちを見たと思うやいなや
急に俺の足元を指さして叫んだ。
「そ、その箒⋯っ!返せ!それはわたしのだ!」
少し声が震えてる。怖がられたか?
足元に目をやると、さっき汚い倉庫から引っ張ってきた箒が目に入った。
「あ?あ⋯この箒お前のなのか。それは悪かったな。
ちょっと借りてた。」
びっくりして少しぶっきらぼうな言い方になってしまった。
まさかあの汚い倉庫が誰かの、ましてやこの少女の持ち物だとは夢にも思わなかった。
「盗んだの間違いではないか!返せ!」
別に盗んだつもりねえんだけどな⋯と思いつつも
確かに盗みと言われれば盗みかと納得し、
また、必死に箒を取り返そうとする少女がまた可愛く見えて、思わず笑ってしまった。
余程、この箒は大事な物らしい。
「悪かったって⋯。ほら。」
箒を差し出すと先程の行為への警戒か、
おそるおそる、と言った感じに手を伸ばしてきた。
箒を手に取ると、大事そうに両手で掴み、
ずささっとすり足で後ろに下がった。
⋯そんなに怖がらなくても。もう何もしねぇのに。
「なぁ、お前⋯ここに住んでるのか?」
ふと世間話のつもりで、ただ何となく
気になった事を聞いてみた。
「⋯何度も言うがお前には関係ない。
ここで見た事は全て忘れて自分の居場所に帰れ。」
少女は最初の方と同じ、嫌悪を纏ったような鋭い目で睨みながら言葉を紡いできた。
その目が、耳を弄んだ事に対するものに対してだけじゃないように見えて、少女の事が少し恐ろしく感じた。
俺が⋯というより、これは⋯。
自分の中で出した答えに基づき、これ以上何を聞いても同じ答えが返ってくる予感がして、少女に背を向ける。
「⋯ま、いいけど。箒盗って悪かったな。」
またな、と言いかけて言葉を止め、とりあえず右手を上げておいた。
境内を鳥居の方向に歩きはじめる。
巫女服に身を包んだ狐の少女との突然の出会い。
一瞬の一幕のような出来事を思い出しながら
俺は、少女の1つの問いかけを思い出していた。
⋯どうやってここに来たか、か。
「⋯そんなの、俺が1番知りてえよ。」
乾いた境内に転がる枝を踏んだら
ぴしっと音を立てて割れた。