第9話 しんらい
〜あらすじ〜
顕になるまつの悲しい過去。
対峙するあきととまつへ、鬼が新たな真実を突きつける───
過去の記憶が蘇り、呆然と立ち尽くすわたし。
そんなわたしの背に隠れたあきとが、震えた声で鬼に問う。
「⋯ま、まつに俺を殺させようとしたって⋯。どういう事だよ⋯?お前が自分の手で殺れば良かったんじゃねえのか⋯?」
すると鬼は、また笑いながら答えた。
「そレじゃア意味ねぇンだよ⋯。⋯教えテやル。神二殺されタ人間ハ、その体二神力を練リ込まレるんダ。それハ駄神二なっテも同ジ⋯。滅多にお目二かかれル獲物ジャねェが、そいツを喰ラう事デ俺達ハ更なル力を手二入れル事ガ出来ルんダ⋯!」
わたしは鬼の言葉に我に返る。
つまり、ここにあきとを置いていったのは⋯。
「⋯人間を忌み嫌うわたしが、自分の領域に立ち入った人間を殺してくれると⋯。そう考えたのだな。」
「苦労しタんだぜェ⋯?慣れねェ結界ヲ張っテこの神社かラ人間が出レねェよう二したリ⋯勝手二死なれチャ困ルから、こコに彷徨ク死霊共ヲ追い払っタりなァ⋯。」
そう言うと鬼は笑うのを辞め、わたしの方を睨みつけるように見てきた。
「だガお前ハ殺さナかっタ。期待外レもいいとコだ⋯。
殺さなイだけなラともかク、まさカ人間ヲ匿っテいるナんてナ⋯。」
ずしん、と響くような足音を立て、鬼が1歩わたし達に近づく。
「ひっ⋯。」と小さい悲鳴をあげて、あきとがわたしの服の裾を掴んできた。
⋯怖いのだな。無理もない。
強がってはいたがこいつはただの人間だ。
鬼に対抗する力も、精神も、持ち合わせているはずがない。
「⋯まタ人間ヲ信じテみよウとしたカ?下らねェ⋯。どうセ裏切ラれるノが関の山ダというの二⋯愚かナ奴ダ。」
わたしは、何も言い返すことが出来なかった。
鬼がまた1歩、ずしんと足音をたて近寄ってくる。
あきとの手が、より一層強くわたしの裾を握った。
「さァ⋯そいつヲ渡しナ⋯!素直二差し出せバお前にハ手は出サねェよ⋯。」
にたぁ、と笑い鬼が手を伸ばしてくる。
あきとを差し出せば、わたしは助かる。
人間の命如き、くれてやれば。
しかし、わたしは、あきとと⋯。
わたしの意に反して、身体はあきとを守らんと両腕を伸ばし、鬼の前に立ちはだかっていた。
「⋯まつ⋯。」
「⋯何も言うな。黙ってわたしの背に隠れていろ。」
身体が震える。
鬼がゆっくりと手を振りかぶるのが見えた。
死の恐怖など体験した事がないわたしにとって、鬼の殺気は想像を絶するものだった。
でも、退く訳にはいかない。
ここから無事出してやると「約束」したから。
「⋯やっぱリお前ハ愚か者ダ。お前ヲ殺しテゆっくリ男ヲ頂くトしよウ!」
高く振りかぶった鬼の手が振り下ろされる。
ここまでか───
死を覚悟した、その瞬間。
───バキンッ!!!!!
「な⋯ンだァ⋯!?!?」
鬼の身体にまとわりつく青白く発光する鎖。
鎖の出処は、鬼の通ってきた空間の裂け目から伸びていた。
既のところで鎖によって止められた鬼の手は、わたしの頭の上、わずか数ミリという所で止まっていた。
ギシギシと軋みをあげながらも、鬼を離すまいと纏わりつく鎖。
鬼は全く身動きがとれないようだった。
「なんだ⋯この鎖は⋯。」
「くそガぁ⋯っ!こノ鎖ハあの時ト同ジ⋯ッ!!!」
呆然と見つめるわたしとあきと。
鎖を軋ませながら鬼は悔しそうに呻いた。
そしてじろり、と鬼がこちらを睨む。
「⋯どウやら、そコの子孫ノ陰陽師トしテの力に反応しタらしイ⋯。まさカまだ少シ封印ガ残っテいるとハ⋯。」
とりあえず、助かったのかと安堵したわたしとあきとを見て、にやりと鬼が笑う。
「だガ⋯この残リカスのようナ封印なドひと月あれバ解けル⋯。ここハ素直二退くトするガ、次二会う時ガお前ノ最期ダ⋯それまデ待っテろよ、ガキ。」
⋯ひと月。それが命のタイムリミット。
わたしは震える体に鞭を打ち、1歩前に出て鬼を睨みつける。
わたしの意志をわたし自身に言い聞かせるように、声高々に叫んだ。
「最期にはさせぬ!わたしがこいつを、あきとを守り、元の場所へ送り返してやると約束したから!お前等に邪魔などさせぬぞ!!」
「⋯ケッ⋯震えテいタだけノ奴二何が出来ル⋯。犬死しタいのであレばそうすルといイ⋯!お前モろ共、最期ノ瞬間ヲ迎えサせてやル!───」
ケタケタと笑いながら言い残すと同時に、鬼は空間の中へと引き摺り込まれていった。
空間は閉じられ、辺りには葉っぱが舞い、日暮れの静けさが戻ってきた。
どさっと同時に地に腰をつけ、生きている事に安堵した。
「いやぁ⋯笑えてくるな⋯あいつが人攫鬼かよ⋯。」
乾いた笑いを浮かべながら、あきとが呟く。
「⋯期限は、ひと月。それまでに何か方法を見つけねば。」
脅威が去るやいなや、わたしは先程の鬼の発言を思い出していた。
そして、あきとに知られたくなかった事実を知られた事をを思い出し、現実から目を背けたくなった。
「⋯わたしは、社に戻る⋯。」
「えっ⋯お、おい、大丈夫かよ。」
「⋯案ずるな。疲れただけだ。」
ふらふら、と立ち上がり社の方へ歩き出す。
───守ると「約束」した。あきとと「約束」をした。でも。
人間を殺したわたしの事を、あきとは気持ち悪がるだろう。
人間を殺したわたしの事など、あきとは頼りたくないだろう。
人間を殺したわたしの事など、人間が信じられる訳がない。
ならば、どうしようか。
そうだ、あいつを守る時だけあいつの前に現れればいい。
そうすれば約束は守れる上に、もう必要以上にあいつと関わらなくてもいい。
わたしはわたし一人で、どうにか鬼を退ける方法を模索すればいい。例えそれが出来なかったとしても。
わたしは───
困窮の果て考えついた答えは、どうしようもなく自分を守るためのものばかりで。
つくづく、わたしはわたしが大事なのだと悟った。
わたしがあの人間を守りたい理由は⋯
「⋯約束は、守らないとな。わたしを裏切ったあいつのようには、なりたくない⋯。」
⋯ただ、それだけ。それだけのはずなのに。
謎に湧き出る自分への嫌悪感に潰されそうになり、目に涙が溜まるのが分かった。
滲む視界を何とか繋ぎ止めて、わたしは社に戻った。




