第10話 やくそく
〜あらすじ〜
鬼の襲来から守ってくれた安倍晴明の封印鎖。
なんとか危機を脱したがまつはあきとに過去に人間を殺した事を知られてしまう。
おぼつかないあしどりで社に戻るまつ。
新たな真実を知ってしまったあきとは───
がさがさ、と風に揺れる木々の音でわたしは目を覚ました。
どうやら社に戻った後眠ってしまったらしい。
寝てる間に泣いていたのか、頬に涙の乾いた不快な感触が残っていた。
上体を起こし、ぼさぼさになった髪を指で梳く。
少しぼーっとする頭で辺りを見回し、月明かりしか差し込まない部屋の暗さから夜であることを確認した。
外の空気を吸おうと立ち上がり、よれた巫女服をはらって整える。
社を出ようと顔を上げた時、正面の障子の向こうに座っている様相の人影が写っているのが見えた。
「⋯あいつ、まだ起きているのか?」
障子を空け、縁側に出る。
そこには縁側に座り眠りこけている月明かりに照らされたあきとがいた。
何時間そこに居たのかは分からないが、障子の音や足音に気づかない辺り随分と深い眠りについているようだった。
外は少々肌寒く、あきとを眺めていると身震いをするのが見えた。
「⋯おい、起きろ。体に障るぞ。」
ゆさゆさとあきとを揺らし、起こしてみる。
案外簡単に意識はこっちに戻ってきたようで、薄らと目を開けてわたしの方を見てきた。
「⋯あぁ、出てきたんだな⋯。心配したんだぜ⋯。」
眠気眼のまま、あきとは微笑んだ。
「⋯何を心配する事がある。わたしは案ずるなと言っただろう。」
「⋯あの時のまつ、あぶねぇ目してたからよ⋯。ついな。」
「⋯そんな目していない。わたしは大丈夫だ。」
その「大丈夫」はあきとに伝える為でもあり、自分に言い聞かせる為でもあった。
「⋯まあ、座れよ。突っ立ってねぇでさ。」
わたしの気持ちを察したのか、あきとは何も言及せず、となりのスペースを少し開けてくれた。
わたしは何も言わずそこに座る。
「⋯ここから見る月は綺麗だな。街じゃこうはいかねぇ。」
「山の中だからな。人間の住んでいるところと違って空気も澄んでる。」
「違いねぇ。夜空なんて久々に見上げたけど⋯こんな綺麗なのは初めて見た。」
「満月ならもっと綺麗だ。十五夜の時など格別に。」
「いいねぇ。そういう趣チックなの好きだぜ。俺。」
「⋯それは、良かった。」
会話は途切れ、風の抜ける音と木々のざわめきだけが聞こえてくる。
澄み渡った空には雲ひとつなく、下弦の月がわたし達を静かに照らしていた。
───「⋯まつは、なんで俺を守ってくれんだ?」
しばらくそうしていただろうか。
あきとが横目でこちらを見ながら、優しい目で聞いてきた。
「⋯話して何になる。」
わたしは冷たく言い返す。
「さぁね。でも、話したそうに見えるぜ?」
「⋯馬鹿を言え。わたしの気持ちなどわたしが知ってればいい。」
「隠すような理由でもねぇだろー?教えろよー。」
駄々をこねるように不貞腐れるあきと。
その姿が幼子のように見えて少しおかしかった。
「隠してる訳では無い。あきとには関係ない。」
「俺、助けられる側。まつ、助ける側。俺、知る権利ある。アンダースタン?」
「その腹立つ顔を今すぐ辞めろ。」
「ほんと冗談通じねぇなぁ⋯。」
苦笑いを浮かべるあきとを、わたしは真っ直ぐ見れなかった。
目は下を向いたまま、俯くようにして言葉を探す。
「⋯何故、気持ち悪がらないのだ?」
別の話題に逃げたわたしに怪訝そうな顔を浮かべながらも、あきとは言及しないでくれた。
「⋯どういう事?」
「⋯わたしは過去に、人間を殺しているのだぞ。」
「⋯そんで?」
そう聞いてくるあきとの声には、優しさがまた一層込もっていた。
「⋯何故わたしの事を味方だと思える。鬼と対峙した時、何故わたしに縋れる。もしかしたら鬼と共謀してて、自分を殺すつもりかもしれないなどとは考えないのか。」
「⋯命賭けてくれてんのにか?」
ぽんっとわたしの頭にあきとの手が乗せられる。
暖かくて、大人よりは少し小さい、少年の手。
振り払える事も出来たのに、わたしはそのままあきとの手に身を委ねてしまっていた。
「あん時、ビビってお前の服を掴むしか出来なかった俺を身体全体で隠してくれようとしてただろ。
視界に鬼が入んねぇように、少しでも怖くねぇように。
鬼の攻撃が、俺に届かないように。」
「⋯あれも、演技かもしれないだろう。」
「あんな震えてるやつが演技なんて有り得ねぇだろ!」
はっはっはと大笑いをしながら、わっしゃわっしゃとわたしの頭をぐしゃぐしゃにしてくる。
子供が何かと勘違いしてるのだろうか。
自分も産まれたての子羊のようにガタガタと震えていた癖に。
睨みつけるわたしの視線に気づいたのか、頭から手は離れてくれた。
「何で自分を悪者にしようとしてる分かんねえけど、まつはどうしたい訳?何が言いてぇの?」
あきとの問に、わたしはぐしゃぐしゃになった髪の毛を手櫛で整えながら答える。
「⋯わたしは、お前がもうわたしの事を信じられないだろうと思った。だから、これ以上深く関わるのは良くないと思ってわたしは1人で動こうと考えてる。」
「はぁ!?!!」
そういうとあきとはいかにもショックだと言った顔でわたしの両肩に手を置いてきた。
「いや関わらせろよ!もっと俺まつと仲良くなりてぇよ!」
「なっ⋯!」
あきとの言葉に一気に顔面が熱くなる。
「命賭けて守ってくれた奴のこと、疑う訳ねぇだろ!俺はまつの事信じてるぜ?」
真っ赤な顔で目をぱちくりとさせるわたしを見てそういうと、にっと歯を見せて笑った。
「⋯簡単に言ってくれる⋯。」
また目を背けながらわたしは呟く。
そんなわたしを見て、あきとはまた、微笑むような優しい笑顔を向けてきた。
「お互いに知らない事だらけで居るよりかは、少しでも距離近い方が良いじゃねえか。そっちの方が楽しいぜ?きっと。」
ふつふつと、胸に湧き出てくる感情を隠すために。
真っ直ぐにあきとのことを見ることが出来なくて。
「⋯いつまで手をのせてる。無礼者。」
わたしは、そう強がるのが精一杯だった。
あきとは悪い悪いと、笑いながら手を離す。
「で、だ。最初の質問の答え聞いてねぇよ俺。」
「⋯なぜわたしがあきとを守るのか、か?」
「そうそう。まつの大嫌いな人間だろ?俺。
命賭けてまで守ってくれる理由がイマイチわかんねぇんだよ。」
そう言いながら頭を悩ませてるあきとを見て、わたしは弱く微笑みながら答える。
「わたしは何度も言ってるよ。⋯約束だからな。わたしとあきとの間で結ばれた、約束だから。ただそれだけだ。」
わたしの答えにあまり納得がいってない様子のあきとをそのままに、わたしは立ち上がってあきとに背を向ける。
「⋯信じるならば、裏切ってくれるなよ?」
そう言い残し、返事を待たずわたしは駆け足でその場を後にした。
遠くから、「あたりめぇだろ!」という声が響いてきたことに、少し口元が緩んだのはわたしの中だけの秘密だ。




